7話 社畜VS女子高生 ③
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翌週。
神界人材派遣部にて
「おいルクト、プロテインのシェーカーは用意したか? 来月はお前のデスクの上がバナナ味の粉末で埋まるからな、ハハハ!」
というゼウスの煽り文句を背中で無視し、ルクトは怒りに震えながら現世へ降臨していた。
残された時間はあとわずか。
手段を選んでいられないルクトは、鈴木マユが通う私立高校へと潜入した。
(フッ、廃ビルがダメなら学校だ。学校といえば多感な時期。ここで彼女が精神的ダメージを負う瞬間を狙い、その絶望の隙を突いて『異世界送り』のサインを強引に毟り取ってやる……!)
ステルススーツを纏い、放課後の教室を覗き込んだルクト。
そこでは、まさにルクトにとって「おあつらえ向き」の光景が広がっていた。
数人のいかにもな女子生徒たちが、マユの机を取り囲んでいる。
「ちょっと鈴木さん、何色気づいてんの? 毎晩夜遊びしてるって噂、本当? 勘違いすんなよ、地味子が」
机の上には、落書きされた教科書。
(……これだ! いじめ! 現世への絶望! 精神的未練の完全な消失!)
ルクトの目が、ノルマ達成への執念でギラリと光る。
普通なら助けるところだが、彼は一刻も早く彼女を現世から退職(死亡)させたいのだ。
(よし、今だ! 彼女が泣き崩れて『もうこんな世界嫌だ!』と叫んだ瞬間に、異世界への扉を出現させれば契約成立だ……!)
ルクトはすかさず、いじめっ子たちの背後に回り、恐怖と絶望を増幅させるスキルを放った。
【送り人スキル:職場環境の悪化】!
教室の空気がドス黒く澱み、いじめっ子たちの暴言に拍車がかかる。
「おい、聞いてんの!? さっさと謝りなよ!」
だが、当のマユはというと。
俯き、肩を小刻みに震わせ、ブツブツと何かを呟いていた。
「……ん? ……え? じゃあ……ルクトさんが……」
(よし、絶望しているな! さあ、現世を諦めろ、鈴木マユ!)
ルクトが異世界ゲートの起動スイッチ(スマホ)に指をかけた、その瞬間。
マユがガタッと勢いよく立ち上がった。その顔は、絶望どころか、茹でダコのように真っ赤だった。
「――っ、じゃあ、ルクトさんとのラブラブデート、この人たちにバレちゃったんだ……!? あああん、恥ずかしいっ! でも、公認ってことですよね、これ!?」
【女子高生スキル:都合の良い難聴】!
「はぁ!?」
ルクトの素っ頓狂な声が、ステルスモードを突き抜けて教室に響きそうになる。
いじめっ子たちの「地味子が色気づいて夜遊びしてる」という嫌がらせの言葉を、マユの乙女脳は「イケメンの彼氏とデートして溺愛されている」と完全誤訳していた。
「ちょっと、何ブツブツ言ってんのよ!?」
苛立ったいじめっ子が、マユの教科書を床に投げ捨てようと振りかぶった。
(ええい、話がややこしくなる前に物理的に現世から切り離す!)
ルクトはマユの足元の空間を爆破し、そのまま異世界の奈落へ落とそうと、神界の破壊魔法を足元へ放った。
【送り人スキル:即時解雇】!
ドゴォン!!!
激しい衝撃波が教室内を駆け抜ける。
……が、ルクトの狙いが、マユの『ある動き』によって1ミリだけズレた。
「きゃっ、危ないっ!」
マユは、床に落ちそうになったお気に入りのシャーペンを拾おうと、驚異的な反射神経で床にスライディングしたのだ。
その結果、ルクトの放った衝撃波はマユを完全に素通りし、背後にいたいじめっ子たちの足元を直撃。
「きゃあああああ!?」
「何これ、地震!? 怖っ、もう帰るーーー!」
いじめっ子たちは、突如発生した謎の衝撃に恐怖し、蜘蛛の子を散らすように教室から逃げ出してしまった。
静まり返る教室。
シャーペンを無事にキャッチし、息を整えるマユ。
そして、完璧な不意打ちを外して呆然と立ち尽くす、ステルス状態のルクト。
マユはゆっくりと立ち上がり、誰もいなくなった教室を見回して、ぽつりと言った。
「……今、凄い風が吹いて、あの人たちが飛んでいった……? それに、この懐かしいプロテインの香りは……」
マユが、ステルスで隠れているルクトの方向を、じっと見つめる。
「ルクトさん……そこにいるんですね? 私のピンチに駆けつけて、あの人たちを撃退してくれたんだ……!」
「違う、俺はただお前を異世界に叩き落とそうと――」
たまらずステルスを解除して弁明するルクト。しかし、涙目を輝かせるマユには届かない。
「やっぱり、ルクトさんは私の王子様です! 普段は冷たいこと言って、私のために学校まで来て、陰から守ってくれるなんて……もう、大好き、大好きですーーーっ!」
「来るな! 寄るな! 抱きつくな! ハラスメントで訴えるぞ!!」
翌朝。
ルクトは諦めていなかった。
(まだだ……日中がダメなら放課後だ。次こそは確実に……)
校門の影で、一般生徒に擬態しながらマユを待ち伏せしていたルクト。
そこへ、登校してきたマユが、大勢の生徒たちに囲まれながら歩いてくるのが見えた。
「ちょっと鈴木さん! 昨日、教室で凄いイケメンと抱き合ってたって本当!?」
「あの噂の夜遊び相手って、もしかして超エリートの年上彼氏なの!?」
昨日逃げ出した女子生徒たちが、恐怖を通り越して興味津々でマユに詰め寄っていた。
マユは顔を赤らめながらも、校門の影にいるルクトを見つけると、ブンブンと大きく手を振った。
「あ、噂の彼氏なら、ちょうどそこにいます!」
「……は?」
ルクトの思考が停止する。
マユは猛ダッシュでルクトのもとへ駆け寄ると、全校生徒の目の前で、ルクトの腕をギュッと抱きしめた。
「皆さん紹介します! こちらが私の婚約者(仮)で、神様系エリートサラリーマンのルクトさんです! 私が世界で一番愛してる旦那様です♡」
【女子高生スキル:既成事実の強制】!
シーン……と静まり返る校門前。
次の瞬間、地味だと思っていたマユが「超絶絶世のイケメン(神の社畜)」を連れてきたことに、学校中が蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
「うっそ、マジでイケメン……!」
「モデル!? 芸能人!?」
「鈴木さん、ヤバすぎなんだけど!」
いじめっ子たちは「あんなヤバい男がバックにいるなら、もう鈴木には手を出せない……」と完全に戦意を喪失し、マユの社内(学内)評価はストップ高まで跳ね上がった。
一方、ルクトは。
(な、何が『彼氏』だ……何が『旦那様』だ……! これじゃあ俺が、現世の女子高生に手を付けた神界一の不届き者みたいじゃないか……! もしアテナ様にバレたら、出張どころか神籍を剥奪される……!)
「鈴木、マユ……お前、よくも俺のキャリアに最大の泥を塗ってくれたな……!」
「えへへ、ルクトさん、照れちゃって可愛い♡
ほら、早く教室に行きましょ、手を繋いで!」
「行くか! 俺は神界に帰る! 帰らせてくれぇぇぇ!!」
学校中の羨望と嫉妬の眼差しを浴びながら、ボロ雑巾のように引きずられていく社畜のルクト。
いじめを解決する(意図してない)という大金星を挙げたにもかかわらず、ルクトのノルマ達成メーターは、ついにマイナスへと突入するのであった。




