8.サラの過去
その日の午後、第1艦隊司令部から派遣されてきた、アルバトロスの交代要員と、今まで運行していた乗員との業務引継ぎの打ち合わせが戦闘指揮所内で行なわれていた。
武器関係の試験航海が、いきなり実戦になってしまったという、非常に珍しいケースなので、引継ぎをする要員はたとえ相手が下士官であっても真剣に話しを聞いていた。
実戦でしか露呈しないような、不具合や改善点などは、何よりも貴重なデータだからだ。
しかし部署によっては、伍長や軍曹が、少佐や中佐に業務を引き継ぐ場合もあり、引継ぎをする方は、何となくやりづらいようだった。
エリも、艦長と通信関係を担当する将校二人に、戦闘時に発覚した問題点などを説明していた、
さて、さっき嵐のように去っていった、シャロン ドレーパー少佐の担当部署だが。
彼女の役職は、よりにもよって副官だった...
エリがサラのほうを見ると、腕を組んで話を聞いている、ドレーパー少佐と、オドオドしながら少佐に説明をしている、サラの姿が見えた。
時々、少佐がサラに質問をするのだが、そのたびにサラは、はっきりとわかるぐらいにビクッと体を震わせていた。
(いったい、何があったら、あんなになるんだろう?)
戦闘指揮所での引継ぎが、ひと段落着き、30分の休憩になると、
サラは逃げるように、どこかに行ってしまった。
「どうぞ」
休憩室に一人でいたドレーパー少佐に、コーヒーを持ってエリは話しかけた。
「ああ、ありがとう」
少佐はエリが差し出した、容器を受け取り、中のコーヒーを一口飲む、
「根性叩き直さなかったんですか?」
「仮にも副官やった奴を、部下の前で怒鳴り散らすほど、私も無神経じゃないよ」
凄くいい人じゃないかとエリは思った、中々そんな気遣いをする上官はいない。
「なんでアルメイダ少尉は、あなたをそんなに怖がるんでしょうか」
たしかに怖い人だと思うが、あそこまで怯えるほど、怖い人とは思えなかったので、エリは思い切って聞いてみた。
「あいつは士官学校のころから、色々トラウマ抱えててさ、こんなんじゃあ、こいつ戦場で生き残れないって、思ったんだよ」
「それで、事あるごとに、その色々抱えてるトラウマを、つつきまくっていたら、ああなった」
それは駄目だろう、鬼かあんたは...エリの少佐に対する評価が、急降下した。
「私も、途中でこりゃヤバイかなーって思ったんだけどさ、普段クールなあいつが、子犬みたいにブルブル震えてるの見ると、何だか可愛いくて、やめられなくてさー、あっはっはっは」
あっはっはっは、じゃないだろ、この人、真性のドSだ。
「それは、あまりに酷いのでは?」
サラが可哀想になったエリは、少佐に抗議すると、笑っていた少佐の目つきが変わった。
「ひどい?...そうかもね、でも私に言わせりゃ、サラもあなたに対して、相当酷い事してると思うけど」
サラは何も知らない自分を常に支えてくれる、それが何故、酷い事になるのかエリは分からなかった。
その姿を見て、呆れたようにため息をつくと、少佐は、種明かしをするかのように語りだした。
「自分は能力あるのに、責任はあんた任せなんて、卑怯だと思わない?
今回は、うまくいったから、いいけど、もしあんたが艦長のときに、戦死者が出てたらどうする?船を撃沈されたら?捕虜になって、乗組員全員が敵地に抑留なんて可能性もあるわね」
エリはドレーパー少佐が通路で、何故サラにあれほど、怒りを向けていたのか理解した、そして自分に対して言った言葉の意味も。
「つまりあの子は、自分で作戦を立てておきながら、その責任を全部あんたに押し付けたのよ、これが卑怯じゃなくて何よ、階級が一番上だったから?そんなの理由にならない、普通どれだけ階級が上でも、士官学校も出てない素人に、艦長なんてやらせないわよ、ここまで言って、まだわからないんだったら、あんた救いようのない馬鹿か、お人よしだわ」
エリはまったく反論できなかった、自分も戦闘指揮所の指揮官席に、初めて座らされた時、なぜサラが指揮をしないんだろうと思っていたし、責任を押し付ける彼女を、ずるいとも感じていたからだ。
しかしサラのおかげで助かったのは事実だし、その後も、彼女は色々と助けてくれる、確かに初めはサラによい印象は持たなかったが、今ではそんな感情はない、それを馬鹿でお人よしだというなら、そうかもしれないが。
「そろそろ休憩時間も終りね、行きましょうか、コーヒーありがとう」
「...はい」
少佐は指揮所に向かうため、通路に出た、エリはうつむいて考え込んでしまった、その姿を見て少佐はもう一度休憩室に戻ってきた。
「ここまで言って、まだあなたが、あの子を見捨てないって言うんなら、なぜあの子が、人に直接命令するのを避けてるのか、理由を一つだけ教えてあげる」
午後からの引継ぎ作業は、サラの本来の部署である、情報収集室士官との打ち合わせだが、ドレーパー少佐も立ち会っているため、サラは終始怯えまくりだった。
少佐は仕事が終わった後、サラと少し話をしていたみたいだったが、サラの表情がどんどん青ざめるのを見て、途中でやめたようだった。
その後サラは、逃げるように宿舎に戻っていった。
エリは日課の、トレーニングを終え、宿舎に戻る途中に、少佐が話したエリの過去について考えていた。
士官学校時代のサラは、優秀な生徒で、訓練ではよくリーダーを任されていた。
しかし、最初の実戦訓練で、サラが指揮をしていた戦闘艇で事故は起こった、戦闘訓練で相手の機体に追いつくため、加速用ブースターの点火を、サラが命じた瞬間、ブースターが爆発したのだ。
乗員7人中6人が死亡、生存者はサラひとりだった、その後の事故調査で戦闘艇の構造的欠陥が発覚、艇長をしていたサラと、乗員に過失は無いことが証明された。
しかしこの事件で受けた、サラのショックは大きく、それ以来、彼女は人に命令をするのを、極力避けるようになった、自分の事を死神だと言って。
サラが何故、なぜ少尉のまま昇進を拒んで、情報収集室という閑職にいるのか、何となく理由は分かった、しかし不可抗力の事故だ、仲間を失った事で、自責の念を感じるのは仕方がないとしても、自分を死神だとまで言うのはおかしい。
やっぱりこのままでは駄目だ、そう考えてエリは、宿舎のサラの部屋に向かった。
「サラちゃん」
サラの部屋のドアをノックする、だが返事はない・・・少し強く叩いてみる、
やはり返事がない。
部屋の外の表示では、部屋にいる事になっている。
エリは、少佐に会ってから、様子が変だったサラを思い出す...まさか...
