31.救出作戦
「脱出ポッドと接触まであと3分です」
航法士官がサラに報告する
「現在の表面温度は?」
サラは報告に頷くと温度を聞いた
「船体前面の表面温度、現在130℃」
宇宙船というのは地上では考えられない高速で航行している、単純に地球の重力を振り切っただけの低軌道の人工衛星でも秒速7.9km、時速にして約28000kmという猛烈な速度が必要だ、当然こんな速度はほぼ真空の宇宙空間だからこそ出せるのであって大気圏内では不可能な速度である、ではそんな速度の物体が再び大気圏に突入するとどうなるか?
大気の層に高速の物体がぶつかると後方に逃れられなかった大気は前方で圧縮され高温になる、これを断熱圧縮と言うのだが、これが超高速で待機の層にぶつかる大気圏突入時は数千度の高温となって物体に襲いかかることになる、もちろん大気圏突入する宇宙船はその高温に耐える構造になっているが、大気圏突入が想定されていないリオグランデやエリが乗った脱出ポッドはそうはなっていない、高度が下がって大気が濃くなる前に前に救出作業が終わらなければ流星のようにバラバラになって燃え尽きてしまうのだ、それまでに何としても救出しなければならない。
「下部格納庫扉開け」
サラが命じると軽い振動とともに格納庫扉が開く
サラが立てた作戦はリオグランデの下部格納庫を開きその中に船体を移動させながら微調整をして脱出ポッドとの軌道に相対速度を合わせ下部格納庫に脱出ポッドを導く、格納庫に脱出ポッドが入ったら格納庫扉を閉めリオグランデは再び加速して地球の重力を振り切り脱出するというものだ。
ワイヤーアンカーやネットを射出してポッドを固定する案もあったがどちらも脱出ポッドを破損させる危険が高いため結局この案になった
「現在、脱出ポッドの上方10mの位置に遷移しました、下部格納庫との相対速度ゼロ、これより回収作業を開始します」
航法士官が報告すると操舵手は徐々にリオグランデの高度を下げ、脱出ポッドが格納庫に入るように船体の微調整をしていく
「船体先端部の表面温度320℃」
大気の断熱圧縮の影響で徐々に船体の表面温度が上昇していく
「ブースター付近の表面温度も200℃を超えました」
船体の加速に使うブースターには爆発しやすい大量の化学燃料が入っている
500℃程度の温度までなら問題無いように作られているが長時間高温に晒されるのは危険なので一刻も早く作業を終わらせなくてはならない
「あと7m…あと6m…」
オペレーターがリオグランデの格納庫扉と脱出ポッドまでの距離を読み上げていく、普段連絡艇を回収する時と同じ速度なのだがやたら遅く感じる、脱出ポッドの表面温度はすでに300℃に迫っていた
(あともう少し…)
サラがそう思った時脱出ポッドの表面に異変が起こった、何かが弾けて破片が舞うと同時に脱出ポッドが進路が急に変わりもう少しで格納庫と反対方向に回転しながら外れて行った
「脱出ポッドの窓が破れました!」
脱出ポッドの側面に唯一ある小さな窓が高温に耐えきれず破れた、同時にポッド内部で減圧が起こりその反動で進路が変わったのだ、恐らくポッドの内部は急激に温度が上昇していっているはずだ、サラの顔から血の気が引く
「脱出ポッドの回収急いで!少々操艦が荒くなっても構いません時間最優先で!」
脱出ポッドからのモールス信号も窓が破れた瞬間途絶えていた、もう一刻の猶予もない事態だった
「了解、振り回しますよ」
操舵手が半自動モードに操舵を切り替えると船体をひねって強引に脱出ポッドの進路に移動させた、かなり危険な操艦だったため艦橋に警告音が鳴り響く、操舵手は警告を無視して脱出ポッドと相対速度を合わせると高度を下げ格納庫内に脱出ポッドを強引に招き入れた
「脱出ポッド格納庫内に入りました」
「格納庫扉閉鎖!」
