7.交代要員
セバストポリ要塞に、アルバトロスが修理のため、ドック入りして10日が過ぎた。
地球連邦の戦闘艦は、多少の性能の低下は承知の上で、かなりの部品に互換性を持たせてある、広大な宇宙では補給など望めない場合も多いからだ。
実際に戦場で損傷した巡洋艦が、近くで撃破された友軍の戦艦の残骸の中から、使える部品を集めて修理して、帰還した例もあるぐらいだ。
アルバトロスは最新鋭の新造艦だが、艦橋部分のユニット自体は互換性があるため、以前戦闘で大破して放置してある戦艦から、移し変えることになった。
もちろん性能や武装は、まったく違うため、戦闘時にここで指揮を取ることは出来ないが、操艦係は同じなので、調整すれば、通常の航行に限れば、支障がなくなるはずだ。
エリとサラは修理の状態を確認するために、ドック内に来ていた。
装甲シャッターの閉じられた、ドック内は1気圧が保たれているため彼女たちは、制服にヘルメットをかぶっただけで行動している、小惑星の重力は非常に小さいため、ドック内の作業員は、圧縮空気を放出する移動用の装置を背負って、文字通り飛び回って作業していた。
担当の作業員を見つけエリたちが声を掛ける。ちょうどアルバトロスは、艦橋の設置作業が終了したところだ。
「ご苦労様です、作業の状態はどうですか」
「ご覧のとおり艦橋の設置が終わったところです、これから内部の配線や機器の調整に入ります、工期はあと1週間といったところですかね」
作業自体は荒く見えるが、重要な部分は丁寧に接合してあり、いかにも実戦部隊の整備といった感じだ。
作業の工程の打ち合わせをすると、エリたちは作業員詰め所に戻った。
ロッカールームで、借りていた移動用のバックパックとヘルメットをはずすと、エリは一息ついた。
「ふー、あと一週間か、もっとかかると思ったんだけど、意外と早いんだね」
サラははずした、バックパックとヘルメットを、ロッカーに片付ける。
「ここでは完全な修理は出来ませんので、必要最低限の修理だけですからね、
完全な修理をすれば2ヶ月以上かかります、内地でないとそれは無理ですが」
地球連邦では地球から月軌道の円内の範囲を内地と呼んでいる。
「そういえば、明日、アルバトロスの新しい艦長が来るんでしょ」
第1艦隊の人事を第6艦隊が変更することは出来ないので、後任が来るまではエリが艦長をやらなければならない、他の部署の責任者も同様である。
「ええ、第1艦隊司令部から、ガイヤー大佐以下15名が派遣されて来るそうです」
「あーこれでやっと艦長の仕事から解放される」
エリはうーんと背伸びをした、この立場も明日までと思うと、気が軽くなる。
「ところでさ、サラちゃんは、あれからお父さんに会ったの?」
バン!と大きな音を立ててロッカーの扉が閉じられた
「艦長には関係ない事です」
「...いや、でも、2年ぶりなんでしょ?またいつ会えるかわからないんだしさ...」
「少しまだ仕事が残っていますので、艦内に戻ります」
エリの話には答えず、サラはロッカールームを後にした。
(うーん、まだ落ち込んでたのか...どうしよう)
アルバトロスの士官向けに、提供されている、居住区画に戻る前に立ち寄った、トレーニングルームで、エリはサラのことを考えていた。
戦闘艦の搭乗者は、戦闘時以外の勤務中、一日最低1時間の筋力トレーニングが、義務付けられている、民間船と違い軍艦には、人工重力区画が無いためで、無重力状態で筋力が低下し、地球に戻ったときに、生活に支障をきたすのを、防ぐ措置である。
要塞内にはもちろん、人口重力区画があるため、トレーニングの義務はないのだが、もともと体を動かすのが好きなのと、すでに習慣になってしまっていたので、エリは、毎日トレーニングルームに通っていた。
ランニングマシンでまずは汗を流す
(はっきり言ってサラちゃん気にしすぎなんじゃないの)
次に鉄棒で懸垂
(だいたい父親が信じられないなんて話、普通の家庭でもよくあるし)
ベンチプレス
(そりゃあ、親にスパイ容疑かける娘とか、普通の家庭じゃありえないと思うけど)
バタフライマシン
(でもサラちゃんの境遇とか、ぜんぜん知らないしなぁ)
エアロバイク
「がんばってるな、キシカワ大尉だったかな?」
「え?」
エアロバイクを漕いでいると、横のエアロバイクを使っている男性から、声をかけられた、
どこかで見たような...