一瞬最悪の展開が頭をよぎる、
「サラちゃん!いるんでしょ?サラちゃん!」
ドアをドンドンと叩く、するとドアは簡単に開いた、鍵はかかっていなかったようだ。
ドアの外から覗くと、部屋の中は暗かった、そのまま部屋の中へ入って行く、目がなれてくると常夜灯の明かりだけは、点いているのがわかった。
士官用の個室は、少し広いビジネスホテルぐらいの空間だ、机とロッカーがあり、そして奥にベッドがある、サラはそのベッドの上で膝を抱えて座っていた。
「サラちゃん」
エリが呼びかけると,サラはハッとして顔を上げた、目が少し腫れていた。
「艦長...」
「もう艦長じゃないよ、それに今はエリでいいよ」
やさしくエリが微笑む
「すみません、私...エリさんに酷い事してました...」
「酷い事って?」
「本来その義務は無いのに、私のわがままで、無理やり艦長に...」
おそらく仕事が終わった後に、少佐がサラに話していたのは、この事だったのだろう、エリにしてみれば、何をいまさらといったところだが...
「ああ、その事ね、ほんとに酷いよねー、普通何の知識も無い素人に、艦長なんてやらせる?この人、失敗したときの責任全部、私に押し付ける気だ、なんて酷い奴だー!って思ったしね」
「..ごめんなさい...本当に...ごめん...」
サラは涙をいっぱいに浮かべて、エリに謝罪した、後半は涙声でかすれていた。
その姿を見て、エリは焦った、しまった、ちょっと意地悪がすぎた、私もドレーパー少佐に感化されている...
「えっと...でも結果的には、サラちゃんのおかげで助かったんだし、ほら、私も貴重な体験が出来たと言うか...とにかく、今はなんとも思ってないから、もう気にする必要ないよ」
「でも...」
サラの罪悪感は、士官学校時代のトラウマと、リンクしているので厄介だ、
なんとも思っていないと、エリが言ったところで、罪悪感は消えないだろう。
エリは話題をそらすことにした。
「あーそうだ、昼に話してた、次の休暇の話なんだけど、久しぶりに実家に帰省しようと思ってるんだけど、サラちゃんも来ない?」
「...え?」
唐突に切り替わった話題にサラは驚く
「すごい田舎で、はっきり言って、何にも無い所なんだけどさ、山や川が綺麗で食べ物は美味しいから、気分転換にはいいよ」
「でも、迷惑じゃ...」
「大丈夫、大丈夫、うち兄弟多いから、知らない人が一人増えたぐらいじゃ、誰も気がつかないから」
サラがクスッと笑う
「それでは、ぜひ、お邪魔させてください」
ようやく、明るい表情を見せたサラを見て、少しほっとしたエリだった。
3日後
アルバトロス交代要員との引継ぎも終わり、エリたちは交代要員と要塞への補給物資を乗せてきた艦隊で、一足先に地球への帰途に着くことになった。
サラと父親の対面は結局実現しなかった、理由はサラが避けていると言うこともあるが、一番の原因は艦隊指令官の仕事が忙しすぎるためだ、
地球連邦最大規模の艦隊で、最前線を守る艦隊、しかも戦線は膠着状態とはいえ、その担当宙域は広大だ。
しかもここ数日、小規模な戦闘があちこちで起きている。
エリも艦長でなくなってからは、会議に出席する事も無くなったので、顔を見る事すらなくなっている。
そういう理由で、エリたちの見送りは、ドレーパー少佐らアルバトロス交代要員の士官達と艦隊司令官の代理として来た秘書官だけだった。
「おまえら地球に戻ったら、何かと大変かもしれないけど、がんばれよ」
「ありがとうございます、後の事はよろしくお願いします」
ドレーパー少佐は相変わらず、上品な顔立ちに似合わない、喋りをする人だ、
サラもさすがに3日も少佐と行動していたら、少しは慣れたようだが、若干まだ怯えたところが残っていた。
「艦隊指令官からアルメイダ少尉に、これを」
秘書官がサラに封筒を差し出した、サラが受け取る。
「お世話になりました」
見送りの士官たちに敬礼すると、エリたち一行は、要塞の近くに停泊している、補給艦隊へ向かう、連絡艇に乗り込んだ。
連絡艇の座席に座ると、サラは艦隊指令官からの封筒を、開けて読んでいた、
サラの瞳から涙が流れる、手紙はサラの母国語の、ポルトガル語で書かれていたため、エリにはその内容は解らない、だがサラの嬉しそうな表情を見ると、きっと良い内容だったのだろう。
(よかったね、サラちゃん...)
えりも思わず笑顔になっていた。




