14.誘拐
「お疲れ様でした」
美咲は同僚に挨拶をすると、バイト先のコンビニを出て家路につく。
家路といっても、彼女は今、一人暮らしをしている中学時代の先輩のアパートに、泊めてもらっている居候の身だ。
「さて今日は何作ろうかな」
今日の夕飯の献立を考えながら、もう薄暗くなった道を歩き出す。
家賃を出すといくら言っても、受け取ろうとしない先輩に、申し訳ないと思っている美咲は、代わりに家事を全てすることにしていた。
冷蔵庫の中身を、思い出しながら、何が作れるか考えながら歩いていると、いきなり声を掛けられた。
「こんばんは、岸川美咲さんでしょうか?」
商店街の角を曲がるとそこには、早朝に墓地でエリを待っていたワイシャツにネクタイ姿の男が立っていた、
待ち伏せしていた上に、名乗りもせずに話しかけ、しかも自分の顔と名前を知っているという不気味な男に、美咲は完全無視で立ち去ろうとした。
「ちょ、ちょっと待って下さい、私はこういうものです」
男は慌てて美咲を追いかけると、名刺入れから自分の名刺を取り出して渡した、「南国日報 記者 大野一馬」と書いてある、エリに渡したものと同じ名刺だ。
「南国日報の記者が、いったい何の用ですか?アンケートとかだったら、他の人にしてほしいんですけど」
警戒心最大で美咲が答える。
「実は、お姉さんのことで、取材させていただきたいのですが」
名刺を返そうとしていた、美咲の手が止まる。
「姉が何かしたんですか?」
「おや、ご存じないのですか?」
大野はニヤリと口元に笑みを浮かべ、少し大げさに驚いて見せた
「では先月、宇宙軍の最新鋭戦艦が敵の奇襲を受けた話はご存知ですか?」
「艦長が戦死したので、女性士官が代わりに指揮したって話ですか?」
日本では、エリのことは女性士官としか報道されていないため、積極的にニュースサイトでも検索する人以外は、エリの名前を知っている人は少ない。
「ええ、その女性士官は艦長の経験が無いにもかかわらず、見事な指示で敵艦隊を翻弄し、敵の追撃を振り切ることを成功させたそうです」
「それが私の姉だと?」
大野はにっこりと頷いた
「ええそうです、それでぜひ英雄の妹である貴女に、お話をお聞きしたいのですが」
「お断りします、姉に直接聞いて下さい、失礼します」
また立ち去ろうとする美咲の前に大野は慌てて回りこむ。
「何ですか?これ以上つきまとうと警察呼びますよ!」
「実は、お姉さんと今からそこのレストランで、お話を聞く予定でして、ぜひ美咲さんにも一緒にと思いまして」
「私は、話すことなんて何もありません、失礼します!」
今度は前に回りこまれないように美咲は走って逃げていった
「ああ、ちょっと、美咲さん!」
大野は美咲を走って追いかけるが、中学時代は陸上部だった美咲に追いつけず、あっという間に振り切られてしまった。
追跡をあきらめた大野は、肩で息をしながらハンカチで汗をぬぐうと、携帯端末を取り出した、ディスプレイの通信先を確認すると、通話ボタンを押す。
「接触に失敗した、応援をよこしてくれ」
ひと気の無い、ビルの間の細い裏路地に逃げ込んだ美咲は、大野がもう追いかけて来ない事を確認すると、座り込んで、ほっと溜息をついた。
(私なんか取材してどうするのよ...)
姉の活躍を知ったところで、美咲はなんとも思わないし、なにも話すことも無い。
あの記者は自分に何が聞きたいのか?一緒になって姉を褒めろとでも言うのか?
そんなことを考えていると腹が立った。
「?」
ふと顔を上げると、細い路地の両側から人が歩いて来ているのに気がついた。
両側から数人ずつ、確かに歩いてくる足音がする、こんな狭く薄暗い路地に人が通ることはほとんど無いはずだ。
気味が悪いので、美咲はもう一方の路地を曲がって表通りに出ることにした、
だが角を曲がると両方から来ていた足音が一斉に走り出す。
(まさか私?)
足音の主たちが自分を追っているような気がして美咲も走り出した、背後から聞こえてくる足音はどんどん近くなってきていた。
美咲は表通りまで必死に走った、徐々に視界が明るくなり、もうすぐ表通りに出る直前、美咲は背中に何か刺さったような痛みを受けた瞬間、激痛を覚え意識を失った。
(...ここは何処だろう?)
美咲が目をあける、まだ朦朧とした意識の中で、周りの状況が徐々に認識される。
ここは倉庫のような建物の中だ、ゴミがあちこちに散らばっている、今は使われていない廃墟らしい、周りには数人の男たちの声、日本語じゃない言葉も混じっている、自分はソファーに座っていて、手には手錠が掛けられている、どれくらい意識を失っていたのだろうか。
「目が覚めましたか?」
少し訛りのある日本語で話しかけられた、歳は50代ぐらいだろうか?これといった特徴の無い顔に服装だった。
「あなた誰?」
美咲はどう答えていいかわからず、何となく頭に浮かんだ質問をした
「申し訳ありませんが、その質問にはお答えできません」
「じゃあ私をどうする気?」
「今のところ、貴方をどうにかするつもりはありませんので、ご安心ください」
今のところ、と言う事は、状況が変わればどうなるかわからない、という意味にも取れる。
「ただ貴方にはぜひ協力していただきたい事がありまして」
誘拐しておいて協力も無いだろうと言いたかったがぐっとこらえる。
「あのカメラに向かって、貴方のお姉さんについて語っていただきます、話の内容はこちらで用意しますので、貴方は読み上げるだけで結構です」
(また姉さんの事か、なぜどいつもこいつも私に言ってくるんだろう?)
