20.出港準備
駆逐艦リオグランデ。
大戦前の主力駆逐艦であるテネシー級の6番艦として建造される。
しかし火星との戦争が始まった時には、すでに旧式化しており、合計29隻造られた同型艦の中で、大戦後まで生き残ったのはリオグランデを含め3隻のみだった。
そのうち2隻はすでに退役しているので、リオグランデはテネシー級の中で現在では唯一の現役艦である。
「えーっと、兵装は主砲の高出力レーザー砲2門に、対艦用大型ミサイル発射管2門と予備ミサイル2、あとは近接防御用に小型のレーザー砲とレールガンか...結構重武装なんだ...」
昨夜は、疲労のため礼服を着替えもせず、艦長室のベッドでそのまま眠ってしまったが、今日からの任務の緊張のためか、朝は通常よりも早く目が覚めてしまっていたエリは、あらためてリオグランデの資料を見直していた。
「艦長、おはようございます」
開いていた艦長室のドアからサラが顔を出した、すでに服装や髪型まで完璧に整えられている、エリを起こしに来たのだが、すでに起きていたので少し驚いた様子だった。
「おはよう、サラちゃん、何だか落ち着かなくて、早く目が覚めちゃった」
「そうでしたか、とりあえず今朝の訓示の内容を考えて来ましたので、目を通してもらえますか?」
「え?」
新任の指揮官が最初に部下に訓示をするのは慣例になっている、やらなければならない事を、また忘れていたのを思い出してエリは頭を抱えた。
「そうだった、すっかり忘れてた、サラちゃん訓示ってどうやるのー?」
サラにすっかり頼りきりのエリだった。
「お、おはよう諸君、昨日からこの艦の艦長になった、エリ キシカワ少佐です...である...」
あの後、練習してみたものの、以前の部署では下っ端だったエリにとって、指揮官口調で話すのは大変な事だった、訓示を行うのも初めてで、駆逐艦の乗員は30人程度とはいえ、緊張のために気を抜くとすぐに声が小さくなっていく。
「なかなかのものでしたよ艦長、前任の艦長よりもご立派な演説です」
どうにか訓示を終えたエリを出迎えた、兵装担当のロナルド ハイザー准尉が皮肉ともなんとも言えない口調で感想を言う。
一兵卒からの叩き上げで軍歴はエリの年齢の倍ぐらいある、ベテラン揃いのリオグランデの中でも最古参である。
(この人、確かホランド少佐のレポートでは要注意人物と書いてあったな...)
「まあ、出港まではあと2週間あります、準備は我々に任せて、艦長はゆっくりしていてください」
まるで邪魔になるから、大人しくしていろと言わんばかりだった。
実際そう思っているだろうという事はエリにもわかったが、ここで言い返しても気まずくなるだけだ。
「確かに扱い難い人物のようですね」
エリと一緒に追い出されるように艦橋を後にしたサラが話しかける。
「仕方ないよ、まだ私に出来ることは少ないし、今回は研修があるから、ハイザー准尉に出港準備を任せないといけないのは事実だもん」
数時間後エリたちは再び地球の軌道リングへ向かう連絡艇の座席に座っていた。
エリたちが配属された警備部の仕事は、多くの民間船が航行している地球周辺から月軌道付近までの治安維持である、その仕事の内容から、警察と同じ権限が与えられており、警察の権限の範囲や民間の法令などの知識などが必要になるため、エリたちは任務に就くまでに10日間の講習を受けなくてはならない。
そのため二人明日から、宇宙空間における警察活動を統括している組織である、連邦警察機構本部で講習を受ける事になっており、出港までのほとんどの準備の指揮をとることはできなかった。
「軍隊に入って警察になるとは思わなかったなー」
警備部はやっている事が警察と全く同じなので、一般には警察組織のひとつと言った認識になっている。
「軍隊という組織に警察の権限が一部追加されただけで、別に警察になった訳ではないですよ」
「元々私が、通信省で希望していた配属先は連邦警察艦隊だったんだよね、だからちょっと不思議な気分になっただけ」
「軍隊は嫌ですか」
「やっぱり殺し合いは嫌だしね、だから警備部に配属になって、じつは少しホッとしているんだ」
「そうでしたか」
サラは少し寂しそうな顔をした、代々軍人の家系に生まれ、将来軍人になる事に何の疑問も持たなかった自分とは、全く違う人生をエリは望んでいた、それを自分は変えてしまったのだ。
「あ、でも軍隊に入ったからサラちゃんと友達になれたんだし、私は今は良かったと思ってるよ」
不意に座席に軽く押さえつけられてているような感覚が消えた、連絡艇が加速を終えて慣性航行に入ったようだ、シートベルト着用サインが消える。
「ラウンジに行こうか」
エリはサラの手を引いて士官用ラウンジへ向かった。
展望ラウンジには少し大きめの窓があって近ずいてくる地球の姿を見る事ができた、人はまだあまりいない。
「軍隊も、戦争さえなっかったら悪い所じゃないし、戦争早く終わらないかな、何でやめられないんだろうね?」
「その答えは記者会見のときエリさんが言ったじゃないですか」
「え?私何か言ってたっけ」
「人は善意で戦争する、私もそう思います」
そういえば、そんな事を言ったような言わなかったような、でもどうしてそういう事になるのか意味がわからない。
「例えばもし自分の家族が全員犠牲になれば、この戦争が終わるとしたら、エリさんは家族を殺せますか?」
いきなりとんでもない事を言い出したサラにエリは少し腹が立った
「そんな事できるわけないでしょ、絶対嫌」
「そうです、みんな嫌なんです、でもこれまでの犠牲と、これからの犠牲を秤にかけて、人の命をただの数字として、冷徹に割り切らないと戦争は終わりません、そこに人間らしい感情の入り込む余地なんてないんです、でも政治をするのは人間です、だから犠牲が増えるほど戦争は長引くんです」
現在、小惑星連合の勢力下にある、5つの小惑星の鉱山開発は当時困難を極め、開発当初は技術的な未熟さに加え、利益優先の無理な開発を行ったため相当な犠牲者が出ている、今も毎年追悼式典が行われているほどの犠牲者だ、今回の戦争はその鉱山のある小惑星群を奪われた事で起きたのだ、そして戦争での犠牲者の数も、その数に迫ろうとしていた。




