24.敵の意図
リオグランデは、ノーチラスから一定の距離まで離れると、反転して再びノーチラスの追跡を開始した。
「ノーチラスとの距離は?」
艦長席に座ったサラが、レーダー員に距離を尋ねる。
「現在、ノーチラスとの距離は約300km」
その時リオグランデの艦橋に警報音が鳴り響いた。
「ノーチラスからのレーダー照射です、艦首部分に高エネルギー反応」
「加速中止、デコイ放出後、回避行動」
サラが命じると、リオグランデから、小型のミサイルほどの大きさのデコイが発射された、このデコイは小型だが、リオグランデとほぼ同じ強さでレーダーを反射するので、レーダー上ではリオグランデが二つに分かれたように見える。
同時にリオグランデの方は、ノーチラスから見た投影面積が、最小になるように船体の向きを変えるため、ノーチラスのレーダーは、反応の強いデコイのみを補足しているはずである。
「砲撃、来ます」
一瞬の沈黙の後、ノーチラスの砲撃がデコイを蒸発させた。
「デコイ消失、艦に異常無し」
艦橋の乗員たちが安堵のため息をつく。
その後、リオグランデが、ノーチラスから300km以上離れると、レーダー照射は止んで、ノーチラスは再び沈黙した。
サラは航海長に、ノーチラスから350kmの地点で、相対速度を合わせるよう命じた。
「300kmが接近の限度ですな、これ以上は捕捉されます」
「そのようですね」
ハイザー准尉の意見に、サラも賛同する、小惑星連合の艦艇には及ばないが、リオグランデにも、一応ある程度のステルス機能はもたせてあるため、旧式のノーチラスのレーダーは、この距離まで離れるとリオグランデを見失うらしい。
現在、艦長不在のリオグランデは、副長であるサラが艦長代理である。
サラは、個人の感情で、人事を決めるタイプでは無いので、助言を求めるために、ハイザー准尉を臨時の副長に任命した。
少なからず、個人の感情が人選に影響するタイプの、ハイザー准尉にとって、初めは何とも居心地の悪い人選に感じたが、サラが単に、経験豊富な人物という理由で、自分を選んだというのがわかると、彼は助言をする立場に徹する事に決めた。
「この攻撃のパターンだと、ノーチラスに乗員は乗っていません、恐らくAIによる自律戦闘でしょう、敵味方に関係なく、無差別に攻撃する仕様のようです、こりゃあ間違いなく、この艦は一度敵の手に渡っていますな」
AIによる自立戦闘というハイザー准尉の意見には同意だが、サラには疑問も残る。
「接近する物すべてを排除するように、プログラムされているという事ですか、しかし、先程まで本艦はノーチラスから5000mの所にいましたし、小型の連絡艇とはいえ、艦長は20mまで接近していましたが?」
「最低限のパッシブセンサーを残し、動力炉も含めた全システムが休止状態になっていたと思われます」
「根拠は?」
サラの疑問にハイザー准尉は、記録にあるノーチラスの管制システムの資料をモニターに表示した
「ノーチラスのシステムが休止状態から戦闘状態まで自律起動するまでのプロセスをシミュレートした資料です、停止中の動力炉を稼働状態にして、全てのシステムが起動するまでの所要時間が我々が300km以内に入ってから攻撃を受けるまでの時間とほぼ同じです」
サラはモニターに表示されたシミュレーションの資料を見る
「近接防御用の火器管制システムから先に立ち上がるのか、これも艦長の乗った連絡艇が攻撃されたタイミングと同じですね」
よくこんな事に気が付いたものだとサラは思った、運用面での経験の長いハイザー准尉だからこそだろう。
「では、起動に手間のかかる動力炉まで、停止していた理由は?」
「動力炉のエネルギー放射を、出来るだけ抑えたかったからだと思われます、これで根拠になりますか?」
確かに動力炉がほぼ全開で稼働した状態のノーチラスは、この距離でもエネルギー探知だけで捕捉できる程度のエネルギー放射がある。
「根拠としては充分です、しかし、何故そこまで確信が持てたのですか?」
「経験です」
「経験?」
「ええ、戦闘で損傷して放棄された思われる敵艦に、調査のため近寄ると、突然、自律戦闘を初めて、破壊されるまで暴れる、要するに船を使ったブービートラップですな、大戦末期に敵がよく使った手です、こんな大型の、しかも戦艦を使ったのは初めて見ましたが」
その時、リオグランデの艦橋に声が聞こえた
「リオグランデ応答して下さい」
