23.謎の船
リオグランデは、レーダーの反応があった場所まで来ていた。
レーダー員は、エリの指摘した通りの場所に、単艦で進む謎の船を発見した、だがそれは、加速も減速もしないため、進むと言うより漂流していると言った方が正しい状態だった。
「該船との距離6200㎞、驚いたな、本当にいるなんて」
「馬鹿野郎、あんな娘っ子に負けてどうすんだ」
そう小声で言うと、ハイザー准尉は驚くレーダー員の頭を軽く叩いた。
レーダーをほとんど反射しない上に熱も全くだしておらず、さらに真っ黒な塗装が施されているため、軍艦なのは間違いない、だが、この距離ではまだ艦種までは判別できない。
「こちらからの呼びかけにも反応ありません」
通信員は様々な周波数で呼びかけたが、反応はなかった
「司令部はなんて言っている?」
ハイザー准尉が通信手に尋ねる。
「近付いて調査せよとの事です」
「相変わらず現場がわかってねぇな」
ハイザー准尉は司令部の判断に愚痴を言うと、今度はエリの方を向いて尋ねる。
「だそうですが、艦長はどうしますか?」
レーダー反射が少なく、真っ黒に塗装された船なんて、戦闘艦以外にあり得ないのだが、司令部にはその認識が無いらしい。
「近くで確認してみましょう、該船の動向を警戒しつつ、接近して下さい」
「該船の位置、本艦の左舷方向5000m、相対速度ゼロです」
謎の戦闘艦は、全長600mを超える巨大な物だった。
「見たことのない艦型だな」
ハイザー准尉が呟いた、不思議なことにこの艦は、リオグランデのデータベース上では、敵味方どちらにも記録が無く、艦隊司令部のデータベースの記録を照合してみることになった。
「ハイザー准尉は、どう思いますか?」
エリがハイザー准尉に意見を聞いた。
「ステルス戦闘艦なのは間違いないでしょう、しかしこんな多面体の複雑な形状をした艦は、自分も初めて見ます、かなりの旧式艦でしょうな」
エリも通信省時代に授業で、初期のステルスは形状を工夫して、レーダー反射を抑える方法が主流だったと習った事がある。
現在では、武器の搭載方法など設計に制約が多いこの方法は廃れて、表面処理の工夫やレーダー吸収剤の塗布など、様々な方法を併用するのが主流になっている。
「該当情報ありました、地球連邦所属艦です、中央のモニターに表示します」
司令部のデータベースに照会していた通信士官が、該当したデータを艦橋中央の立体モニターに表示する。
「識別番号147155SB、艦名ノーチラス、世界初の実用ステルス戦艦ですね、50年前、兵装関係の公試中に行方不明になっています」
兵装公試中に行方不明と聞いて、エリは少し驚いた、自分達もアルバトロスで、同じ事態になるかもしれなかったからだ。
「私達の時に似てるね」
エリが隣にいるサラに言った。
「そうですね、しかし当時はまだ、小惑星連合は存在すらしていません、可能性があるとすれば、火星の自治政府ですが、まだ艦艇の数は艦隊を組織出来るほど、多くありませんから、奪取作戦は考えにくいですね」
サラはそう言うと、手元のコンソールを操作して、ノーチラスが行方不明になるまでの記録を表示させた。
記録によるとノーチラスは、随伴の測定機器を搭載した輸送艦一隻と、予定宙域に向かう途中で、行方不明になったとある。
「船の機関は不安定、航法施設の整備は不十分、その上、軍艦も単艦で行動することが多かった時代ですからなあ、単純に遭難したという可能性も否定できません」
ハイザー准尉が意見を述べた、小型の核融合炉が動力源になっている、現代の軍艦と違い、当時はまだ原子炉が主流だった、ゼロGから最大4Gまで、様々な方向にGのかかる軍艦の原子炉は、当時の設計の稚拙さから度々不具合を起こし、炉心融解事故すら起こった事がある大変危険な物だった。
「ノーチラスに動きは?」
サラがレーダー員に尋ねる
「ありません」
モニターに表示された、ノーチラスの立体イメージと、レーダーの波形を見比べていたエリが口を開いた。
「連絡艇を用意して下さい、私が近くまで行ってみます、アルメイダ中尉、私が戻るまでリオグランデの指揮をお願いします」
艦橋にいた全員が驚いてエリの方を見る。
「艦長、何を考えているんですか」
いきなり艦長代理を命じられたサラが抗議する。
「危険です、やめてください」
「ちょっと確かめたい事があるから、大丈夫、すぐ戻るよ」
何も動きがないからといって、危険が無いという事にはならない、サラが必死に止めるが、エリは聞き入れない。
「艦長自ら行かなくてもいいじゃないですか」
「自分の目で確かめたいの、ごめんね」
リオグランデの下部格納庫のシャッターが開き、連絡艇が降ろされる、連絡艇と言ってもトラス構造の骨組みに、推進と姿勢制御を兼ねた、スラスターユニットが取り付けられた単純な物で、操縦席も密閉されていない、エリはその剥き出しの操縦席に、船外作業服を着て座っていた、
