28.作戦開始
「作戦開始10分前」
作戦開始までのカウントダウンが始まる、ノーチラスと通信が途切れるとリオグランデの艦橋内は急に慌ただしくなってきた、
「デコイの配置は?」
サラがあらかじめ周辺に配置したデコイの位置を確認する
「全て予定通りの配置です、動作チェックも問題ありません」
確かに予定通りだ、しかしサラは不安を隠せないでいた。
「ギャラルホルン到達まで、あと90分です」
司令部に作戦の許可はもらったものの、発射された大型ミサイルの到達までという条件付きだ、あと90分以内にノーチラスを無力化しなければ、1発で要塞にすら致命傷を与える事が出来るミサイルが4発もノーチラスの周辺で炸裂する事になる、時間的にチャンスは一度きり、装備も作戦の検証の時間も全く足りていない。
「狙撃は主砲を使うとして、あとは発射のタイミングですな、こればかりはミサイル発射口が開かないことにはどうにもなりません」
主砲発砲の瞬間まで、こちらからは一切の電波をノーチラスに向けて照射する事ができない、逆探知されてこちらの位置を知られてしまうからだ、そのため正確なノーチラスの姿勢と自転の速度を知る必要があった、エリの観測データから推測した発射口の位置を光学観測とパッシブレーダーで追い続け、発射口が開いた瞬間に狙撃する、これがサラの立てた作戦だった。
「あとは艦長の観測データが正しいことを祈りましょう」
このことに関しては、全員が心配はしていなかった。
念のため三回おなじ方法で行ったエリの観測結果は、ベテランの航法士官が舌を巻くほど正確だったからだ。
「作戦開始3分前」
サラはもう一度モニター上のノーチラスとデコイの相関図と数値を確認する、作戦開始時間を表示した時計がゼロになるとサラは静かに言った。
「作戦開始して下さい」
周辺の宙域に配置された3群のデコイが徐々にレーダー反射率を上げながら移動を開始する、ノーチラスのレーダーには小規模の3個艦隊が分散して出現した様に映るはずだ、次の瞬間ノーチラスが主砲を斉射した。
「デコイB群消失!」
5機投入したB群のデコイのうち2機が一瞬で蒸発、残り3機はノーチラスの主砲が付近をかすめただけで、その強力なエネルギー放射によって爆発四散した。
事前のシミュレーションどおりだった、やはり射撃管制AIまでは手を加えられていないようだ。
(次はデコイC群へ下部発射管からのミサイル)
「ノーチラス、対艦ミサイルを発射、ミサイルはデコイC群へ向かいます」
これもシミュレーションどおりだ、ミサイルサイロが開いた位置から、エリの観測結果の方も正確だという事が判った。
「順調ですな、作戦第2段階に入ります、デコイA群、加速開始します」
ハイザー准尉が簡単な感想を述べつつ、次の行動をサラに報告する。
最後のデコイA群がノーチラスへ突入を開始する、シミュレーションどおりなら今から約6分後に、このデコイA群に向けて迎撃ミサイルを発射するために、狙撃目標の発射口が開くはずだ。
(上手くいってくれよ…)
艦橋の乗員全員が固唾を飲んで見守る、次の瞬間艦橋に警報音が鳴り響いた。
「いったい何が起こったんだ⁉︎」
ハイザー准尉が見回すと、今までノーチラスの座標データが表示されていたモニターがブラックアウトしていた。
「システムエラー?…野郎、気付きやがった!」
それはノーチラスからのEMP(電磁パルス)による攻撃だった、昔の戦闘でよく使われた攻撃手段で、強力な電磁パルスを放つことで相手の電子機器を、破壊または一時的に使用不能にする物だ、新型艦はほぼ全て対策がとられているので使用されなくなったが、古い艦にはまだ装備されているものも多い、ノーチラスのAIはデコイの反応以外にも敵が潜んでいると判断して、広範囲にEMP攻撃をかけたらしい。
「強力な電磁パルスです、ノーチラスからのものと思われます」
「そんな事わかってる!損害の報告をしろ!」
何が起こったかすでに理解していたハイザー准尉が状況報告をした部下を一喝する。
「機器への物理的損害はありませんが、射撃管制システムにエラーが発生しています、現在自己修復プログラムが起動中です」
リオグランデにも電磁パルスからの防御対策はされている、しかし旧式艦の上に内地での哨戒任務が主なため、最前線で戦う主力艦のそれと比較すると、気休め程度のものでしかない。
「デコイA群はどうなっている」
「同様の電磁パルスを受けていますが健在です、予定座標まであと3分」
リオグランデより、消耗品であるデコイの方が新型になるため、EMP攻撃に強いというのは皮肉な話だった。