声の主はエリだった、 ノーチラスが電波妨害を始めたため、エリの船外作業服の低出力の無線では、離れると通信不能になるのだが、聞こえてきた声は非常にクリアだった。
「こちらリオグランデ、艦長、無事でしたか、いったいどうやって…」
電波妨害下での通信は絶望的だと思っていたサラは、驚いて通信に応えた
「よかったぁ、やっと通じた、あ、ちょっと待って、映像も出せそうだから」
通信用のモニターに、一度ノイズが出た後、ノーチラスの艦内と思われる背景に、船外作業服姿のエリが映し出された、ヘルメットを外していないところを見ると、艦内の気密は保たれてないらしい。
「ノーチラスの艦内ですか?」
「ここは艦載機の誘導機器関係の機械室みたいだけど、誘導用ビーコンの送信アンテナが、通信に使えそうだったからやってみたの、何とかなって本当によかったぁ」
何でもない事みたいに、言っているエリの言葉に、リオグランデの通信士官は、驚くと言うより呆れた、普通は規格も役割も違う機材を使って、この短時間で、どうにか出来るものではない。
「艦長って何者なんですか?」
通信士官が思わず、ハイザー准尉に尋ねる。
「俺が知るかよ」
ハイザー准尉も呆れているようだった。
エリの話では、連絡艇が衝突したときに破損した点検用ハッチから中に入ったらしい。
サラは記録にあるノーチラスの構造図から、エリの位置を特定した、エリがいるのはバイタルパートの外側の艦載機格納庫の横だった。
「艦長、すぐ近くに艦載機格納庫が有りますが、艦載機は搭載されていますか?」
「ここに来る途中で見たけど、なにも無いみたい、緊急脱出用のポッドならあるけど...」
戦闘機でもあれば、まだ何とか脱出出来るかもしれないが、無動力の脱出ポッドでは的になるだけだ、非武装の連絡艇まで攻撃した事を考えると、今のノーチラスは自艦の脱出ポッドですら攻撃しかねない。
「バイタルパートの中へ入って行けそうですか?」
バイタルパートとは、動力炉や操艦関係設備、武器弾薬庫や主兵装などの艦の重要設備を装甲で覆った重防御区画の事である。
「やってみる、バイタルパート内に入る経路を教えて」
バイタルパート内に入れれば、ノーチラスの自立戦闘を止める事が出来るかもしれないと思い、図面を元にエリを誘導したが、その希望はすぐに落胆に変わった。
「ダメみたい、ここも溶接してある」
バイタルパートの中に入る通路のすべてが、装甲シャッターで閉じられた上に、溶接してあったのだ、しかも、バイタルパート外側に続く配線の点検用ハッチや、空調用のダクトまで溶接してあった。
「恐ろしく念入りですな」
ハイザー准尉も、この手の廃船を使った手口で、ここまで厳重に封印された船は初めてだった。
「誰かが侵入して、止めようとする事まで、考慮してあるようですね、もしかしたらまだ、何か隠された意図があるのかもしれません」
その時ノーチラスに動きがあった
「ノーチラス、加速を開始しました、進路変わります」
今まで、月軌道の外側をかすめて、太陽の方向に向かう軌道をとっていたノーチラスが進路を変更したのだ。
「この軌道は…」
航法士官がノーチラスの軌道を再計算する、中央の立体スクリーンに、表示されたノーチラスの軌道が徐々に修正される。
「ノーチラスの進路…地球、いえ軌道リングに向かっています」
ノーチラスは地球上空3600kmにある軌道リングへ衝突する進路をとっていた。
「わざわざステルス戦艦を使った理由はこれか、第一艦隊に支援要請をした方がいいですな」
「すでにやっています、艦隊の再編成に時間がかかるそうです」
ハイザー准尉に言われるまでもなく、サラはすでに支援要請はしていた、しかしノーチラスとの接触に呼応するように、第一艦隊の担当宙域内で同時多発的に敵の小部隊が出現したため、第一艦隊は現在、担当宙域の外縁全体に分散した状態になっており、第一艦隊自体も艦が足りず、第二艦隊に支援要請をする事態になっていた。
「完全にしてやられましたな」
「ええ、ここまで大規模に準備された作戦だとは思いませんでした、とにかく今は艦長の救助を最優先に作戦を考えましょう」
「副長、艦隊司令部から新たな命令です」
通信士からの報告にサラは一瞬嫌な予感がした、その先の内容が予測できたからだ。
(乗員残留の有無に拘わらずノーチラスを即刻撃沈せよ)
司令部からの命令はエリを見捨てろという内容だった。




