11.故郷
「いってきまーす」
彩は中学生、賢治と由真は小学生だが、学校は同じ場所なので、出るときは三人一緒だ、隼人は高校生で学校が遠いため、もうすでに出かけている。
「いってらっしゃい」
元気に学校に向かう子供達を、お爺さんとお婆さん、そしてサラが見送る。
そのあとサラはお婆さん手伝いで、洗い物をしたり、洗濯物を干したりした。
そして、その頃エリは...部屋でまだ寝ていた。
「...エリさん、起きて下さい、エリさん」
「あ、おはよーサラちゃん、はやいね」
寝癖でぼさぼさの頭をかきながら、サラが目を覚ます。
「もう10時ですよ、休暇中とはいえ、いくらなんでも、だらけ過ぎです」
サラは、てきぱきとエリの布団をたたんで、押入れにしまうと、部屋の隅に立てかけてあったテーブルを出してきた、
「妹さんたちも学校に行ったんですから、エリさんも勉強してもらいます」
「えー何で?それにあの子達、今日は終業式で勉強ないし...」
「エリさんは艦長になるんですから、士官学校で教わる最低限の知識ぐらいは、覚えていただかないと」
「最低限って、どれくらい?」
「最低でもこれぐらいですね」
サラが個人装備の携帯情報端末に入っているデータを見せると、その容量を見てエリが青ざめる、
「寝よ」
「駄目です」
押入れから布団を取り出そうとしたエリの手をサラが掴む
「えー冗談でしょ?私が通信省で1年かけて習った教材の量と、同じぐらいあるじゃん」
必死に逃げようとするエリを、サラがテーブルの前に引き戻す
「士官学校では3ヶ月で習う量です!」
「とにかく、私がちゃんと教えますから、午前中の涼しい時間帯だけでも、頑張って勉強して下さい」
「まるで夏休みの宿題やってる気分だよ」
エリは観念して勉強する事にした
「ただいまー」
エリが詰め込まれる知識の多さに、知恵熱が出る頃、終業式が終わった子供達が帰ってきた。
「もうこんな時間ですか、じゃあ今日の勉強はこれくらいにしましょう」
そう言うとサラは、教材として、テーブルの上に表示させていた、兵器の運用方法などのテキストを閉じる
「はー、おわったー」
エリはテーブルに突っ伏した。
サラは、教え方が非常にうまいので、勉強ははかどるのだが、何しろ量が多くてエリはもうボロボロだった、これが毎日続くのかと思うと憂鬱になる。
「エリねーちゃん、あそぼーぜ」
一番末っ子の賢治がエリに飛びつく、エリはテーブルに突っ伏したまま、顔も上げない。
「ねーちゃん今疲れてるからパス、あとで遊んだげるから」
「じゃあ賢治君、私と遊ぼうか?」
サラがそう言うと賢治は喜んでサラと出て行った
(あの人見知りする賢治が、いつの間にか懐いてるし、来てからまだ3日しかたってないのに、サラちゃんすっかり馴染んじゃってるな)
他の兄弟ともサラは仲がいい、特に賢治の懐き方はエリも驚いている
お爺さんやお婆さんも、サラには出来るだけ解るように、言葉を選んで話している上に、サラ自身も方言のイントネーションに慣れてきたので、今では二人と普通に世間話なんかをしている。
(何かと能力高い子だと、思っていたけど、コミュニケーション能力も、秀でているとは、サラちゃん恐るべし)
何となくそんな事を考えてると、誰かが廊下を歩く音が聞こえる、
誰だろうと思って、少し開いている襖の隙間を、足音の主が通り過ぎるのを待つ。
隙間から一瞬見えたのは、高校生ぐらいの髪の長い女の子だった。
「!?」
ガバッとエリは跳ね起きて、襖を開けて廊下に飛び出す。
「美咲!」
今まで出かけたまま帰ってきていなかった、妹の美咲だった、名前を呼ばれた美咲は、ゆっくりとエリに振り向いた
