15.姉
着いたのは鹿児島市内の大きな総合病院だった、美咲たちが到着したときは、すでにエリは意識を取り戻していた。
しかし意識を失うほどの脳震盪をおこしていたので、今は脳の精密検査をしているといるということで、すぐには会うことはできなかった。
看護士の資格を持っているサラは、一緒に検査に立ち会っている。
美咲は病院に着いてすぐに打撲や擦り傷の手当を受けたが、幸い軽症で絆創膏を何箇所かに貼っただけですんでいた。
「やれやれ、なんとか一息つきましたね、飲み物どうですか?」
美咲は差し出されたコーヒーを黙って受け取る、大野は自分の分のコーヒーを片手に、美咲の座っている隣の椅子に座った、すでに深夜なので、少し照明を落した病院の待合室には、美咲と大野の2人以外は誰もいない。
「で、私に何か聞きたい事があったのでは?」
大野は美咲と視線を合わさず、まっすぐ正面を見たまま話し始めた。
「家のみんなは無事なの?」
「ええ、貴方のお姉さんが、軍の保養施設に連れ出してくれています、皆さんこの事は知らずに旅行を楽しんでいますよ、もともとこういった事態のための施設なので、セキュリティーは万全ですから、ご安心ください」
マスコミに、豪華ずぎると散々たたかれたが、エリたちの家族がいる、宇宙軍の保養施設は、宿泊だけでなく、機密性の高い会議や今回のような身の危険が及びそうな人たちの避難場所、さらに災害時の被災者の収容も想定して作られている。
従業員も身元調査がしっかりされているし、軍の施設並みの安全性はあると見ていいと説明された。
美咲が一番心配していたのは、家族が自分のように誘拐されていないか、という事だったので、ようやくそれを聞いて少し安心することが出来た。
「あんた本当に記者なの?」
「いいえ、私は宇宙軍情報部の人間です」
美咲は危うくコーヒーを噴きそうになった
政府機関の人間だというのは、なんとなく察しがついていたが、情報部の人間だとあっさり暴露してしまうのを見て美咲は驚いた。
「そんなにあっさり、民間人にばらしちゃっていいの?」
「ええ、どうせこの顔と名前も今日までなので、特別です」
情報員は基本的に素顔で行動することは無い、特に特定の人物になりすます時などは、顔だけではなく声まで特殊な処置を施して似せてしまう。
おそらく次の任務で、姿を変えた大野が目の前にいても、美咲が気づくことはないだろう。
「それに、貴方は、もうこの件に関わっています、だから我々からすれば、すでに民間人じゃないんですよ」
もう民間人として扱っていないと言われたのはショックだった、しかしこれ以上、深入りしたくない気持ちより、好奇心のほうが若干勝っていた。
「あいつらは何者?どうして私が狙われたの?」
「狭い意味で言えば、ある政治団体の息のかかった準テロ組織、広い意味で言えば小惑星連合です。貴方を狙った理由は一人で行動していて、狙いやすかったから、といった所ですかね」
実際は政治家や官僚、それにマスコミの中にも敵の工作員は少なくない、しかも直接の敵である小惑星連合との繋がりだけでなく、火星政府や地球の各国政府などの利害が複雑に絡んでいるため、単純に小惑星連合が黒幕だと言えない、というのが実際のところなのだが、それを美咲に説明しても仕方が無い。
「いつから監視していたの?」
「偵察班が最初の映像を送ってきたのは、貴方が路地裏でテイザーガンに撃たれて、気絶させられた所からですね、貴方のお姉さんとその友達が、私たちと合流したのは、貴方が倉庫でソファーに縛られてた時ぐらいです」
「それなら何で、すぐに助けてくれなかったの?」
「こちらも突入の準備が整ってないと危険でしてね、この国の軍隊を一時的とはいえ指揮する以上、私には犠牲者がでる可能性を、できるだけ排除する義務があるもので」
