33.ブースターと勲章
エリが退院して10日が過ぎ任務にも復帰していたが、リオグランデは相変わらずドックに入ったままだった理由はブースターの調達の見通しが立たないからである
「そうか、そちらにも無いか...いや、いいんだ手間取らせたな、ありがとう」
簡単に礼を言うとハイザー准尉は通信相手との通話を切ったディスプレイの映像が消えるとため息をついて椅子の背もたれに体を預け額に手を当てて考え込む
「ここもだめでしたか」
両手にコーヒーを二人分持ってきた主計担当の曹長が声をかける、片方を受け取るとハイザー准尉は一口飲んでまたため息をつく
「ああ、これで58箇所目だ、もうどこにも残ってないんじゃねぇのか?」
ハイザー准尉はデスクの横にあるディスプレイに表示されている軍の補給施設やドックなどブースターが保管されている可能性のありそうな場所が書かれたリストに58番目の在庫なしのチェックを入れる
軍艦の交換部品はエンジンから兵器のネジ一本に至るまで宇宙軍のサーバーに記録されていて大抵の物は検索すればわかるのだが旧式艦のブースター本体となると当然在庫なしとしか表示れない、ハイザー准尉が直接問い合わせているのはどこかの格納庫の片隅に員数外のブースターが放置されているかもしれないという一縷の望みをかけてのものだ
「珍しく弱気ですね」
曹長の言葉を聞き流してもう一口コーヒーを飲むとハイザー准尉は話を続ける
「弱気にもなるさ、あと3週間以内に稼動できる目処をたてないとリオグランデは廃艦が決定しちまう、せめてあと2基あれば調整で運用可能になるんだが...」
現在リオグランデは重整備と言う名目でドック入りしている、当然整備後は任務に復帰する前提だが1ヶ月後には次の船がドックを使う予定があるのでこのままだと追い出されてしまうのだ、その時点で整備不能と判断されると廃艦が確定してしまう
「とりあえずドックや補給倉庫だけでなく一度でもテネシー級が入港した記録がある軍の施設まで範囲を広げて探してみましょう交換して放置されたジャンク品が見つかるかもしれません」
本体さえ見つかれば消耗部品などの入手はまだ比較的容易なので何とかなるのだ
「ああ、頼む」
ハイザー准尉はコーヒーを飲み干すと再びディスプレイに表示されたまだ問い合わせをしていない軍施設のリストを表示してメールや通話で問い合わせを始めた
その頃エリは軍司令部の査問委員会に呼ばれていた
理由は指揮官自ら現場を離れ艦の指揮に混乱を生じさせた事と、警察艦隊の命令に従わずリオグランデがエリの救助に向かった命令違反の件だったのだが、エリが軌道リングに対するノーチラスによる体当たり攻撃という危機的状況をいち早く察知した事による功績で不問と言う事になった。
もちろんこの結果には裏でドレーパー少佐やスチムソン准将がうまく立ち回ってくれたという事と、そもそも行方不明になっていたノーチラスが敵の手に渡っていて攻撃に利用されたという宇宙軍の失態が原因という事もあり、あまりこの問題を大きく取り上げたくないという事情もあったことから、査問委員会自体が元から命令違反に対する査問を一応したという実績を警察艦隊に報告するためだけの形式だけのものだった、まあ第1艦隊幹部連中の本音としては地球の近郊では警察艦隊が現場を仕切っている状況を以前から面白く思っていなかったため警察艦隊に対して本音ではざまあ見ろと思っていたという感情的な理由もあるのだが...
しかしそんな裏事情を知る由もなかったエリは形式のみの幹部からの質問に馬鹿正直に答え続け疲れ果てて査問委員会の部屋を退出した。
「よかった~このまま軍法会議とかになったらどうしようと思った、無罪放免で本当に良かったよ~」
ホッとして涙まで流しているエリと対照的に事情をあらかた知っていたサラは当然という顔をしていた
「でも本当に大変なのはこれからですよ」
サラの不穏な発言にエリが振り向く
「え?まだ何かあるの」
不安そうなエリにサラが諭すようにゆっくり話す
「いいですか、今回の件は行方不明になった軍艦を敵に奪われ攻撃に利用されてしまったという失態続きの宇宙軍がやってしまった中でもとびきりの大失態です、ただでさえマスコミから評判の悪い宇宙軍が市民の批判をそらすためにどうすると思います?」
サラが言わんとしている事を察したエリの額に冷や汗が流れる
「...まさかまた?」
サラは頷くと顔が青ざめていくエリに答え合わせをするように答える
「またエリさんを英雄として大々的に宣伝するでしょうね」
「やーめーてーっ!!!」
エリの叫びが軌道リングに響いた
サラは落ち込んでいるエリをつれて昼食を済ますとリオグランデが整備に入っているドック内にある乗員用の事務所に向かった
「ご苦労様です進捗はどうなっていま...」
言いかけてサラはエリ以上に落ち込んだ事務所の雰囲気に言葉が止まった
年季の入った事務机の椅子の背もたれに体を預け天を仰いだまま固まっているハイザー准尉を筆頭に無表情でうなだれている主計担当の曹長とリオグランデの下士官が数人、それぞれに疲労の色が隠せない、各自の机の上には冷えた飲みかけのコーヒーが入った紙コップと在庫なしのチェックがずらりと並んだリストが表示されているディスプレイが並んでいる
「...ブースターが見つからん...」
ハイザー准尉が天を仰いだまま誰に言うともなくつぶやいた
「工場や宇宙軍の修理施設だけでなくテネシー級駆逐艦が入港した記録のある前線の要塞や浮きドックに至るまで問い合わせをしましたがブースター本体を置いている所はありませんでした」
