6.セバストポリ要塞
救援に駆けつけた、第6艦隊の艦艇は、巡洋艦を中心とした合計52隻の大部隊だった。
最初の全艦一斉射で、敵の巡洋艦1隻と駆逐艦4隻が撃沈、戦艦1隻と巡洋艦2隻が大破した、戦力の4分の1を失った敵は、逃走を開始する。
しかし第6艦隊は積極的な追撃は行なわず、生存者の捜索と救助を優先した。
「うわっ寝過ごした!」
仮眠と言いながら、しっかり7時間も寝てしまったエリが、バタバタと戦闘指揮所に入ってきた。
艦橋が破壊されたため、現在全ての操艦は戦闘指揮所で行なっている。
その部屋の中心にある指揮官席に、酷くやつれた顔のサラが座っていた。
「...艦長...おはようございます....」
表情に変化がない、声に抑揚もない、目が死んでいる。
「お、おはようサラちゃん...」
あまりのやつれた姿に、エリはたじろいだ、
サラは幽霊のように、指揮官席から立ち上がると、報告を始める。
「...戦闘報告書の作成は終わりましたので、目を通しておいてください...」
「わーありがとう...」
サラが空ろな目でエリを見つめる、思わずエリは目をそらしてしまった。
「第1艦隊司令部と連絡が取れましたので、私から簡単な戦闘の経緯と、現在の状況を報告しておきました」
「うん、それで?」
「その際、母港への帰還命令が出ましたが、艦橋が使用できない状態での、地球軌道付近の航行は危険と判断しましたので、セバストポリ要塞司令部に、要塞内のドックでの艦橋の応急修理を要請しました、第1艦隊司令部にも許可は取っています」
「た、大変だったんだね...」
聞いただけで面倒そうな、手続きやら報告やら交渉やらが、あったのがわかる
エリはちらっとサラの方を見る、完全に目が据わっている、はっきり言って怖い。
「現在本艦は、第6艦隊の護衛艦隊12隻とともに、セバストポリ要塞へ向かっています、あと約5時間ほどで到着予定です、重症だったジョンソン少佐は、第6艦隊の病院船へ搬送し、手当てを受けています、残りの第6艦隊艦艇は、今回の戦闘宙域で、生存者の捜索および救助を行なっています」
「そーなんだ」
「現在乗員は通常航海時のシフトに戻し、交代で休息を取らせています、戦闘指揮所の各部署の責任者も現在仮眠をとっています」
周りを見渡すと、戦闘時に指揮所にいたメンバーは全員入れ替わっている。
「ありがとうサラちゃん、ほかに休息を取ってない人は...」
ちらっともう一度サラの方を振り向くと、どす黒い負のオーラをまとったサラが立っていた、エリは恐怖に引きつった。
「...私だけです.....」
「ご、ごめんなさい...」
エリは涙目でサラにあやまった。
セバストポリ要塞は、木星と火星の間の小惑星帯にある直径11kmほどの小惑星内に作られた要塞である、内部は戦艦を同時に4隻まで修理できるドックや補給のための施設があり、この宙域を担当する、第6艦隊の補給基地になっている、さらに、この小惑星は4kmほどの直径の衛星を持っており、衛星にはレーダーアンテナや要塞砲などの武器のほかに艦隊の乗組員達の休養施設が作られている。
「要塞を目視で確認」
要塞の拡大映像が、戦闘指揮所のモニターに映し出される
「あれがセバストポリ要塞...」
資料では見ていたものの、実際に見るのはエリも初めてだった、
少しいびつな形をした直径11キロの巨大な岩の表面にはレーダーや通信用アンテナ、ミサイルの発射口、などさまざまな建造物が見える、そしてそのまわりには
80隻を超える戦闘艦が、規則正しく並んで停泊していた。
「おはようございます」
サラが戦闘指揮所に入ってきた、髪型や制服は一部の隙も無く整えられている、
あれからまだ残っている作業があるからと、しばらく仕事をしてから仮眠に入ったはずなので、まだ2時間も寝ていないはずだ。
「入港するまで、寝ててよかったのに」
