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12.草取りの日に

次の日の朝、

手には軍手、首にはタオルを巻いた、ジャージ姿のエリが、岸川家の庭で演説を始めた。

並んで演説を聞いているのは、エリと同じ格好をしたサラ、同じ格好に麦藁帽子の隼人と彩、Tシャツと短パン姿の賢治、デニムのオーバーオール姿の由真だった、みんな軍手をつけた手には鎌やシャベルが握られていた。

「皆さん、2年前に田村さん防衛ラインが崩壊した事により、いよいよ我が岸川家が、この地区の最終防衛ラインとなりました」

田村さん防衛ラインというのは、岸川家の一つ上に住んでいた老夫婦の家の事である、都会に住んでいる息子夫婦と同居する事になり、引っ越していったため、現在は空き家になっている。

「すでに敵は田村さん陣地を占有し、この最終防衛ラインにまで迫っています」

エリが田村さんの家を指差すと、田村さんの家はわずか2年ほどで草やツタに覆われ、すぐ上の森に呑まれようとしていた、この辺りは気候が良く、植物の成長が早い、人が手入れをしないとすぐ自然に還ってしまう。

「本日の作戦の目的は、我が防衛ライン内に進行した敵を一掃し、田村さん陣地まで押し戻す事にあります、この作戦の成功は各自の献身的努力に懸かっています、それでは作戦を開始して下さい」