疲れた表情の主計曹長がサラに報告する、この数日彼らはここでリオグランデを救うために必死だったのだ、サラの横にいたエリも表情が曇る自分のためにリオグランデが廃艦になるのに心を痛めていた
その時、エリ達の後のドアが開いて声が聞こえる
「キシカワ少佐いる?って、どうしたのみんな...」
入ってきたのはドレーパー少佐だった、事務所に入るなりあまりの落ち込んだ雰囲気に思わず顔をしかめる
他艦からの上級士官の訪問にサラとハイザー准尉以下の下士官は弾かれたように立ち上がると直立不動の姿勢をとりドレーパー少佐に向かって敬礼をした、どんなに落ち込んでいても軍隊生活が染み付いている彼らは良くも悪くも体が条件反射で動く
「ドレーパー少佐、何故ここに?」
唯一の例外はいまだに軍隊という組織に染まらないエリだった、同じ階級とはいえ先輩士官にまるで友達と会った時のような口調で話しかける
「ああ、ちょっとあなたに伝える事があったのよ、それより何なのこの葬式みたいな雰囲気は?」
ドレーパー少佐も社交辞令は苦手なタイプなので気にもせず話を続ける
エリは今までの経緯を説明する、黙って話を聞き終わるとドレーパー少佐は呆れたような表情で答えた
「ええ?それであんた達こんなに面倒な事やってたの!馬鹿じゃないの?」
今まで散々苦労してブースターを探していた面々はドレーパー少佐のこの発言に不満の表情を浮かべる、それはそうだろう苦労を全部否定された上に馬鹿とまで言われてムッとしないはずはない、そんな下士官達の不満を代表してハイザー准尉がドレーパー少佐に発言する
「お言葉ですが、残存しているブースターの数ではリオグランデは軍艦として機能できません、ブースターが見つからなければ本艦は廃艦になってしまいます、現状では可能性のあるところを探すしかありません」
「それが馬鹿だって言ってるのよ!」
ハイザー准尉の抗議をドレーパー少佐は一喝した
「おおかた軍の施設とか浮きドックとかしか探してないんでしょ?なまじ経験があるだけ考えが硬直して無駄な事をする、あんた達ベテランの悪い癖だわ、ブースターなら3ブロック先の民間人の都市区画がある居住セクターにセットで保管してあるでしょ!」
ドレーパー少佐の話を聞いてその場にいるリオグランデのクルー達はそこに何があるか思い出してハッとして全員が顔を見合わせる
「航空宇宙史博物館!!」
そこには人類の宇宙進出黎明期からの宇宙船が展示されている大規模博物館があった。
先の大戦に使用された軍艦としてテネシー級駆逐艦の中で3隻だけ生き残った内の一隻であるユーコンが退役当時のままの状態で展示されていた
「しかし展示物を接収して大丈夫ですかね...」
航空宇宙史博物館は可能な限りオリジナルの状態を重視して整備保存されているが民間の施設である
「戦闘時の加速用ブースターなんて博物館に死蔵している船に必要無いわよハリボテでも作って取り付けて展示しとけばいいわ、今回失われた分の4基接収しても2基は残るんだし歴史資料ならそれで十分でしょ?」
博物館の意見も聞いてないのに決定事項として話すドレーパー少佐だった
「博物館には私が話を通しておくから連絡がきたら取りに行きなさい」
ドレーパー少佐が話をつけると聞いてこの場にいる全員がブースターの接収は確実になったと思った、必要ならこの人はピラミッドの副葬品すら分捕ってくるだろう
「ありがとうございますドレーパー少佐」
エリはドレーパー少佐に深々と頭を下げた
「それで私に用というのは?」
エリはドレーパー少佐が自分に何か用があってきたのを思い出して尋ねた
「ああ、そうだったキシカワ少佐、あなたに今回の功績でゴールドスター勲章が授与される事になったから」
ゴールドスター勲章は大規模な作戦などで勝利に貢献するなどの大きな戦果を上げた者に授与される勲章である、査問委員会に呼び出されたばかりのエリは自分が何でそんな大それた勲章を貰う事になっているのか理解できなかった
「え、私がなぜ?」
全く理解できてないような感じで目を丸くして突っ立っているエリを見てドレーパー少佐は額に手を当てて深くため息をつく
「あんたねぇ、いち早く敵の策略に気づいて軌道リングの破壊という未曾有の危機を阻止したのはあなたでしょ?十分この勲章に値する事をしているんだから貰っときなさい」
また話を盛大に盛られているとしかエリには思えなかった、きっとサラが言っていたとおり軍は失態を市民の目からそらすため自分を英雄として大々的に宣伝するつもりなのだろうマスコミも現状では失態を叩くより英雄譚の方が売れるので積極的に軍を叩く事はしなくなるはずだ
「判りましたお受けしますとお伝えください」
エリはため息をつきながらドレーパー少佐に答えた、どうせこういう事情では勲章を辞退した所で決定は覆らないだろう命令だと思って諦めて従うしかない
「了解、勲章の授与式は一週間後です場所や時間の詳細はメールで送りますのでそれまでに準備しておいて」
そう言うとドレーパー少佐は部屋を後にした
「了解しました」
エリはそれを敬礼して見送ったがすぐにドレーパー少佐が戻ってきてため息をつく追い討ちをかけるような一言を放った
「あ、そうそう授与式は中継で世界配信される予定だから服装は礼装でね」
「??!!!」
あまりに衝撃的な一言にドレーパー少佐が出て行ってドアが閉じた後もエリは敬礼した姿勢のまま石のように固まってしばらく動かなかった