「それじゃあ行ってくるね」
格納庫の管制室の窓から、心配そうに見送るサラに手を振ると、エリは連絡艇の操縦装置のスイッチを入れ発進させた。
リオグランデを離れた連絡艇は、ノーチラスに近づくと自動操縦で、約20mの距離を保ちながら船尾から船首方向へと、ゆっくりと移動していった。
「現在、ノーチラスから20m、調査を開始します」
連絡艇の操縦席に座っていたエリは、船外作業服のヘルメットのサンバイザーを上げて、ノーチラスの船体に目を凝らすが、真っ黒な船体の表面は、ここまで近付いてもよく見えない。
船体中央部のマストのような構造物を見つけたエリは連絡艇を近付けた
キャノピーも何も無い連絡艇の操縦席から、ノーチラスのマストへ手を伸ばして、触れてグローブ越しに表面の感触を確認する。
(やっぱり表面の処理が当時の物じゃない)
エリは、ノーチラスの表面構造とレーダーの波形を見て、何となく違和感を覚えていた、この形状であの波形は変だ、しかし感覚的なものなのでうまく説明も出来ないし、確証があった訳では無いので、自分で見て確かめたかったのだ。
実際に間近で見てはっきりした、何者かによって、この船は何らかの改修を受けている、50年間漂流していたのではない。
それが何者なのかはわからないが、そうなると、この場にいるのは危険だと思ったエリは、リオグランデへ戻る進路に連絡艇を向けた。
その時、船外服のヘルメットのスピーカーから、警報音が鳴り響く、レーダー照射の警報音だった、ノーチラスの船体のハッチが開き、小型のレーザー砲が姿を表すのが見えた。
このまま離れたらレーザー砲の射点に入ると判断したエリは、咄嗟に連絡艇の操縦桿をノーチラスの方向へ倒した、連絡艇の外部スラスターが噴射を開始した瞬間、レーザーがかすめスラスターが破壊されたため、生き残った他のスラスターの推力で連絡艇が回転を始める。
連絡艇の制御装置は、残ったスラスターを噴射して姿勢の安定を試みるが、2基だけではなかなか安定しない、連絡艇はそのままノーチラスの船体に衝突した。
「艦長、返事をして下さい、艦長!」
衝突の衝撃で、気を失っていたエリは、無線で呼びかけるサラの声で気が付いた。
「…サラちゃん?」
朦朧とした意識が徐々に覚醒して、自分に何が起こったか認識していく、周囲を見回すとフレームが衝突の衝撃で変形した連絡艇の残骸が見えた、艇体は開きかけのレーザー砲のハッチに突き刺さっていた。
エリが座っている操縦席は辛うじて無事で、エリが着ている船外作業服も生命維持装置の付いたバックパックも正常に機能していた。
「こちら艦長、ノーチラスより攻撃を受け、連絡艇大破、自力での帰還は不可能」
「艦長、今からレールガンで、周辺のレーザー砲台を破壊して、リオグランデを強制接舷させますから、艦長は安全な場所に退避して下さい」
サラが指示を出す、サラの対応の早さに改めてエリは驚かされる。
辺りを見回して、連絡艇が衝突した衝撃で、開いたままになっている、ノーチラスの外部点検ハッチの中にエリは隠れることにした。
ハッチの中に隠れ身を屈めると、船体に触れているヘルメットから、ノーチラスの振動が伝わってくる、聞き覚えのある独特な振動だった。
(これ何の振動だっけ?)
なんとなくそんなことを考えていたエリは、ハッとして無線のスイッチを入れた。
その頃、リオグランデの艦橋では、サラがレールガンの発射命令を出そうとしていた、
「艦長の現在位置確認、各砲台へのレールガン発射準備完了」
砲術長がサラに報告する。
「発射…」
サラが右手を振り下ろそうとした瞬間、エリの声が艦橋に響いた。
「サラちゃん、今すぐそこから逃げて!」
「どういう事ですか?艦長」
意味がよく掴めずサラが聞き返す
「主砲の斉射が来るの、私の事はいいから早く逃げて!」
事態を理解したサラはすぐさま行動に移した
「180度回頭、機関全速、全ブースター点火」
リオグランデは、ノーチラスの進行方向と反対側に艦種を向け、全速で加速を始めた。
それとほぼ同時にノーチラスから高出力レーザーが放たれ、今までリオグランデいた場所を通過した。
「ノーチラスから対艦ミサイル発射されました、数4発」
「回避運動開始、デコイ放出急いで」
リオグランデに向かってきたミサイル4発のうち、3発が放出されたデコイに当たって爆発し、残り1発はレールガンで撃破された。
「ミサイル全弾回避」
「進路そのまま、ノーチラスと距離を置きます」
艦橋の中央にあるモニターには遠ざかるノーチラスの姿が表示されている
新たな攻撃は無いようだ。
(艦長、必ず助けます)
サラは遠ざかるノーチラスの映像を見つめながらそう呟いた。




