35.半舷上陸
翌日の午後、サラはリオグランデの乗員を集めてドック内で改装作業中のリオグランデ艦橋で朝のミーティングを行なっていた
「半舷上陸ですか?」
サラの説明をハイザー准尉が確認する
停泊中の艦船が乗組員の半数を当直として残して半数ずつ交代で休暇をとらせることを半舷上陸という、地球に戻るのを上陸と言うのも何か変な話だが、海の船舶用語がそのまま宇宙船でも使われているので仕方がない。
「はい、リオグランデの乗員は前回の休暇から3ヶ月以上定期休暇を取っていないので次の出航までに休暇を取るようにと主計課から通達が来ています、今回はドックの使用期限などで予定が押している関係で通常の半分の2週間ずつ交代で取る事になります」
サラが艦橋のメインスクリーンにカレンダーを表示する、現在行なわれているブースターの調整や整備作業のタイムスケジュールと2班に分けられた乗員それぞれの休みの期間が表示されていた
「休暇の順番ですが現在おこなっているブースターの調整作業を優先するためエンジンや航行機器関係の乗員の休暇が後になります、作業終了後は武器弾薬の搬入や出航のための手続きに変わりますので先に休暇を取った班と交代になります、何か質問は?」
ひと通り説明を終えるとサラは乗員達を見渡した
サラが各乗員の作業スケジュールを考慮したうえで巧みに休暇の振り分けをしてあったため全員特に異議はない
「ありません」
乗員を代表して掌帆長であるハイザー准尉が答える
「それではミーティングを終了します、各自準備に取り掛かってく下さい」
エリが最後に乗員を解散させミーティングは終了した
「それではハイザー准尉、リオグランデの整備と留守を頼みます」
エリは艦橋を出ようとしていたハイザー准尉に話しかける
ブースター調整作業の責任者であるハイザー准尉は後半に休養を取る予定だ
「了解です、バッチリ整備を終わらせておきますので安心してゆっくり休養されてください」
ハイザー准尉は敬礼して答えるエリとサラは答礼をするとリオグランデを後にした
「何だかずっと入院していた私が休暇取るの悪い気がするなぁ...」
「軍務による負傷ですから療養も任務です休暇とは違いますよ、堂々と休んでください」
サラは極めて日本人的な社畜根性丸出しの発言をするエリに注意する
「艦長は今回の休暇はどうするんですか?」
「うーん、やっぱり実家に帰省かな...あ、そうだ、帰るって家に連絡入れとこう」
エリは自分の携帯端末を出すと家に電話をかけた、エリの実家は祖父母が携帯端末を持ち歩きたがらないので固定電話が設置されている
(はい、岸川です)
祖父母どちらかが出ると思っていたが出たのは岸川家の長男の隼人だった
「あ、隼人?わたし明日から休暇になったんだけど、期間が短いから軌道エレベーターじゃなくて今回もシャトル使うから、たぶん明後日ぐらいに家に着くと思うからみんなにそう言っといて...」
軌道リングから地球への電波は地表から3万6千キロ離れている軌道リングからさらに何箇所か中継して地上に届くので0.3秒程のタイムラグがあるため地上と同じように話すとタイムラグのぶん間のびした会話になるのでエリは用件をひとまとめに話す
(ねーちゃん、その事なんだけどさ、今帰ってこないほうがいいと思うよ...)