「姉さん」
久しぶりに会ったのに、美咲のエリを見る表情は冷たかった。
「えーっと、久しぶりだね」
エリが話しかけてみるが、美咲は何も答えない
「明日から夏休みだね、家にはずっといるんでしょ?」
「忘れ物取りに帰っただけだから」
肩には自分の部屋から持ってきたらしいバッグを担いでいた。
「じゃあ、いつ帰ってくるの?」
「姉さんは、いつまでいる気?」
美咲は逆に質問した。
「休暇中ずっと今回はいるつもりだから来月の20日頃までいるよ」
「じゃあそのくらいに帰ってくる」
それだけ言うと美咲は、さっさと玄関へ向かっていく、
「ち、ちょっと待って、美咲」
賢治と家の裏山で遊んでいたサラは、あとから出てきた彩と由真に賢治の相手を任せて、家に戻ってきていた。
家の勝手口の所まで戻ってきたところで、なにやら口論している声が聞こえてきたので、玄関のほうへ回ってみると。
美咲が玄関から出て行くのを、エリが止めようとしているところだった。
「何処に行くの?まちなさい、ねえ、美咲!」
美咲はエリを無視して、どんどん歩いていく
「もうすぐお盆だし、8月ぐらいは家にいようよ、ね?」
なおも止めようとするエリに美咲は声を上げた
「うるさい!なに保護者面してんだよ!家に帰ってほしけりゃ、お前が帰れ!」
エリの動きが止まる、もう止めようとしなくなったエリを見て、美咲は、そのまま門のほうへ向かうが、また足が止まった、門の前に今度はサラが立っていた。
「だれ、あんた」
美咲はサラを睨み付けた
「私は、エリさんの職場の部下でサラ アルメイダといいます、あなたが美咲さんですか?」
「そうだけど」
「お姉さんに、そんな言い方は、ないんじゃないですか?」
「あんたに関係ないじゃん」
「関係あります、エリさんは、上司である前に私の友人です、あなた達の御両親の代わりに頑張っている友人を、そこまで言われて黙っていられません」
「は? 何それ、あんたに何がわかるのさ、大体、父さんと母さんが死んだのは、姉さんのせいなんだよ、いいからそこどいてよ」
美咲はそこまで言うと、サラを押しのけて、家から出て行った
「美咲さん!」
「サラちゃんもういいよ」
美咲を追いかけようとするサラをエリが止める、
「でも...」
「私のせいで父さんと母さん、死んだのは本当だし」
「エリさん?」
エリの目から涙が流れていた、気がついて慌てて手で拭うが、止まらない
「あれ、止まらないや、もう大丈夫だと思ってたんだけどなぁ」
手でいくら涙を拭っても、次から次に涙が出てくる
「本当のことだけど、あれだけはっきり言われると、やっぱり堪えるなぁ、見苦しいとこ見せちゃたね、ははは...」
何とか笑顔を見せようとするが無理だった、堪えきれずに両手で顔を覆うと、エリはその場にしゃがみ込んでしまった。
声を押し殺して泣いているエリの姿を見てサラは美咲に怒りを覚えた、カッとなって気がついたら走り出していた、美咲はまだバス停にいるはずだ
「美咲さん!」
バス停に座っていた美咲の手を掴むと、引っ張って家のほうに歩き出した、
「エリさんに謝ってください」
「ちょっと、離せよ、あんたに関係ないだろ!」
「私はあなた達に何があったか知りません、でも、どんな理由があっても、お姉さんをそこまで悲しませていい理由にはならないでしょ」
「うるさい!部外者が口出しするな!」
美咲は手に持っていたバッグでサラを殴りつけた、思わず美咲の手を離してしまったサラが、逃げようとする美咲を追うが、バッグを振り回す美咲に近づけなかった、