格納庫扉付近にいる乗員から報告が入ると間髪入れずサラが扉閉鎖の指示を出す、早く格納庫扉を閉めてブースターを点火して加速上昇しなければリオグランデ自体も地球の重力を振り切れなくなる、もうすでにかなり高度が下がっているため乗員全員に焦りの表情が出ていた
「熱で格納庫扉が変形して閉鎖出来ません!」
そこに格納庫内の乗員から悲鳴のような報告が入った、艦橋に戦慄が走った、このまま上昇すれば脱出ポッドはまた格納庫扉から外に出てしまう
「応急処置にどれくらいかかる」
ハイザー准尉の問いに格納庫内の乗員から一拍おいて返事が来る
「5分ください」
「馬鹿野郎!そんな時間あるか1分でやれ!」
ハイザー准尉がマイクに向かって叫ぶ、無茶は承知だが5分もかけていたら地球の重力を振り切れなくなってしまう、しかしリオグランデの乗員は経験豊富なベテラン揃いである、彼らが5分と言ったら確実に5分必要なのだ、それが解っているだけにハイザー准尉にも流石に焦りの表情が出てきていた、その時サラが呟いた
「ハイザー准尉、すみません貴方の船をもらいます」
「?…あぁ…、構いませんよ自分はもうすぐ引退する身です、若い世代を救えるならこの船も本望でしょう」
サラの言葉が一瞬なんの事かわからず呆気にとられていたが、すぐにサラが何をやろうとしているのか理解したハイザー准尉はサラの肩をポンと叩いた
その頃、格納庫では乗員が高温の格納庫に内でエンジン整備用の耐熱宇宙服を着て復旧作業をしていた、脱出ポッドからエリだけ引きずり出して収容する案も出されたが、脱出ポッドの表面も高温で変形していてハッチが開かなくなっており、短時間ではどうしようもない状態だったため今はとにかく格納扉を閉めるしかなかった、時間がないのは彼らも十分理解している、一分一秒でも時間を縮めるため必死の作業が続く
一方、艦橋内では重苦しい空気が流れていた
「船体表面温度450℃を超えました」
時々オペレーターから入る報告がさらに空気を重くした、空気抵抗でリオグランデはどんどん減速して落下していく、だが今は待つしかない
サラは同時にエリの安否が気がかりだった恐らく船外作業服を着ているのである程度の熱は耐えると思うが脱出ポッドの窓が破れた時に中がどうなったかまではわからない最悪の事態が頭をよぎる、サラは不安を振り払うようにきつく目を閉じた
「格納庫扉閉鎖完了!」
その時格納庫にいる報告が入った、サラは目を開けると立ち上がった
「機関全開、最大出力!」
次にブースター点火の指示を出そうとしてサラはためらった、高温になったブースターに点火して爆発しないだろうか?再生処理をして何度も繰り返し使用しているブースターが耐えられるのか?士官学校時代に同期の仲間達を失った爆発事故の記憶が蘇る、しかし点火しなければどのみち助からない、サラはフラッシュバックする記憶の中で絞り出すように指示を出した
「全ブースター点火…」
リオグランデのメインエンジン周辺を囲むように6基取り付けられている化学燃料ブースターに火が入った
「全ブースター点火完了、加速開始します」
何もない宇宙空間で全ブースターを点火すれば押し付けられるような急激なGがかかるのだが地球の重力に捕らえられた状態での加速はひどくゆっくりとしたものだった、全力運転している各ブースターの燃料がものすごい勢いで減っていく
「2番と4番ブースターの燃料が尽きます、このままでは速度が足りません」
加速率と燃料消費量と船体質量を計算した航法士官が報告する、このままでは速度が足りず地球の重力を振り切れず燃料が尽きると同時にまたリオグランデは地球に落下してしまう
「2番、4番ブースターは燃焼終了と同時に切り離します」
サラが指示を出すと艦橋内に動揺が拡がった、ブースター自体は投棄しても地表に落下する前に大気圏内で燃え尽きて地表に落下する心配は無い、だが予備もなく今は製造されていないこのブースターを棄てるということはリオグランデが軍艦としての役割を終えるという事だ