「え、何で?」
返事の代わりに隼人からエリの端末に画像が送られてきた、エリは写っていた町役場の様子に凍りついた
役場の壁面には「世界の英雄、岸川恵理さんを迎えよう」と書かれた巨大な横断幕が掲げられ、さらに正面の歩道には「町の生んだ英雄 岸川恵理さん」と書かれエリの顔写真が印刷された昇り旗が何本も立てられていた
「こっちでもねーちゃんの事、大きく報道されててさ...町長とか町の人たちが異様に盛り上がっちゃってて凱旋パレードするとか言っているんだよね、俺も町長から帰ってくる日がわかったら連絡しろって何度も言われてるし...」
最初に電話に出たのが隼人で本当に良かったとエリは思った、たぶんお祭り好きな他の兄弟だとサプライズだとか言って黙って町のみんなと準備して帰ったとたんパレードが始まる展開になりかねない
「ありがとう隼人、今回は休み短いし帰るのやめとく」
(うん、俺もそうした方がいいと思う)
エリは呆然とした表情で通話を切る
「どうしたんですか?」
ただ事ではないエリを見てサラが心配そうに声を掛ける、エリは先ほどの通話の内容をサラに話した
「今更それが何か問題でも?」
サラは良くわからないといった感じで首をかしげる
「だって、せっかくの休みなのに今帰ると地元マスコミの取材と祝賀会と言う名の飲み会にほぼ連日強制的に参加させられて近所のおばちゃん達が大量に作ってくる料理とかお酒とかどんどん進められて疲れ果てて仕事に戻る事になりかねないんだよ」
実際エリは高校時代に入っていた陸上部で全国大会の選手に選ばれた時に似たような経験をしている、その時は前祝と称して大量の料理を作ってきた近所のおばちゃん達に半ば強制的に料理を振舞われ大会当日は食あたりですっかり体調を崩してしまい散々な結果になったという事があったのだ。
娯楽の少ない田舎町の人達がお祭り騒ぎの口実を見つけた時の恐ろしさを良くわかってないサラにエリは必死でこれから起こりうる展開をエリは説明した。
「そ、それは大変そうですね...」
ただの地域住民が参加するアットホームな感じのパレードぐらいのイメージで考えていたサラも大変さに気がついたようだった
「という訳で今回の休みは軌道リング内の都市区画のジムとか図書館とかで過ごすことにするよ」
艦艇勤務者の休暇が比較的長期なのは任務中に殆ど無重力環境で過ごす艦艇勤務者の体力低下や体への悪影響を防ぐために重力のある場所で一定期間過ごして体調を整えるのが目的なので地球に戻らなくても1Gの重力のある場所なら何処でもかまわない、民間人の暮らす都市区画は1Gの人工重力が保たれているのでエリはそこで過ごす事を考えていた
「それでは私の実家に来ませんか?」
突然の申し入れにエリは驚いた表情でサラを見る
「え?サラちゃんの実家ってポルトガルの?」
「ええ、北西部の街です、前回はエリさんの家に招待していただいたので遠慮なさらずに来て下さい、私の実家ならマスコミに知られる事もないと思いますので」
「でも私のために悪いよ、せっかくサラちゃんも休暇なのに」
サラは普段アメリカのロスアンゼルス郊外にあるアパートに一人で住んでいて、あまり実家に帰らないのを知っていたエリは実家に招待すると聞いてサラが気をつかっているのかと思い戸惑う
「本当に遠慮なさらないでください、私も実家に用がありましたのでちょうど良かったです」
サラがいつになく押してくるのでエリは断るのも申し訳ない気持ちになってきた
「じゃあ、せっかくだしお邪魔しようかな...」
エリがOKをだすとサラの表情が少し明るくなった
「それでは明後日の0615時に中央通路のPXの前で待ってますので」
サラは前回エリが実家に帰る時と同じ待ち合わせ場所を指定した
「う、うんよろしくね」
明後日の朝、エリとサラはシャトルで軌道リング内の艦隊司令部基地を後にした
「今回は座席も広くて快適だね」
前回使用したシャトルは物資輸送用のもので座席も小さめだったのに比べ今回は人員輸送用のシャトルなので比較的座席はゆったりしていて快適だった
前回の鹿屋基地に向った時よりも大気圏突入する際の軌道の関係で今回の目的地であるポルトガルのモンティジョ航空基地に到着は数時間余計にかかるが快適なので疲れずに済みそうだ
「サラちゃんの実家ってどんなとこなの?」
シャトルの船内で早速サラにエリはサラの実家の事をたずねる
「そうですね、ポルトガルのモンティジョ航空基地に到着して1時間ぐらいの所にポルトという都市があるんですがそこに私の実家があります古い街並みの残る海辺の街です」
「へえ、海があるのか...楽しみだな、場所も基地から結構近いんだね」
前回帰省した時に降り立った鹿屋基地からエリの実家までタクシーで1時間ぐらいなので同じぐらいの距離らしい、どんな所か期待に胸が膨らむエリだった
「サラちゃんの実家ってご両親と兄弟が住んでいるの?」
確かサラには両親と兄と妹がいた筈だ