「射撃管制システムが起動するまで、後どのくらいかかる?」
「あと5分です」
間に合わない、艦橋にいた乗員のほとんどがそう思った、絶望的な空気が流れる中で、今まで黙って報告のやりとりを聞いていたサラが声をあげた。
「射撃管制を手動に切り替えます、主砲の制御系を砲術長席へ移行して下さい」
艦橋にいた全員がサラの指示に驚いたが、一番驚いたのは名指しされた砲術長だった。
「手動ですか!?」
現在、射撃目標であるノーチラスの発射口を捕捉しているのは、旧式な光学観測機器だけだった、しかもその位置もエリが観測した結果を元に、追尾しているに過ぎない、そのため射手はミサイル発射口が開くわずかな時間で、手動で位置の微調整をして射撃しなければならない。
「もう時間がありません、お願いします」
普段どこか冷めた目をしているサラが、懇願するような目をしていた。
「…了解、ただし成功率はかなり低いと思って下さい」
そう言うと砲術長は黙って射撃準備を始めた、その様子を見ていたハイザー准尉がサラに話しかける。
「あいつなら大丈夫です、きっと命中させます」
「ええ、信じています」
ハイザー准尉はサラの返事を聞いて苦笑した、彼女を安心させようと話しかけたつもりだったが、その必要はなかったようだ、恐らくサラは砲術長の経歴などから、技量をちゃんと知っていたのだろう、でなければ信じるなんて言えるわけが無い、そんな条件の射撃なのだ。
「主砲射撃準備完了、発砲のタイミングを砲術長へ」
砲術長は引き金の付いたグリップを左手に取った、右手は照準を微調整するハンドルに当て、一度深呼吸をすると、ミサイル発射口の位置を捕捉しているはずのモニター画面に集中した、画面はノーチラスの表面を映しているはずだが、まだ真っ暗で何も見えない。
「デコイA群、予定座標まであと10秒」
カウントダウンが始まる、グリップを持つ手に力が入る
「シミュレーションどうり開いてくれよ…」
砲術長がつぶやく、カウントがゼロになって2秒後モニターに動きがあった。
「開いた!」
真っ黒な画面の端に白い発射口が映った、砲術長は引き金を引く、第1射目わずかに発射口をそれ弾かれる、即修正して第2射目、次は命中、発射寸前のミサイルが爆発するのが見えた次の瞬間、他の発射口の扉が一斉に吹き飛ぶのが見えた。
「ミサイルの誘爆を確認、デコイA群への新たな攻撃みとめられず」
艦橋に歓声が上がった、砲術長は大きくため気をついた、緊張が一気に解けて脱力する。
「ありがとう、よく当ててくれました」
砲術長にサラが声をかける、サラの方が上官になるので一応姿勢を正す。
「何とか要望にお応え出来ました、もう二度とは御免ですが…」
艦隊司令部に作戦成功を報告すると、すぐにギャラルホルンの機能停止信号が送られた、ノーチラスに向かっている4発の大型ミサイルは、安全装置が働き機能停止すると同時に衝突防止のビーコンが発信される、あとはこの信号を頼りにミサイルは回収され、その後再生されるはずである。
「まもなくギャラルホルンがノーチラスの付近を通過します」
4発の大型ミサイルが接近するのが見えた、機能停止すると同時に衝突防止灯が点滅しているので、肉眼でも容易に観察できる。
その時レーダーに突然反応があった、正確にはステルスでほとんどレーダーを反射していなかったノーチラスが急にレーダーを反射し始めたのだ。
「何事だ?」
サラとハイザー准尉は、ノーチラスの観測を続けていた光学機器の映像を見て、その異様な姿に息をのむ。
そこに映っていた物は、ノーチラスのほぼ全てのミサイル発射口が次々に開いていく姿だった、レーダーに映っていたのは開いたミサイル発射口の反応だったのだ。
「…野郎、残ったミサイル全部を無照準で発射する気だ、最後に最悪な嫌がらせを考えやがった!」
恐らくレーダーを完全に潰されたノーチラスのAIは、作戦続行不可能と判断してこの判断を下したのだろう。
この行動は先程の電磁パルス攻撃と同様に、事前のシミュレーションでは予測出来なかった、同じ設計のAIをシミュレートしても、その個体が経験した物の違いで行動が変わってくるからだ。
サラの顔が青ざめていく、どうすればいい?
「ミサイル発射されました」
準備が完了したミサイルから次々に発射されていく、そしてその内の数発が、ノーチラスのそばを通過しつつあったギャラルホルンに向かっていく。
「駄目…」
サラは思わずモニターに手を伸ばす、次の瞬間1発のミサイルがギャラルホルンに命中した。