艦橋内の乗員はこの艦に一番思い入れがあるはずの人物であるハイザー准尉の方を見る
「副長の指示が聞こえなかったのか?聞こえていたら復唱しろ」
ハイザー准尉の言葉に乗員達は彼が納得しての事だと悟った
「は、はい!2番、4番ブースター燃焼終了後に切り離します」
燃焼終了と同時に2基の大型ブースターが切り離されると軽くなったリオグランデはさらに加速した
「燃焼が終了したブースターから順次切り離してください」
「了解」
サラが実行したのあは複数のロケットを重ねて打ち上げ、燃料がなくなり次第次々に切り離して軽くしながら加速していく多段式ロケットと同じ理屈だった、ブースターは燃焼が終われば加速を妨げる重りでしかない、ならば切り離してそのぶん身軽にしたほうがいい
「1番、6番ブースター燃焼終了、切り離します」
爆発ボルトが作動し更に2基のブースターが切り離され後方に離れていく
「残り3番、5番ブースターまもなく燃料が尽きます、燃焼終了まであと60秒」
「軌道速度に到達しました、もう大丈夫です!」
機関長がブースター切り離しのカウントダウンを始めた矢先、航法士官から報告が上がる
「ブースター停止、通常航行に移行してください」
サラが指示を出すとブースターの振動が止み艦内に静寂が戻った、なんとか地球の重力を振り切った事に全員が安堵していた
サラは艦の状況を確認するとハイザー准尉に後を任せてすぐに格納庫に向かった
格納庫内はすでに気密が保たれ1気圧の状態になっていた、冷却器から冷気が出て空気は涼しかったが壁面がまだ熱を帯びていて、ここが数分前までは高温であった事を物語っている
その格納庫の中心部分に焼け焦げた脱出ポッドがワイヤーネットで押さえられた状態で固定されてあり、すでに乗員がハッチをこじ開けるて中にいるエリを引きずり出しているところだった、リオグランデを連絡艇で出発した時の船外作業服姿のままのエリがそこにいた
サラはエリの船外作業服のヘルメットを外した、高温のため船外作業服の冷却が追いつかなかったのか顔は真っ赤で髪の毛が汗で濡れていた、意識を失っているが息はあるようだ
「艦長…」
サラが声をかけるとエリは目を開けた
「…あ…サラちゃん…」
弱々しくエリは応える
「艦長…良かった、救助が遅くなってしまい申し訳ありません」
エリはサラを見上げる
「サラちゃん…わたし…あきらめなかったよ…」
エリの言葉にサラはハッとした、そうだエリは最後まで諦めなかった、あの爆発の中脱出に成功し脱出ポッド内の限られた機材で救難信号を出し大気圏突入時の高温の中でも救助が来ると信じて耐え続けた、なのに自分は…
「ごめんなさい、あなたを必ず助けると言ったのに、私は一度あなたのことを諦めてしまいました、もう生きてはいないと思ってしまいました…絶対に…絶対に助けると約束したのに…」
エリはサラを見つめて微笑んだ
「やっぱりサラちゃんは凄いなぁ…本当に助けに来てくれた…すごいなぁ…」
意識が朦朧としているのかエリはうわごとのように呟く
「違うんです、私は…卑怯で…臆病で…全然凄くなんかない…エリさんの方が何倍も強くて凄くて…」
エリは腕を伸ばしてサラの頰にそっと手をあてた
「あれぇ…サラちゃん泣いてるの?私のためにがんばってくれたんだね、大変だったよね…わたしのせいで…ごめん…ね…」
それだけ言うとエリは再び意識を失った
「艦長?艦長!」
軍医が駆けつけて脈拍を見る、高温による脱水症状と疲労で意識を失ったと告げた
「このままでは危険なのですぐに医務室に運んで処置します」
そう言うと軍医は格納庫内の乗員の手を借りてエリを医務室へ運んで行った、その姿をサラは黙って見送る、今はただ軍医に任せるしかない
(どうして…どうしてあなたはそんなに優しいんですか…私なんかのために)
そう呟くと誰も居なくなった格納庫内でサラはあふれる涙を拭おうともせず、ただ1人立ちすくんでいた