「以前はそうでしたが、兄はもう独立していますし、妹も進学して寮生活になったので母も今は父と同じセバストポリ要塞に住んでいます」
「え?じゃあサラちゃんの実家って今誰が住んでるの?」
「今は祖父がひとりで住んでいますね」
エリは自分の実家の祖父母の事を思い出し一人で寂しく暮らす老人の姿を想像する
「そうなんだ、じゃあサラちゃんが来たらきっと喜ぶね」
エリがそう言ってにっこり笑うが何故かサラは複雑な表情を浮かべるのだった
シャトルはポルトガルのモンティジョ航空基地に現地時間で午後2時に到着した、それからエリは驚きの連続だった、シャトルから降りたら横の駐機場で軍のものではない民間登録の最新型高速ヘリが待機していてサラがそのヘリに当たり前のように乗り込んだのだ
「え?これに乗るの?」
「はい、そうです席に座ったらシートベルトを着けて下さい」
サラが自分の車にでも乗せたみたいに言う、エリが言われるままに席に着いてシートベルトをつけるとヘリは離陸して北へ向かいサラが言っていたとおり1時間ほど飛行するとポルトの市街地が見えてきた、ヘリは川沿いの崖の上に建つ大きな家というより宮殿か何かみたいな場所の中庭に降り立つ
「着きましたよ、行きましょう」
エリは僅かばかりの着替えと日用品が入った布のトートバッグを胸のところで抱きしめた格好でシートに座ったままヘリの窓から周囲をキョロキョロしている
「サラちゃん...ここ何処?」
「私の実家ですが」
サラが答えるとエリは理解が追いつかない顔でポカンとしているが5秒ほどしてようやく状態を理解して驚きの声を上げる
「ええぇーっ!?1時間って車で1時間じゃなかったの!?」
建物からメイド服の女性やスーツ姿の使用人達が出迎える中、今度も当たり前のように屋敷内に入っていくサラ、出迎えたリーダー格らしい初老のスーツ姿の男性と少し話すとサラはまだヘリの座席で降りるのを戸惑っているエリに手招きする
エリはおっかなびっくりでサラの後を追い屋敷内に入った、広いエントランスホールの天井には天井画が描かれ大きなシャンデリアがぶら下がっている
「どうぞ遠慮なく、私はちょっと席を外しますのでエリさんは部屋で休んでいて下さい、こちらの者が案内しますので」
サラが示した方にはメイド服の女性がいつの間にか立っていた
「お荷物お持ちします」
そう言うとメイド姿の女性がエリの荷物を受け取る、普段のエリなら遠慮して断るのだがメイドの所作があまりに当然といった振る舞いだったので荷物をそのまま渡してしまった
「え?あ、ありがとうございます」
持ち物は着替えが何着が入った布製トートバッグだけなので逆に申し訳ない気持ちになりエリはメイドに頭を下げる
「こちらへどうぞ」
メイドは完璧な所作で屋敷の奥へ案内する、壁に絵画や彫刻が飾られた長い天井がアーチ状になった廊下をメイドの後についてエリは歩いて行く、自分の先を歩いているのにエリがゆっくり歩けばメイドも気配を察っしてゆっくり歩き、早く歩けばメイドも早めに歩く、身のこなしが只者ではない
(まるで後ろにも目が着いているみたい...)
エリがそんな事を考えていると彼女は大きな扉の前で立ち止まり扉を開けた
「どうぞこちらへ」
「は、はい」
案内された部屋はエリの実家の広さぐらいありそうな部屋だった、分厚いの絨毯が敷かれた部屋の中央には大きなソファーとテーブルが置かれ、窓からはポルトの街が一望できる、さらに隣にはもう一つ部屋があり開けられた戸の向こうには数人寝れそうな巨大なベッドと豪華に装飾された三面鏡のついた洗面台が見えた、以前テレビで見た高級ホテルのスイートルームみたいな贅沢な部屋だ
「こちらの部屋をお使い下さい」
「えぇっ!この部屋を?」
まさかこんな豪華絢爛な部屋が自分が泊まるために用意されたものだとは思わなかったエリは変な声を上げてしまった
「お気に召しませんでしたか?それでは別の部屋をご用意しますが」
「いえいえいえ!とんでもない!こちらで結構です!」
部屋が気に入らなかったのだと認識しているメイドにエリは慌ててぶんぶんと首を振って否定する
「御用がありましたらそちらのベルを押していただきましたらすぐに参りますので何なりとお申し付け下さい、それではごゆっくり」
エリの荷物をソファーの上に置き深々と頭を下げるとメイドは部屋を出て行った
一人になったエリは改めて部屋を見回す、壁に掛けられた絵画、鏡やチェストの上に飾られた調度品、価値は良くわからないがどれも歴史を経てきた風格があり、どれをとっても一流の品なんだろうなというのは何となく解る
「サラちゃんってとんでもない所のお嬢様だったんだな...そう言えばなんか気品があるし...」
以前自分の実家にサラを招待したのが何だか恥ずかしくなってしまった
(こんな凄い所のお嬢さんに草むしりまでさせちゃったよ...)
いろいろ思い出して頭を抱えるエリだった