「ではこの文章を読み上げてください」
男が支持した文章を見る、内容は自分と弟や妹達が、幼い時から姉に虐待を受けていたという内容だった。
「何これ...」
エリは家族をとても大切にしている、まるで人生は全て、弟や妹達のためにあると思っているようにすら見える、そんな彼女が虐待なんてするわけがない。
「あなたが過去の不幸な出来事で、両親をなくした事は我々も承知しています、そして、その事でお姉さんを恨んでいると言う事も」
「あなたの両親の命を奪ったお姉さんが、一方ではたくさんの命を救った英雄としてもてはやされている、腹が立ちませんか?」
怒りのあまり感情が抑えきれず、とうとう美咲は叫んでしまった、
「何のつもりか知らないけど、勝手に人の過去を調べて何が協力よ!ふざけるな!」
次の瞬間美咲は男から頬を殴られた。
衝撃でソファーから落ちてひっくり返る、突然のことに呆然として見上げると、男は笑顔で美咲を見下ろしていた。
「協力いただけないようですね、では残念ですが方針を変えなければなりません」
ひっくり返った美咲を蹴り上げると、何でもない事のように男は言った
「貴方とお姉さんが揉めているところは、映像として残してあります、貴方たち姉妹が不仲だったことを報道機関に流し、後は貴方が死体として発見されれば、お姉さんが貴方を殺したとか、噂はいろいろ広がるでしょうね」
「そんな話、誰が信じるんだよ!」
「そうでもないですよ、マスコミなんて物は大衆がより喜びそうな話に飛びつくものです、貴方たち家族のことを、本当に知っている人たちは少ない、報道されれはそれが真実として一人歩きする、不祥事続きの宇宙軍がどう言い訳しても、大衆はこういったスキャンダルの方に飛びつきますよ」
部下に何か男は指示を出した、部下が近づいてくる、手にはナイフが握られていた。
その時、倉庫の扉をぶち破って、車が突っ込んできた。
車は猛スピードで廃倉庫の中を走り回り、男たちを蹴散らしていく、車が美咲の前に急停車すると中から飛び出してきたのはエリだった、手には1メートルほどの長さの、鉄パイプが握られている
「美咲!」
「姉さん?」
殴られて、額から血を流している美咲を見て、エリの表情が変わった、それは美咲が初めて見る、姉の怒りの表情だった。
「よくも美咲を!」
後ろでテイザーガンを撃とうとしていた男を、まず鉄パイプで殴り倒すと、エリは美咲を殴った男に襲い掛かった、普段のエリを知っている人には想像もできない姿だった、怒りで完全に我を忘れていた。
しかし美咲を殴った男はかなりの手練れらしい、怒りに任せ振り回すエリの鉄パイプを最小限の動きでかわしている。
美咲が周りを見ると、男の部下たちが周りを取り囲もうとしていた、このままではまずい、そう思ったときドサッと何か倒れる音がした、振り向くとエリが倒れている。
「姉さん!」
美咲が慌てて駆け寄る、エリは後頭部を殴られて失神していた。
男がエリの持っていた鉄パイプを拾い上げ遠くに放り投げる
「全く、乱暴ですね貴方のお姉さんは」
服のほこりを払いながら男は美咲たちのところに近づいてきた
相変わらず笑顔だったが、その目は笑ってはいなかった
今度こそ殺される、美咲がそう思った時、
周囲の窓やドアが一斉に開き、武装した兵士が倉庫の中に飛び込んできた。
美咲はこの後何が起こるか察して、失神しているエリをかばうように伏せる、
次の瞬間、美咲を誘拐した勢力と兵士たちの激しい銃撃戦が始まった。
完全武装の兵士相手に決着がつくまで大して時間はかからなかった。
「大丈夫か?」
兵士の一人が美咲に声を掛ける、どうやら見方らしい
「私は大丈夫ですが、姉さんが」
兵士がすぐに駆け寄り、失神しているエリを診る
「脳震盪をおこしている、頭を動かすな、すぐに病院に運ぶ」
兵士は簡潔に、症状と対処を説明すると、すぐに衛生兵を呼んだ。
「あなたたちは誰ですか?」
助けに来たのはわかるが、何者かわからないので、不安になって兵士に尋ねると、兵士の変わりに、別の人物が答えた。
「この国の軍隊の方々ですので安心してください」
聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには大野とサラが立っていた。
「え?あんた南国日報の...何でここに」
いろいろ聞きたいことはあるが、一番の疑問を聞いた
「先ほど渡した名刺は特別製でして、居場所はずっとモニターしていました、とにかく間に合ってよかった」
どうやら名刺に発信機か何か仕込まれていたようだった
「我々は、このままエリさんの搬送先の、病院に向かいますので、詳しい話はそちらでしますが?」
話を聞きたければ、ついて来いと言わんばかりの態度に、少し腹が立ったが、こんな目にあって事情を知らないのは、もっと腹が立つので、美咲はついて行く事にした。




