19.艦長就任
地球連邦の艦船の命名には一定の法則がある、例えば戦艦は鳥の名前、巡洋艦は山の名前といった具合だ、これは特に規則で決まっている訳ではないので例外もあるが、ほとんどの艦船がこの慣習で名前が付けられている。
駆逐艦は、川の名前がつけられているのだが、駆逐艦は数が多く、最近では地元の人間も知らないマイナーな川の名前がついた艦も多い。
エリ達の乗る駆逐艦リオグランデは、そこそこ有名な川の名前がつけられている事から、初期に造られた船か、逆に、すでに除籍された艦から名前をもらった最新鋭艦かのどちらかである、彼女達の駆逐艦は残念ながら前者だった。
「たしか、この船が建造されたのって、私たちが産まれる前だったよね」
二人は事前にリオグランデの資料をもらっているので、そこまで驚きはしないが、改めて目のあたりにすると、博物館入り一歩手前の旧式艦に、現代の装備が無理矢理つけられたその姿に、エリは少し不安になった。
「こんな旧式艦で大丈夫かな?」
「この時代の駆逐艦は、部品の共通化や整備性よりも、性能重視で建造されていますから、性能だけで言えば、現代の物に引けはとりませんよ」
いつもの事だが、サラにこの手の質問をすると、恐らく自分を安心させようとしていると思うのだが、楽観的な返答をすることが多い、だがこのことを知っているエリにしてみれば、かえって不安になってくる。
「でも、もし損傷した時に部品の共通性がないと…」
「大丈夫です、警備部所属という事は、主な任務は内地での犯罪行為や違法船舶の取り締まりです、万一破損や故障をおこしても、すぐに救援や修理を要請できます」
確かにその通りなのだが、なんだか無理矢理、説得されているような気がしてきた。
地球防衛の最終戦力と言われている第1艦隊は、地球から半径約250万キロまでの球状の空間を担当宙域としている、これは他の艦隊が担当する宙域の中でも、一番せまいのだが、その中でも警備部の担当宙域はさらにその内側、半径50万キロの範囲である。
「初めての任務で、不安もあるでしょうが、内地での勤務です心配はありませんよ」
案内役のシェリング大尉がエリ達の会話に割って入る
「民間船も多い宙域ですから、危険は非常に少ないですし、リオグランデの乗員は皆ベテラン揃いですから、ご安心ください」
シェリング大尉はエリ達を艦長室に案内すると、10分後に艦長の引き継ぎをするので、記者会見で着ていた軍装のまま、艦橋に来るようにと言って出て行った。
「普通、駆逐艦の艦長の引き継ぎって、通常の軍装のまま艦長室とかで、簡単に済ませる物じゃなかったっけ?」
「それは、駆逐艦以下の艦艇は、略式で構わないとなっているからで、正式には大型艦のように礼装で行う事になっていますよ」
「そうなんだ、前任の艦長って、規則に厳しい人なのかな?」
エリの疑問は、艦橋に来てみたらすぐにわかった、記録班がカメラをセッティングしていたのだ。
しかも、記録したデータを映像補完技術で、ピントの位置からカメラアングルまで、後処理で自在に変更できる、公式行事などを記録するための特殊カメラだ。
「艦長就任の様子も、後で公表するつもりみたいですね」
「ひょっとして今日、一日中撮影されるの?」
エリが心底嫌そうな顔をする、やっとマスコミのから、解放されたと思っていたのに、つぎはドキュメントでも撮影されるのかと嫌な気持ちだった。
「それは無いと思います、艦内の映像は軍もあまり公表したくないでしょうし」
「それではキシカワ少佐はこちらに、ホランド少佐はこちらの位置で、ハイそうです、それでは撮影開始しますので、お願いします」
カメラマンの指示で、エリは前任の艦長と、向き合って立ち、お互い敬礼を交わす。
「宇宙軍第1艦隊、ポール ホランド少佐は、現時刻より、駆逐艦リオグランデの指揮を、エリ キシカワ少佐へお渡し致します」
「宇宙軍第1艦隊、エリ キシカワ少佐は、現時刻より、駆逐艦リオグランデの指揮を、ポール ホランド少佐より継承致します」
この引き継ぎをするのは2度目だが、前回は肩の荷が下りたのに、今回は肩の荷を担ぐ方である、しかも報道で使われる予定の映像をカメラで撮られながらだ、カメラマンからは何度も、笑顔でと指示されたが、正直笑顔も引きつっている。
その後、艦長席に座って、指揮をとっているようなポーズを、何カットか撮って撮影は終了となった、今日か明日のニュースでこの映像が使われるのだろうか?
撮影班と案内役のシェリング大尉が帰った後、艦長室で業務引き継ぎの打ち合わせに入る。
前任の艦長であるホランド少佐は、ほっそりとして眼鏡をかけたどこか頼りなさそうな人物だった。
「いやー、実はですね私は主計科の人間でして、定年で退官した前任の艦長に代わって、後任が決まるまでのつなぎとして艦の管理を任されていたんですが、このまま艦長が決まらなかったら、お前が正式な艦長やれと言われてまして、そんな無茶なと思っていたんですが、貴方が来ていただいて、本当に助かりました、これで元の部署に戻れます」
ペラペラと自分がいかに大変だったか喋り続ける少佐の話を、エリは適当に相槌をうちながら聞いていた、私は士官学校も出てないのに正式な艦長をやらされるんだけど、と言いたかったが、ぐっとこらえる。
打ち合わせ中は終始、人事部の批判やこの艦の乗員に対する愚痴を聞かされ、エリ達はうんざりした気分だったが、一方のホランド少佐は、言いたい事を言ってスッキリしたのか、晴れ晴れした顔で艦を降りて行った。
「あー疲れたーっ!」
そう叫ぶと、これから自分の部屋になる艦長室のベッドに飛び込む、ドック内は重力区画ではないので、体はベッドから跳ねて宙に浮かぶが、そのままエリは空中に身を任せる。
「あれじゃあ、打ち合わせじゃなくて、一方的に愚痴聞いてただけだよ」
「ホランド少佐は、口頭での業務引き継ぎは苦手なのかもしれませんね、その代わり非常に詳細なレポートを作成されていますね、見ますか?」
サラはホランド少佐のレポートをエリの情報端末に転送する、自分の端末でそれを開くと、さすが事務方の人間だけあって、非常にわかりやすく詳細に艦の補給のノウハウや、各乗員の技能や資格など、索引付きでまとめられていた、だがデータ量も多く、とても今は見る気になれない。
シャトルと連絡艇を乗り継ぎ、泊地にやっと到着したら、すぐに記者会見や業務引き継ぎ、気がつけばもう通常の勤務時間はすぎている、長期休暇明けのエリにとって、これは結構ハードだった。
「サラちゃんは疲れなかった?」
ほとんど同じスケジュールだったにもかかわらず、特に疲れたようにも見えないサラを見て尋ねる
「いいえ、私は別に」
当然のように答えるサラを見て、エリは超人でも見るような感じだった、実際は日課の運動もサボりぎみで夜更かしや朝寝など、一ヶ月間不摂生な生活をしまくったエリと、休みでも規則正しい生活のリズムを崩さなかったサラとの違いなのだが、不摂生だった自覚のないエリには、何か特殊な能力に思えてしまう。
「明日から本格的な任務になります、今日はもう休んで明日からに備えて下さい」
「ふぁい、じゃあおやすみサラちゃん」
サラが部屋から出て行くと、エリはベッドに体を固定してそのまま眠りに落ちた。