「サラはどうしているかね?」
第6艦隊の司令官だった、軍服じゃないので一瞬わからなかった。
エリは、エアロバイクから飛び降りて、慌てて直立不動で敬礼した。
「いちいち敬礼しなくてもいい、楽にしたまえ」
「は、はいっ」
エリは、何度か、司令官とは会っているのだが、会議の席ばかりで、直接話すことは無かった。
「ここには、毎日通っているのかね?士官には重力区画内に、宿舎を用意していたはずだが」
「重力のある場所で運動するのが、久しぶりで楽しいもので」
無重力状態の艦内では、体を専用のベルトで固定して、運動しているので窮屈なのだが、要塞のトレーニングルームは人工重力区画内にある。
「そうか、私も体を動かさんと落ち着かんので、時間を見つけては、ここへ来ることにしている」
エリは司令官に、サラのことを思い切って話してみることにした。
「サラちゃ...いえ、アルメイダ少尉の事なんですが...」
サラが自分を疑った事で、落ち込んでいる事を、司令官はエリから初めて聞いた。
「そうか、そんな事を気にしていたのか、どんな些細なことでも、疑わしいものに対しては、常に警戒を怠るなと教えたのは、私なのだから、気にする必要などないのに」
司令官の話によると、アルメイダ家は、代々軍人の家系だそうで、サラの兄弟もすべて軍人だそうだ、
「あいつはまだ精神的に弱い、いろいろ抱え込みすぎる、
キシカワ大尉、すまないがこれからも、サラを支えてやってくれないか?」
「いえ、今のところ支えられてるのは私のほうでして...」
実際そうである、今サラがいなければ、エリは艦長としての仕事は、何も出来なくなってしまう。
「そうか、それではお互い支えあえる、よい関係だな」
司令官は微笑んだ、以前見た怖い笑顔ではなく、優しい笑顔だった。
「今日は話せてよかったよ、サラにもよろしく言っておいてくれ」
トレーニングルームから出て行く司令官を、エリは敬礼して見送った。
翌日、第1艦隊司令部から派遣されてきた、アルバトロスの艦長と乗組員の交代要員を乗せた艦隊が、セバストポリ要塞に到着した。
エリたち乗組員は、この交代要員と任務の引継ぎを行い、彼らと入れ替わりに地球に帰還することになる。
セバストポリ要塞近くに停泊した艦隊から、交代の将校たちを乗せた連絡艇が、要塞に到着した。
エアロックの入り口付近には、要塞司令官と第6艦隊司令官、エリとサラをはじめ、各部署で臨時の責任者をやっている士官や下士官たちが、出迎えるために整列している。
エアロックの扉が開くと、全員が敬礼をした。
「宇宙軍第1艦隊、外惑星方面第3輸送艦隊のヴィノッド クマリ少将です」
「宇宙軍第6艦隊司令官、アレッサンドロ アルメイダ中将です」
簡単なトップ同士の挨拶を済ませると、早速同行してきた乗組員たちの引継ぎに入る、新たにアルバトロスを引き継ぐ将校たちと向かい合わせに整列する。
エリは後任の艦長と、向き合って立ち、お互い敬礼を交わす。
「宇宙軍第1艦隊、エリ キシカワ大尉は、現時刻より、戦艦アルバトロスの指揮を、トム ガイヤー大佐へお渡し致します」
「宇宙軍第1艦隊、トム ガイヤー大佐は、現時刻より、戦艦アルバトロスの指揮を、エリ キシカワ大尉より継承致します」
本当に形式的な儀式だが、これで正式に、エリはアルバトロスの艦長ではなくなった、肩の荷が下りて、その場に座り込みたい気持ちだ。
「ご苦労様でした、話は伺っていますよ、すばらしい活躍でしたね」
「はっ、恐れ入ります」
圧倒的な戦力差の敵を相手に、6時間以上も逃げ切ったのだから、本当はたいしたものなのだが、エリはたいした事だという、自覚があまりないため、社交辞令程度に聞いた。