「そういうわけには行きません、あなたが後任に引き継ぐまでは艦長であるのと同じように、私もそれまでは副官ですから」
何となく7時間も寝ていた自分が、責められているような気持ちになった、そんなつもりでサラが言ったわけじゃないのは解るのだが、罪の意識があるので、ちょっとした発言で、そう感じてしまう。
要塞の軌道に乗ると、ドック入りの作業に入るため、水先案内専門の航海士官が乗り込んできた、今からは彼の指示でドック入りまでを行なう。
アルバトロスは戦艦の中でも大型のサイズなので、ドック入りは慎重に行なわれる。
「進路修正右へ2度」
エリもサラも操舵の経験は無いので、航海担当士官と水先案内の士官に操舵はまかせるしかない。
ドックの分厚い装甲扉が開き、ドックの内部が見える、
「進路そのまま、よーそろー」
進入経路に入ると、ドックの管制システムと艦の操舵装置がリンクする、あとはドック内部のへは自動で入っていく、ゆっくりとドックに入り艦が停止すると、アームが伸びてきて艦を固定する。
「ドック入り完了です」
水先案内の士官がそう告げると、全員が肩の力が抜けた、細かな操艦の出来る艦橋と違って、戦闘指揮所でのドック入り作業は非常にやりにくい。
要塞内に4箇所あるドックの中でも、一番大きなドックなのだが、それでも船体はギリギリだった。
「それでは、要塞司令官と艦隊指揮官に、挨拶に行ってください」
「え?それ私がやるの?」
第6艦隊司令官は中将、要塞司令官は大将である、臨時の艦長とは言っても大尉ぐらいの階級で対等に話せる相手ではない。
「当然でしょう、他に誰がいるんですか?」
一応、出航時は随伴の駆逐艦2隻だけとはいえ、艦隊として編成されていたので、エリは艦隊の長でもある、立場的には対等なのだが、あまりにも階級が違いすぎる。
「お願い、サラちゃんもついて来て」
小声でエリが頼む
「もちろん付いて行きます副官ですし」
それを聞いてほっとするエリだった。
二人はまず、要塞司令官へ挨拶に行った、要塞司令官は大変気さくな人物で、ガチガチに緊張していたエリも、後半は少し緊張を解いて話すことが出来た。
そしてアルバトロスの修理と乗員の休養に、最大限協力すると約束してくれ、終始穏やかに会談は終了した。
「次は第6艦隊司令官です」
要塞司令官の挨拶を済ますと、艦隊司令官の部屋に向かう
「うわー緊張したー、もう偉い人に会いたくない」
露骨に嫌がるエリの横を歩くサラがつぶやいた
「私も出来れば艦隊司令官には会いたくありませんよ...」
「やっぱりサラちゃんもそうなんだ」
常に冷静に仕事をこなすサラも、偉い人と会うのは、やっぱり緊張するんだなとエリは思った。
第6艦隊司令官室は小惑星の北極付近のブロックに位置していた
「どうぞ、こちらでお待ちください」
女性の秘書官に案内された応接室は、要塞司令官の時の部屋と大きさは大差ないが、実用重視で飾りなど殆ど無い要塞司令官の応接室と比べ、内装や調度品など豪華だった、しかしそこはやはり軍の施設なので、過剰な豪華さではなく実用の範囲内のレベルだ。
しばらくするとドアを開けて、艦隊司令官が入ってきた、二人は椅子から立ち上がって敬礼する。
「やあ、お持たせして申し訳ない、私が第6艦隊の司令官を務める...ん?」
中将は二人を見て表情を変える、
「後ろにいるのはサラか?」
「お久しぶりです、お父様」
「ええええぇぇぇー!?」
エリは驚いてサラと指令を見る
「サラちゃ...いやアルメイダ少尉のお父様が艦隊指令?」
「ああ、娘とは久しぶりの対面だったものでな、申し訳ない、私は第6艦隊司令官、アレッサンドロ アルメイダ中将だ」
あらためてエリのほうに向かって、艦隊司令官は敬礼した。
「だ、第1艦隊所属、戦艦アルバトロス臨時艦長の、エリ キシカワ大尉です!
