6話 社畜VS女子高生 ②
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「デートしてくれたら、ちょっとは異世界に行く気持ちが変わるかもです!」
押し問答が始まってから実に二時間。
涙目でルクトのトレンチコートを掴んだまま、マユは上目遣いでとんでもない提案を口にした。
「……何だと?」
「一回だけでいいんです! 私と普通のデートをしてください! もしそれで満足したら、私、あなたの言う通り大人しく異世界に転生してあげます!」
(……ほう?)
ルクトの社畜脳が、高速で損益計算を始める。
このままここで押し問答を繰り返しても意味がないのは明白。
ならばここで頷いておいて次に繋げる事がこの場の最適解か……。
明日の一日で彼女の気が変われば、ノルマは達成!発展途上国への強制出張も回避できる。
(ククク……愚かな女子高生め。神界トップクラスの営業マンであるこの俺を、現世の甘っちょろいデートとやらで揺るがせると思っているのか? むしろデート中、合法的に彼女を異世界へ送るチャンスなどいくらでもある……!)
「いいだろう、その条件に乗った。明日、朝十時に駅前集合だ」
「やったぁ! 約束ですよ、ルクトさん!」
こうして、社畜の神とメンヘラ女子高生による、命を賭けた最低最悪のデートが幕を開けたのである!
翌日。
現世の超大型アミューズメントパークにて
「ルクトさん! 見てください、お揃いのカチューシャ買っちゃいました!」
ポニーテールにウサギの耳を生やし、満面の笑みで駆け寄ってくるマユ。
対するルクトは、私服(相変わらずトレンチコート)の懐に、神界支給の『異世界転生スターターキット』を忍ばせていた。
(フッ、まずは小手調べだ。絶叫マシンに乗せて心臓をバクつかせ、その恐怖のエネルギーを異世界ゲートの動力へ変換してやる……!)
二人が乗り込んだのは、垂直落下が売りの最恐ジェットコースター。
頂上へ向かうカタカタという音が響く中、ルクトは密かに指を鳴らした。
【送り人スキル:絶叫マシンの恐怖体験!(デス・カーニバル)】!
絶対的な絶望と恐怖を植え付ける嫌がらせのようなスキルを高らかに宣言する!
「さあ鈴木マユ、恐怖しろ! そして現世の儚さを知るがいい!」
コースターが垂直落下を始めた瞬間、ルクトは勝ち誇った。
しかし――
「きゃああああ! ルクトさん、怖いですぅぅぅ(確信犯)!」
【女子高生スキル:吊り橋効果の乱用】!
マユは恐怖するどころか、G(重力)を完全に無視した驚異的な身体能力でルクトにガッチリと抱きつき、その顔を自身の胸元に埋めた。
「えっ、ちょ、お前、離れろ! 窒息する! 物理的に死ぬのは俺の方だーーー!」
凄まじい風圧の中、マユの放つ甘いシャンプーの香りと、骨が軋むほどの抱擁により、ルクトのスキルは完全に霧散した。
「はぁ、はぁ……。なんて恐ろしい防衛本能だ……」
ベンチでライフがゼロになりかけているルクトに、マユは笑顔で冷たいクレープを差し出す。
「ルクトさん、顔色悪いですよ? はい、あーん♡」
「あーん、じゃない。俺は神だぞ、現世の糖分など……」
(待てよ。このクレープに、神界の即効性睡眠薬を混ぜれば……眠った彼女をそのまま異世界へデリバリーできるのでは!?)
ルクトは懐から、一粒で象をも永遠の眠りにつかせる『神界特製おねんねパウダー』を指先にまぶし、クレープに触れようとした。
【送り人スキル:接待の毒酒】!
「あ、ルクトさん! 口元にクリームがついてます!」
「ぬおっ!?」
【女子高生スキル:不意打ちの間接キス(ファンタジック・アタック)】!
マユはルクトの手をすり抜け、自分の指でルクトの唇をなぞると、それをペロリと舐めて妖艶に微笑んだ。
「ふふ、甘いです♡」
「なっ……何をしてるんだお前はーーーっ! スキルの発動タイミングが完全に狂っただろうが!」
「えへへ、ルクトさん、顔真っ赤ですよ? もしかして、初めてですか?」
「バカ言え! 俺は神界で何百人もの魂を扱ってきたプロだ!」
完全にマユのペースに巻き込まれ、精神的疲弊がマッハで溜まっていくルクト。
その後も激しい?攻防が繰り広げられ、いつのまにか時は夕暮れ時。
そしてデートの締めくくりは、定番の観覧車。
狭いゴンドラの中、沈む夕日がマユの横顔を赤く染める。
(……ここが最後のチャンスだ。観覧車の頂上、地上から最も離れ、天界に近づくこの瞬間……空間の歪み(ゲート)を最も開きやすい!)
ルクトはすっと立ち上がり、マユの前に立った。
「鈴木マユ。楽しい時間は終わりだ。お前の言う通り、デートはしてやった。さあ、約束通り異世界へ――」
ルクトが右手を掲げ、異世界への扉を召喚しようとした、その時。
【送り人スキル:最終通告】!
「ルクトさん」
マユが、静かに声を漏らした。その瞳には、いつの間にか大粒の涙が溜まっていた。
「……本当に、楽しかったです。私、生まれて初めて、生きてて良かったって思えました」
「え……?」
「毎日、学校でも家でも、私の席なんてどこにもなくて。だから、昨日あそこで死のうとしてたんです。でも……ルクトさんが私を見つけてくれた」
マユは立ち上がり、ルクトの手を両手でそっと包み込んだ。
【女子高生スキル:涙目の告白】!
「ルクトさんがお仕事で私をあっちの世界に送りたいなら……私、行きます。ルクトさんの役に立てるなら、喜んで死んであげます。だって私、ルクトさんのことが、本当に、本当に大好きになっちゃったんだもん……」
夕日に照らされ、涙を流しながら微笑む美少女の告白。
少女漫画ならここでBGMが流れ、キスシーンへ突入する完璧なシチュエーション。
現世の男なら100割落ちる、必殺のスキル。
しかし、目の前にいるのは、心が完全に資本主義とノルマに汚染された『社畜の神』であった。
(……チッ! 罪悪感を刺激して、こっちの精神を削りに来やがったな!? 『喜んで死んであげます』だと!? 嘘をつけ! お前のその目は、異世界に行ってもストーカーとして俺の背後霊になる気満々の目だ! 騙されるかぁぁぁ!!)
「その手には乗らんぞ鈴木マユ! 涙目で同情を引こうとしても無駄だ! 俺が欲しいのはお前の純愛じゃない、来月の基本給だ!」
「ひどいっ!? 邪推が過ぎます! 私は本気で言ってるのに!」
「うるさい! 異世界に行けばイケメンエルフも龍族の王子も選び放題だ! そっちで新しい恋活(就活)をしろ!」
「嫌です! 私は神界雇用、ルクトさん専属の永久就職(お嫁さん)を希望します!」
「うちの部署は万年人手不足で、そんな余剰人員を養う予算はねえんだよぉぉぉ!!」
ガタガタと激しく揺れる観覧車のゴンドラの中で、結局二人の夜は更けていくのであった。
結局、マユの「気持ちが変わるかも」は、ルクトへの愛をさらに深める方向へ変わっただけであり、異世界送りの契約書は1ミリも進まなかった。
ルクトがバナナ味のダマになりやすいプロテインを現物支給されるまで、あと残り、3日――。
社畜の神の、本当の地獄はこれから始まるのであった。