形式上の引継ぎが終わり、午後から交代の人員と、アルバトロスで、実務の引継ぎをすることになった。
その前に1時間の休憩になったため、サラとエリは、食堂で食事をすることにした。
「あーやっと肩の荷が下りたー」
「まだ、地球に戻った後、司令部での報告が残っていますよ」
「でも、その後は、1ヶ月の休暇だー遊ぶぞー」
宇宙軍では低重力下での人体への影響を考慮して、2ヶ月の無重力環境での勤務の後は、必ず1ヶ月以上、1Gの重力環境で、生活することが義務付けられている。
特に艦船勤務の乗員は、その1ヶ月は休暇になる。
「あ、そうだサラちゃん、次の休暇中、予定ある?」
「え?予定ですか...」
士官用の食堂から出て、サラとそんな話をしながら、アルバトロスが修理を受けている、ドックに向かっていると、交差する通路から来た女性士官から、声をかけられた。
「あら、サラじゃないの」
その声の主を見て、サラがビクッとしてブルブルと震えだした、まるで怯えているみたいだった。
「...サラちゃん?」
振り向くと、少佐の階級章を付けた、きれいな金髪で、とても上品な顔立ちの、女性士官が立っていた。
「...し、失礼します」
サラは逃げるように、駆け出して行った。
「あーあ、怖がらせちゃったか、ん、あなた、キシカワ大尉ね」
逃げていったサラの後に、取り残されたエリを見つけ、今度はエリに話しかける。
「エリ キシカワ大尉です」
「アルバトロスの交代要員で今日着任した、シャロン ドレーパー少佐よ、あなたがあの有名人ね」
はて、何かしでかしたのか、全く覚えがない、
「あの、有名って、だれが?」
「あ・な・た!」
少佐はエリを指差して答えた。
「えぇ~っ??な、何でですか?私が何かしましたか?」
「ちょっと、本気で言ってるの?今あなた地球じゃちょっとした有名人よ」
少佐は少しイラッとして答えた
「だってそうでしょう、突然の攻撃で、指揮官を失って混乱した、戦艦の指揮をあっという間に回復させて、反撃に転じ、圧倒的多数の敵を相手に、的確な状況判断で、6時間以上も敵を翻弄した謎の天才士官、それがあなたでしょ?」
なんだろう、この正しいような正しくないような、認識は、あの戦闘報告書が地球では、そんな評価になっているのか、いや私は何もしていない、エリはあまりにも違う、地球側の認識のギャップに混乱していた。
「い、いや、少佐、じつはですね...」
いかん誤解を解いておかねば、エリはドレーパー少佐に、あの戦闘の内容を説明した。
「つまり、あの戦闘であなたは、どう戦っていいかわからず、サラの出した提案に、許可を出していただけだと...」
少佐がわなわなと震えている、これは怒られるとエリは思った...が怒りの矛先はエリではなかった。
「あの馬鹿娘!いつまで引きずってやがるんだ!今度見つけたらその腐った根性叩き直してやる!!!」
上品な顔立ちからは、想像も出来ない汚い言葉で、少佐はサラを罵った。
「あ、あの、少佐はアルメイダ少尉とは、どんなご関係で?」
エリが恐る恐る質問する
「私は、あのトラウマ娘が、士官学校にいた時の教官よ」
あのサラのおびえる理由が、何となくわかった気がする
「それと、キシカワ大尉!」
「は、はい!」
「たとえ自分で考えた作戦ではなくても、それを決断して実行したのは、あなたよ、だからこれはあなたの手柄、もっと胸を張りなさい」
そう言ってエリの肩を叩くと、少佐はアルバトロスのほうへ歩いていった
(午後からの業務引継ぎ、サラちゃん無事に済むかな...)
心配をするエリだった.....




