2話 社畜VS社畜 ②
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午前八時。
普段なら爽やかな朝を告げる太陽の光も、この『◯宿駅・中央東口乗り換え階段』においては、戦いのゴングでしかない!
押し寄せるサラリーマンに叫ぶ駅員!そして鳴り響く警告音。
ただでさえ殺気立っているこの階段の踊り場で、神の使いルクトは、透明化の術【送り人スキル:ステルスモード】を使って身を潜めていた。
「ふ、ふふふ……トラックがダメなら階段があるさ。
これも異世界転生における『王道』だからな……!クックック!ハーハッハッハ!!」
ルクトの目は、昨日飲んだエナジードリンクのせいでまだ薄っすらと血走っていた……。
人目につかず仕事に見せかけて完璧な仕事をこれまでこなしてきた……
だが!そんなちっぽけなプライドはこの際どうだっていい!
今月中に佐藤シュンを異世界へ送らなければ、自分のボーナスが発展途上国へのボランティア出張に強制変換されてしまうのだ!
俺の給料は俺の物!何がボランティアだ!コンチクシャウ!社畜舐めんな!!
「来たか……ターゲット捕捉」
階段の上。人の波に揉まれながら、死んだ魚のような目でトボトボと降りてくるスーツ姿の男――佐藤シュンの姿があった。
今日も絶望的に魂が抜けている。
「よし、今だ! 異世界へ行ってこーーい!!」
【送り人スキル:アクセルステップ!!】
シュンが階段の一段目を踏み込んだ瞬間、ルクトは姿を隠したまま、神力を込めた足でシュンの足首を引っ掛け、さらにその背中を強烈に押し出した!
ヨシっ!狙いは完璧、今度は完全に当たった!
通常の人間の骨格であれば、ここでバランスを崩し、階段を真っ逆さまに転がり落ちて「頭部強打による綺麗な異世界転生」が成立する!
………………はずだった。
しかし!?
(……ッ!? 背後からの不自然なベクトル、および足首への障害物感知……!)
シュンの脳内に、ブラック企業で鍛え上げられた
【社畜スキル:不測の事態瞬時対応能力】が強制発動される!
「ぬんっ!!」
シュンは振り返りもせず、驚異的な反射神経でをみせると
すれ違う見知らぬサラリーマンの肩を人差し指と中指の二本だけで軽くタップ【社畜スキル:ビジネス・ピボット】する!
一瞬、体が地面に対して四十五度に傾いたが、その反動を利用して強引に軌道を修正。
満員電車で毎日往復二時間耐え続けて培った【社畜スキル:通勤ラッシュ・パーフェクトバランス】
により、何事もなかったかのように元の姿勢に戻ったのだった!
シュンの目が鋭く光る!
……ふぅ危ないところだった。
ここで転んでスーツを汚したら、予備のクリーニング代で今月の食費が消える。
それに、今月は新入社員が辞めたばかりでタスク量が膨れ上がっている!一分一秒の遅れが終電で帰れるかどうかに直結してしまう!……絶対に、倒れん……!
「嘘だろオォォイ!?」
ルクトはステルスモードを忘れて素で叫びそうになった。
「背中押したぞ!? 完全に押したぞ!? なんだあの並外れた身体能力は!?もしかして転生してないのにスキルでも獲得してんじゃねーだろうな??」
だが、ルクトも神界の限界サラリーマンだ。ここでの手ぶら退職(未達成)は許されないのである!
「なら、これならどうだっ!!」
ルクトは懐から神界特注の【魔道具:路面凍結スプレー(神力配合)】を取り出す!
そしてシュンが次に踏み出すステップへ向かって高速で噴射すると一瞬にして、階段の表面が鏡のようにツルツルに凍りつく。
「フッ!俺の作戦は1つだけじゃねーのさ!昨日の失敗はもう繰り返さない!!」
どんなニーズにも適時答え!失敗したならそれを次に繋げる!
それがサラリーマンという生き物なのだ!
(……っ、この路面の光沢、摩擦係数ゼロ……!)
異変に気づいたシュンだったが、後ろから押し寄せる人の波のせいで立ち止まることはできない。
ルクトが「滑って転落」を確信したその瞬間、シュンは信じられない行動に出た。
「ふんっ!!」
すり減った革靴の底をあえてステップに滑らせ、同時に階段の手すりを左手一本でガッチリとホールド。
そのまま、まるで熟練のスノーボーダーのように階段手すり滑り降りる【社畜スキル:緊急通勤!エクストリームスピード】を披露したのだ!
シュンは滑らかな動作で十数段の階段を一瞬で滑り降り、シュタ!っと華麗に改札へと着地したのであった!
「滑って楽しんでんじゃねえよ! むしろいつもより移動速度上がってんじゃねえか!! 異世界に行けよぉぉぉ!!」
ルクトは膝をつき絶望した……。
もう佐藤は階段の下、完全に作戦は失敗である……。
その時、シュンのポケットの中でスマートフォンが『ガガガガガ!!』とホラー映画ような音を立てて鳴り響いた!
画面には『クソ上司』の文字。
シュンは即座に限界のハイスピードで通話ボタンを押す。
「もしもし! はい! 佐藤です! 申し訳ありません! 昨日の深夜に納品したシステムのバグですか!? はい、今すぐ向かいます! あと三分でデスクに着きます!!」
電話を切った瞬間、シュンの目からハイライトが完全に消え、代わりに漆黒の社畜の覇気が立ち上った。
「うおおおおおおおおお!!!」
シュンは階段を二段飛ばし、いや、四段飛ばしで爆走し、改札の向こうへと消えていった。
【社畜スキル:クソ上司からの電話】
による身体強化が発動したのである!
その背中には、神の奇襲すら寄せ付けない「遅刻への恐怖」が満ちあふれていた……。
そしてルクトのスマホにも『ピロリ〜ン』と軽快な通知音が鳴り響いた。
画面にはゼウス部長からのメッセージがあり……。
『ルクト君、進捗どう? ちなみにソルステラ王国の騎士団が壊滅状態になっちゃってね?
今週末までに勇者送れないなら、来月の給料はマナじゃなくて「プロテイン(現物)」支給ね。よろしく〜』
「……プロテインで家賃が払えるかよ……」
ルクトは絶望のあまり涙を流した……。
はぁ〜とため息をつくもシュンはもうこの場にはいない……。
「はぁ〜、アイツ働きすぎだろ?」
自分より遥かに必死に働いているシュンの後ろ姿を思い出し悲壮感を募らせる。
「……あいつ、俺より働いてるよなぁ……。
っていうか、頼むから一回死んでくれ佐藤ォォ!! お前が異世界に行かないと、俺がプロテイン縛りの生活になっちゃうんだよぉぉぉ!!」
朝の通勤ラッシュ。
生きるために爆走する男と、生きるためにそいつを殺したい男の、悲しき社畜の白熱した戦い?は、さらに泥沼へと突入していくのだった。