そこにちょうどバスがやってきて、学校帰りの隼人が下りてきた、なにやらサラと争っている美咲を見つけ慌てて止めに入る。
「おい美咲!お前、何やってんだ!」
隼人が美咲とサラの間に割って入ると、美咲は持っていたバッグを、隼人に叩き付けた
「ぶわっ!」
もろに隼人の顔面にバッグが当たり隼人が倒れると、その隙に美咲は隼人の乗ってきたバスに飛び乗り、去って行った。
「痛ってぇー美咲のやつ思いっきり投げつけやがって...」
顔に手を当てて、隼人が起き上がる。
「大丈夫ですか?」
「ん、俺は大丈夫、サラさんこそ怪我は無い?」
「私も大丈夫です、ありがとうございます」
サラにお礼を言われて隼人の顔が赤くなる
「な、何があったの?」
「じつは...」
家に着くまでの道中、サラは隼人に、なぜ美咲があれほど怒りを、エリに向けるのか聞いてみた。
隼人の話によると、エリの両親は学者で、元々海外の大学で研究をしていたが、日本の大学に移ったのを機に日本で暮らすことになったそうだ。
その日は、兄弟を父親の実家である鹿児島のこの家にあずけて、両親だけで海外に出張していた、
初めて両親と長期間はなれて、心細くなっていたエリは、電話で明日の飛行機で帰ると言っていた両親に、早く帰ってきてと、お願いしていたそうだ。
「それで父さんと母さん、わざわざ早く帰るために、明日予定の便を、当日の便に変更したらしいんだ、そしたらその飛行機が事故で墜落して」
「それで美咲さんは、あんな事を言ったんですね」
「美咲は一番、親にべったりだったからなぁ、子供のときからその事で、よくねーちゃんに文句言ってたけど、ねーちゃんが宇宙軍に入った頃から、会おうとすらしなくなったな、休暇で帰ってきてもずっとこんな風に避けているし」
「隼人君はお姉さんの事をどう思ってるんですか?」
「俺はねーちゃんが、どれだけ自分を責めてたか、知っているし、多分、誰よりも一番悲しかったのは、ねーちゃんだろうし、だからなんとも思ってない」
サラは何だか自分と似ていると思った、士官学校時代、自分の命令で事故が起こり、しかも自分一人だけ生き残ってしまった...その時の自分とエリが重なってみえる。
「ただ、いつもは元気に振舞ってるけど、時々すごい辛そうにしているのを見かけるんだ、まだ一人で抱え込んでるのかなって思うと、可哀想でさ、事故が起こったのは、ねーちゃんのせいじゃないのに...」
「隼人君は優しいんですね」
「そ、そんなことないよ」
サラの言葉に隼人は、すこし照れて顔を赤くした
「何、話してるんだろ?」
「なんか、いい雰囲気だよね」
彩と由真が、坂道を上がってくる二人を見つけ、観察中だった
由真は双眼鏡まで持ち出している。
「ちゅーしろ、ちゅー!」
「兄貴じゃ無理無理」
「とりあえず動画撮っとこう」
廊下の窓から二人を観察しながら、言いたい放題の二人の後ろを、エリが歩いてきた。
「あ、エリおねーちゃん」
「由真」
廊下をエリが歩いていくのを、呼び止めようとする由真を彩が小声で止めた。
いつもと様子がおかしい、目は泣いた後のように赤く腫れていた。
「エリねえどうしたんだろ」
エリはうつむいて、そのまま彩と由真の後ろを、トボトボと歩いて部屋に入っていった。
その日の夕食にエリは現れなかった。
「エリねーちゃんどうしたの?」
「疲れてるんだろ?今日はそっとしといてやれ」
賢治の質問に隼人が答える、お爺さんとお婆さんも何も言わない。
彩と由真も、エリが目を腫らして、部屋に戻るのを見ていたので、何も言わなかった。
その日は、とても静かな夜になった。