こ、こ、このたびは、本艦への救援、か、感謝します...」
緊張だか驚きだかわからない表情で、エリも敬礼する。
「とにかくすぐに動ける艦は、すべて出航させたんだが、間に合ってよかった」
司令官の話によると、戦闘を発見して、すぐ救援を決断したそうで、ミサイルの搭載どころか、主砲の調整中で発砲できない船まで出港させたそうだ、おかげで異常に早く救援に駆けつけることが出来たが、間に合わせの艦隊では、敵を追撃する余力は無いため断念し、生存者の捜索に専念した、という事実を初めて二人は知った。
それにしても、バラバラで出航した艦船を、現地に到着する短時間に、ある程度戦闘可能な状態まで、再編成してしまうとは、さすがに第6艦隊は実戦慣れしている。
「かなり無茶な出撃だったんだが、部下はよくやってくれたよ、おかげで娘も助かったしな」
「お父様、少しお話があります」
今まで考え込んでいたサラが口を開いた
ニコニコと今まで話しをしていた司令官の表情が変わる。
「その話は、艦隊司令官の私と、父親としての私、どちらに対してだね?」
「あくまで私の推測ですので、娘からの助言として聞いて下さい」
「わかった」
そう言うと司令官は、隣の部屋で控えている秘書官に、しばらく部屋に誰も入れるなと命令した。
「聞こうか」
何だか急にすごい雰囲気になってエリはおろおろする。
「今回の敵の動きは、非常に用意周到なものでした、恐らく第1艦隊内にも多くの内通者がいて、手引きしたものと思われます、
そして、アルバトロスでその手引きをしていたのは、補給担当責任者のジョンソン少佐だと思われます」
これは聞いちゃいけない話だとエリは思った、しかしサラはそんなエリの思いを知ってか知らずか、話を進めていく。
「根拠は?」
司令官は鋭い視線をサラに向ける、
「全て実弾で搭載されていたはずのミサイルが、発射筒内の12発以外、全て訓練用の模擬弾に変えられていました、兵器の搭載時の責任者はジョンソン少佐です、他にもレールガンの砲弾が規格外のものに変えられているなど、彼が記録を改ざんした形跡があります」
「しかし彼も、敵の攻撃で死にかけたんだぞ」
「ジョンソン少佐のもうひとつの役目は、艦内の上級将校を所定の時間に、全て艦橋に集めることだったと思われます、事実、艦内の上級将校に艦橋の見学を勧めていたのは彼でした、
さらにジョンソン少佐だけは艦橋のひとつ下の、フロアで発見されています、予定より早く、艦橋が狙撃されたか、将校を艦橋に集めるのに手間取ったか、どちらにせよ単に逃げ遅れただけではないかと私は考えています」
「うまくいけば、自分が指揮を取り、最新鋭艦を敵に奪わせることが出来る、最悪でも将校の大量暗殺か...」
司令官はしばらく考え込んでエリたちに向き直った
「わかった、この件に関しては、私が対処しよう、ご苦労だった」
「ところでキシカワ大尉」
司令官が笑顔でエリに振り向いた、
「この事はくれぐれも内密に頼むよ」
怖かった、司令官は笑顔なのに怖かった、喋ったら殺されると、この時、本気でエリは思った。
「は、はい...」
涙目でようやくエリは返事をするのだった。
艦隊指令官の部屋を出ると、エリはどっと疲れが襲うのを感じた、
「サラちゃん、いつから少佐の件、気がついていたの?」
アルバトロスが修理を受けている、ドックへ続く将校用通路は、エリたち以外は、誰も利用していないので、エリは思い切ってサラに質問してみた。
「戦闘中です、確信が持てたのは報告書を作っているときでしたが」
「サラちゃんのお父さん凄いね、これからどうするつもりなんだろう?」
「たぶん父は何もしません、少なくとも表面上は」
「え、なんで?」
エリが驚いて立ち止まる、逮捕して尋問すると思っていたからだ。
「こういうものは、こちらが騙されている事を知っていれば、いくらでも利用できるからです、父はそういった謀略は、非常に得意な人ですから」
「サラちゃんが鋭いのも、お父さん譲りなんだね」
サラの表情が曇る、
「こんなことばかり、教わって育ちましたから...」
そういうと、サラはうつむいてしまった。
まずい、何かトラウマをつついてしまったようだ、なにか話題を変えないと、
エリは必死で明るい話題を考えた。
「さっきサラちゃんのお父さんが、帰り際に、久しぶりに一緒に食事でもどうだって、言ってたでしょ、行ってきなよ、久しぶりに親子一緒でさぁ...」
だがエリがそう言うと、サラは一段と暗い表情になってしまった
「...私はさっき話を聞くまで、艦隊が敵を追撃しなかったのを、父が敵と通じているからだと疑っていました、そんな私が、どんな顔して父に会えばいいんですか...父は全力で助けに来てくれたのに.....」
サラはうつむいて目に涙を浮かべていた、
しまった、やぶへびだった、何とかしなくては、エリは人が悲しんでるのを見るのが苦手だった、見てると自分まで悲しくなってしまうからだ。
「サラちゃんは、私まで疑ってる?信用できない?」
「...いいえ」
もうやけくそだ
「よし、じゃあ今から私とゴハンたべよー!」
サラの手を引くとエリは走り出した
「え、ちょっと、何でそうなるんですか?意味がわかりません」
「いいからいいから」
二人はアルバトロスに続く通路を走って行った。




