26.絶望と希望
所定の座標に中継機が着くと、データがリオグランデにレーザーを使って送信されて来た。
ブロックノイズの荒い画面が一瞬出た後、徐々に画像が安定してくると、先程の機械室を背景に、何やら機械の調整をしている、船外作業服姿のエリが映った。
「艦長、聞こえますか?」
サラが呼びかけるとエリはすぐに画面に向き直る
「聞こえます、よかった通じた、みんな無事?」
自分が一番危険な状態で、みんな無事はないだろうと、この場のほぼ全員が思った。
「こちらは無事です、通信が回復して良かったです」
「ごめんね、最初の通信までは位置の見当がついたんだけど、あそこまで急に進路変更されたら、さすがに追いきれなくて...」
通信士官が、呆気にとられたような顔でモニターに映るエリの顔を見る、彼は途切れる前の通信は偶然繋がったと思っていたからだ。
彼には最初の通信ですら、どうやって位置を把握したのか、見当すら付かなかった。
「時間がありませんから、手短に説明します、現在本艦はノーチラスから約350kmの地点にいます、この距離でステルス艦相手では、正確に艦影を把握することが出来ませんので、艦長は星座の位置を使って現在のノーチラスの姿勢を調べて知らせて下さい」
「え?どういう事」
サラの言葉にエリは聞きなおした
「ノーチラスのマストを主砲で破壊します」
なるほど、駆逐艦の主砲で戦艦の装甲を貫くのは無理だが、レーダーアンテナやセンサー類が設置されているマストなら破壊は可能だ、ノーチラスの位置は把握しているから、後は船体のどの方向をリオグランデに向けているかわかれば、図面を元にマストの位置を推測出来る、これならいけるかもしれない、艦橋にいる全員がそう思った。
「それは許可出来ません、危険すぎます」
だがエリから帰ってきたのは否定の言葉だった
「何故です?ノーチラスの巨大なマストなら、艦の姿勢さえわかればこの距離でも外す事はありません」
エリに今度はサラが聞き返す、もし主砲の斉射でレーダーアンテナを破壊できなかったら、今度はリオグランデが反撃を受ける、しかも主砲の斉射はノーチラスのAIに自分の位置を知らせているようなものだから、非常に危険な状態になるのは確かだ、しかし姿勢さえわかってしまえば、戦艦の巨大なマストをリオグランデの主砲が、はずす事は考え難い、射撃管制レーダーとセンサーさえ潰せれば、少なくとも主砲で反撃される事はなくなるはずだ。
何故?といった感じの表情をしているリオグランデの艦橋の映像を見ながらエリが静かに答える
「ノーチラスのマストには、最新の対レーザー用の表面処理がされていました、リオグランデの主砲では弾かれる可能性があります」
エリの報告にサラは愕然とした、何者かによって行なわれたノーチラスの改造は想像を超えていた、こちらの主砲発射でノーチラスのマストを破壊できなければ、確実にリオグランデはノーチラスに捕捉される、そうなれば次の瞬間ノーチラスの主砲でリオグランデは蒸発する事になる、レーダーマスト狙撃の案は完全に不可能になった。
「リオグランデ単艦での対応は困難です、応援の艦隊を要請してください」
落ち込んだ雰囲気の艦橋の様子を見て、不思議な表情でエリは次の指示を出す、だがそんな事はとっくにやっていた。
「艦隊は来ません…」
うつむいたサラが絞り出すように言った、
「現在、第1艦隊は担当宙域周辺に同時多発的に出現した敵艦隊に対応するため、限界まで分散していて、予備戦力まで投入している状態です…」
艦長席に座ってるサラは、専用のモニターに現在の第1艦隊の状態を表示させて報告する、先程より敵の出現が増えて、事態はさらに悪化していた。
サラの報告をそこまで聞いてエリはため息をついて答えた。
「了解しました、それで地球からのミサイルはもう発射されたのですか?」
エリの質問にサラは驚いて顔を上げた、エリに報告したのは応援の艦隊が来ないという事だけだ、なぜ彼女がそこまで知っているのかサラを含め艦橋にいた全員が不思議に思った。
「艦長、どうしてその事を?」