大野の言うとおりだ、武装した集団に十分な準備も無く、突入したら負けはしなくても、味方にも犠牲者が出る可能性が高くなる、それくらいは美咲にも想像できた。
「貴方のお姉さんは、今にも飛び出していきそうで、止めるのが大変でした、もっとも、貴方が殴られた瞬間、我慢できずに飛び出して行きましたが…」
あの時、姉が一人で助けに来た理由を、初めて美咲は知った、これがどれ程身勝手で、危険な行動かわかっていても、突入の準備が整うのをエリはどうしても待てなかったのだ。
「おかげで、敵を何人か取り逃がしてしまい、少々面倒なことになっています、貴方の姉さんと、その友達には感謝した方がいいですよ、私は準備が整うまで、突入命令を出すつもりは無かったんですから」
大野も美咲を見殺しにするつもりは無かった、そうでなければエリ達を呼ぶはずがない。
しかし、敵に少しぐらい美咲が暴行されても、任務の完全な成功を優先させたいと思っていたのは事実だった。
だがエリは制止を聞かず飛び出して行き、サラは突入するように強く進言してきたため、大野は部隊の展開が終わる前に突入を命じた、おかげで敵の退路を完全に封じる事が出来ず数人を取り逃がしてしまったのだ。
「さて特別サービスで話せるのはこれぐらいです、お姉さんも無事なようですし、私は先に帰らせてもらいます、後はお姉さんの友達にでも聞いて下さい」
「本当に大サービスね、諜報員が、こんなに詳しく話してよかったの?」
「確かにこの仕事は、向いてないと自分でも思います、近いうちに転職でも考えますよ」
そう言うと大野は、奪われていた美咲の携帯端末と、家族が宿泊している保養施設の部屋のカードキーを渡した。
「明日にはこの件は解決します、部屋はもう予約してありますから、また誘拐されたくなかったら、明日中はそこの施設から出ないようにして下さい、いいですね?」
大野が出て行くと、深夜の病院の待合室にまた静けさが戻った。
一人になると今更のように、体が震えてきた、もしかしたら殺されていたかもしれない、そう考えると恐ろしかった。
「何でこんな目にあわなきゃいけないのよ…」
美咲がエリの病室の前に来ると、ちょうどサラが出てくるところだった。
「美咲さん」
「…姉さんの具合はどう?」
「深刻な脳のダメージや、記憶障害などは無いようですので、しばらく安静にしていれば大丈夫です」
そこで会話が途切れてしまった、しばらく気まずい沈黙が続く。
「そう、それじゃあ私、もう行くから…」
「お姉さんには会っていかないんですか?」
美咲が絶えかねて帰ろうとすると、サラが呼び止めた。
「あなたのことを、すごく心配していました、顔を見せるだけでいいので、会ってください、お願いします」
病室に入ると、エリはベッドに横になっていた、サラの後から入ってきた美咲を見て驚いて起き上がる、その際、まだ殴られたところが痛むのか、少しだけ表情がゆがんだ。
「美咲…無事でよかった」
エリの瞳から涙がこぼれる
「ごめん…ごめんね…こんな目にあわせて」
美咲の手を握り、かすれた声でエリはひたすら詫びていた
まただ、自分は悪くないのに全部自分のせいにしようとする
敵の只中に、命の危険も顧みず飛び込んでくる姉
両親が事故にあったのを自分のせいだと言い続けている姉
給料のほとんどを家に入れて、自分は洋服ひとつ買おうとしない姉
美咲は自分が何に腹を立てていたのか何となく解った気がした
(私は自分自身に腹を立てていたんだ、本当に悪いのは私だ、不幸を全て姉さんのせいにして、自分ひとり被害者のようにふるまって、姉さんをここまで追い詰めてしまったのは、このずるい私自身だ)
そう考えると涙が出てきた
(私の方こそ、ごめんね…姉さん)
そう思っていても、素直に口に出す事ができない、ひねくれた自分に、美咲は嫌悪感を覚えていた。