演説が終わると、みんなはそれぞれ岸川家の庭にちらばり、草取りを始めた

毎年、夏休み初日の岸川家の恒例行事になっている、庭の除草作戦だ。

敵と言うのは、どんどん庭に迫ってくる雑草の事である、放っておくとすぐに田村さんの家みたいになってしまうので、まさに戦いである。

「ごめんね、サラちゃん、家の草取りまでさせちゃって」

「いえ、初めての体験で、わくわくします」

サラは細い路地を挟んだ隣にある田村さんの家を見る

少し前まで人が住んでいたとは思えないほど草に覆われていた

「私の子供の頃は、まだ3件ぐらい上に家があったんだけどね、ま、過疎化がはげしい所だから、仕方がないけどね」

岸川家の前の坂道は、確かにもっと上まで続いているが、鬱蒼とした森が覆っていて家があったようには見えなかった。

「自然の回復力って凄いんですね」

変なことに感心すると、サラは除草作業に取り掛かった。

みな黙々と作業をしている、時々賢治と由真がふざけるのをエリが止めていた。

昨日の様子を見ていたサラは、何事も無かったように元気なエリを見て、少しほっとしていた。

「エリさん、元気になったみたいですね」

サラは横で作業をしている隼人に話しかける。

「まあ、いつもの空元気だけどな」

「空元気ですか?」

「そ、いつもねーちゃん落ち込んだ後は、こんな感じ、無理してテンション上げて、無理やり笑って、俺達に気をつかっているの見え見えだってのに」

サラは反対側の庭にいるサラを見る、たしかに少し不自然なほど元気だった。

「お二人さんコソコソと何の話してるの?いつの間にそんな親しい仲になったの?」

その時、後ろから、ニヤニヤしながら彩が話しかけてきた、驚いて隼人が50センチほど後ずさる。

「うわっ、びっくりした!あ、彩?、ば、馬鹿そんなんじゃねーよ」

「えー?じゃあもっと深い仲なの?」

「何でそーなるんだよ!話してたのは、ねーちゃんの事だよ」

今までニヤニヤしていた彩が真顔になる

「エリねえ、昨日泣いてたけど、なんかあったの?」

「まあ色々とな、そんな事いいから、お前は草むしってろ」

隼人はあっちに行けといった感じで、足で彩の背中をぐいぐいと押す。

「や、ちょっと、わかったから蹴らないで、服が汚れる!」

「...ん、ちょっと待て彩」

隼人は何か思いついたように、退散しようとする彩を呼び止めた

「なによ」

彩の肩に手を回し、サラに聞こえないように、彩に耳打ちする

「彩、おまえ美咲が何処にいるか知ってるか?」

「知ってるけど?...あ、もしかしてエリねえが泣いてたのって、美咲ねえが原因なの?」


その日の夕方、彩は家の最寄の駅から、1時間ほどの所にある、国分駅の前に立っていた、九州地方の日没時間は遅いので、まだ太陽は高い。

彩は、昨日サラと美咲が揉めたとき、止めに入った隼人に投げつけたバッグを抱えていた。

しばらくすると駅前の広場に、美咲がやってきた。

「彩、お待たせ」

「美咲ねえ、はい、これ頼まれていたバッグ」

「悪いね、こんなとこまで持ってきてもらって」

美咲は、バッグのファスナーを開けて、中身を確認する、中身は着替えや日用品だった。

「美咲ねえ、家には帰らないの?」

「こっちで今バイトしてるし、いちいち帰るの面倒だから、夏休みの間はこっちにいるよ」

「でも、せっかくエリねえも帰ってきているんだし...」

彩がエリの事を口にすると美咲の表情が曇る

「美咲ねえ、昨日何があったの?エリねえ泣いてたんだよ」

美咲が唇をかむ、

「とにかく、私はしばらく帰れないから、バッグありがとう」

「やっぱり駄目か?美咲」

彩に礼を言って、帰ろうとして振り返ると隼人が立っていた。

「に、兄さん?彩!あんた...」

後ろにいる彩を睨む、彩は真直ぐに美咲を見ていた。

「彩は関係ねーよ、俺が勝手についてきたんだ、俺もちょっと話があったからな」

「私は兄さんと話すことなんて無いんだけど、さっさと帰ってくれる?」

美咲のかたくなな態度に、隼人はため息をつく

「ねーちゃんもお前も、いつまで引きずる気なんだ?」

その一言に美咲はカッとなった、思わず隼人に怒鳴ってしまう

「兄さんは平気なの?姉さんの一言で、お父さんとお母さん死んだんだよ?何で平気でいられるの?私は何年たとうが、あの日の事を忘れるなんて、絶対に出来ない!」

「俺も忘れてなんかいねーよ、だけどねーちゃんは悪くねーだろ!もし、あのとき電話出たのが、お前だったらどうするよ?同じこと言ってるだろ?」

「そんな事わかってる!もしあれが私だったら、絶対私も同じこと言ってた、だから許せないの、姉さんも私も!...わかってる...わかってるよ...そんな事..」

後半はほとんど言葉にならず、そのまま美咲は泣きながら走り去っていった。

隼人は少し言い過ぎたと思った、美咲はちゃんと理解している、理屈では理解していても、感情がどうしても許さないのだ。

「まいったな、少し言いすぎた」

美咲を家に連れて帰るつもりだった彩は隼人に聞いてみた

「美咲ねえ、なんであんなにエリねえの事嫌うの?兄貴の言うとおりじゃん、私だって同じ立場だったら、早く帰って来てって言うと思うよ」

「彩と違って俺達は、父さんと母さんの事知ってるからな、実は、あいつの気持ち、俺も少しだけわかるんだ」

エリたちの両親が亡くなった時、彩はまだ4歳だったので、親の記憶はほとんど無い、由真や賢治に至っては当時は2歳と1歳だ、彼女たちにとって、親に近い存在とは、育ててくれた祖父母、そしてエリである、両親の思い出は、隼人たちから聞いた話しでしかない。

姉さんも私も許せないと美咲は言っていた

「ねーちゃんも美咲も、自分だけで抱え込みすぎなんだよ」

ようやく夕焼け空になりつつある空の下、隼人は美咲の走り去っていった方を見つめて、ため息をついた。



庭の草取りが意外に早く終わり、エリとサラはスイカを食べながら、穏やかな昼さがりの庭を眺めていた。

「サラちゃんのおかげで早く終わったよ、ありがとう」

「いいえ、楽しかったですよ」

エリは相変わらず元気そうだが、隼人に空元気だと言われると、確かに不自然に見える

「せっかくスイカあるのに隼人と彩はどこ行ったんだろ?」

「兄ちゃん達なら、美咲ねーちゃんのとこ行くって言ってたよ」

彩が出掛けに言ったのを賢治は覚えていた。

「え?あ、そ、そうなんだ、あの二人、美咲が何処にいるのか知ってたんだ、やだなーもお、言ってくれれば心配しなくてもすんだのに...」

あきらかにエリは動揺しているみたいだった

「エリさん、ちょっといいですか?」

サラはエリを近所の小川まで連れ出した、近所の子供たちがよく水遊びをする小川だ、川には小さな石橋が架かっていて、そのむこうは墓地になっている。

少し日が傾き、墓地の周りの竹林からは、ヒグラシの声が聞こえていた。

川の小さな土手に座ると、サラは話をきりだした。

「美咲さんの事なんですが...」

「え、美咲?ああ昨日はごめんね、なんか変な事になっちゃって...」

「隼人さんから事情は聞きました」

エリは何とか、この話を誤魔化そうとしたが、サラが事情を知っている事を聞いて、黙ってしまった。

「エリさんは何も悪くないじゃないですか」

「.....」

エリは何も答えない、目の前を流れる小川をじっと見つめていた。

「ドレーパー少佐から、私の士官学校での事故の話を、聞いたそうですね」

サラが、一番ふれられたくないであろう話を、サラ自身が話し始めたことに、エリは驚いてサラのほうを振り返る。

「あれは私が起こした事故なんです」

エリは不思議に思った、ドレーパー少佐の話では、ブースターの点火を命じたのはサラだったが、爆発事故の原因は船体の欠陥だったはずだ。

「私はあの時、戦闘艇の艇長でした、クルーは全て基礎訓練から一緒だった同期の仲間、課題は教官が遠隔誘導する標的機を制限時間内に一定数撃墜するものです、標的機は10機、合格ラインは5機以上撃墜すること、私たちはすでに8機撃墜し十分に合格ラインでした」

その訓練はエリも聞いた事があった、実戦部隊のベテランでも5機撃墜は難しいらしい、その訓練で8機撃墜というのは、即実戦部隊でも使えるレベルのチームだったというのがわかる。

「制限時間はまだ残っていました、もしかしたらこの訓練で、誰も達成したことの無い全機撃墜が実現できるのではないか、と私は考えました、それで、しなくてもよかった加速をするため、ブースターの点火を命じ、その結果が...」

そこまで言うとサラは、立てた膝に顔をうずめた

「エリさんが自分の願いで両親を死なせてしまったと言うなら、私は自分の欲で仲間を殺してしまった死神です...」

つらい基礎訓練から共に苦労した、士官学校の同期というのは結束が強い、卒業後も家族のような付き合いをしている人たちもいるぐらいだ。

しかもこれだけのチームワークを発揮したクルー達なら尚更だろう。

「その言い方は卑怯だよ...」

エリはサラが直接人に命令する事を避けていたのと同じように、エリ自身も自分を責めることによって現実から逃げている事を思い知らされた。

これからエリも人に命令する立場になる、自分の一言で大切な人を死なせてしまう、こんな体験をまたするのだろうか?

すっかり夕焼け空に変わってしまった空の下、川の水音とヒグラシの声だけが響いていた。

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