サラが聞く前に質問したのはハイザー准尉の方だった
「星座の位置を見れば、ノーチラスの進路がわかるし、月の位置は地球の向こう側だから、戦艦相手なら多分そうなります」
たったそれだけの情報で、ベテランの艦長ならいざ知らず、自分の娘とそう変わらない年齢のエリが、そこまで状況を理解した事にハイザー准尉は驚いた。
「副長、艦隊司令部から連絡です、地球からノーチラスに向けてミサイルが発射されたそうです、到達時間は約4時間後、直ちに現宙域を離脱されたしとの事です」
通信士官が緊急で入った通信をサラに報告した、サラはすぐに聞き返す
「発射されたミサイルの種類はわかりますか?」
通信士官はサラの質問に答えるために、司令部から同時に送られた詳細情報を開く、表示されたデータを見た彼は絶句した。
「どうした?早く報告しろ」
画面を見て固まっている通信士官にハイザー准尉が聞き直す
「あ、す、すみません…発射されたミサイルは広域破壊型弾頭のMW-56が4発です」
通信士の言葉に、艦橋にいた全員が耳を疑う、
「おい、そりゃあ戦艦一隻相手に使うミサイルじゃねぇぞ、しかも4発だと?」
ハイザー准尉が呆れたような声で言った、
MW-56大型多用途ミサイル、通称ギャラルホルン、本来は小惑星規模の巨大な要塞などを攻撃するために開発された超大型ミサイルである。
その搭載出来る最大弾頭重量は実に560トン、今回取り付けられている広域破壊弾頭は、このミサイルが選択可能な数多くの弾頭の中でも、核爆弾を除けば最も高威力な物だった、ハイザー准尉が呆れるのも無理はない。
「仕方がないよ、軌道リングが破壊されたら大変な事になるし…」
モニターに映ってるエリがそうつぶやくと、ざわついていた艦橋が静まり返った。
確かに、とても繊細なバランスの上に成り立っている軌道リングが破壊され、その途方も無い質量が地上に降り注いだら、想像もできないほどの被害が出るのは明らかだ。
政治家達が、ノーチラスの進路をずらしたり足止めする方法ではなく、より確実に消し去る方を選んだのも無理もない事だった。
静まり返る艦橋内で、誰もがエリの救出を絶望視し始めた中、今まで黙っていたサラが顔を上げた。
「艦長、今ならまだ間に合います、マストではなくアンテナにピンポイントで砲撃を集中出来れば破壊できるかもしれません、ノーチラスのレーダーへの砲撃許可をください!!」
サラは必死で訴えたが、エリは首を横に振った
「それは許可出来ません、リオグランデの主砲の数では、ノーチラスのセンサー類やレーダーアンテナを、一度に全て破壊する事は不可能です、私のために乗員を危険に晒す事は出来ません」
エリの言っている事は正しい、頭では解っている、でも心情的にサラは納得いかない。
「でもこのままでは貴方は確実に助からない、貴方が死ぬのを黙って見ていろと言うんですか!」
なおもサラはエリに訴えた、後半は涙声だった、そんなサラを見てエリは少し困ったような笑顔を見せる。
「ごめんね、サラちゃん、自分の助かる可能性のために、他の人を犠牲に出来るほど私強く無い…それに元はと言えば、私が勝手に調査を先走った事が原因だから本当に悪いのは私だし、そんな事で皆んなを危険な目に遭わせられないよ」
エリはもう死ぬ覚悟を決めている、そう悟ったサラは首を横に振る
「駄目…ダメよ諦めないで、助かる方法は必ずあるはず…」
「その言葉だけで充分だよ、サラちゃん、今までありがとう」
そう言うとエリは映像を切った、エリの映像を表示していたディスプレイが一瞬暗転した後、リオグランデの周辺の状況を示す相関図に切り替わった。
(どうして…どうしてそんなに簡単に諦めちゃうの?)
サラはどうすることもできない自分の無力さが悔しかった、怒りと悔しさで自然と涙が溢れてくる
(駄目、今は泣いては駄目だ、きっと何か方法があるはず、考えるんだ…)
サラはノーチラスのデータを表示させると、溢れそうな涙を拭い、再びエリを助ける方法を探し始めた。
ミサイル到達まであと4時間、最後の瞬間まで絶対に諦めない、そうサラは誓った。




