1話 社畜VS社畜 ①
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世界には、異世界転生を専門に扱う『異世界人材派遣会社』という組織が存在する。
その中の最前線である通称『必殺!異世界送り人!』に所属するルクトは、神の使いでありながら完全な限界サラリーマンだった。
「あ〜、眠い…………」
ルクトは目をこすりながら特性エナジードリンクを一気に飲み干す。
今日は十連勤の最終日。
今日さえ終われば久しぶりに家に帰れる!
家に帰って溜まっている小説を読むんだ!と強く拳を握りしめた。
ふぅ〜よし!
「失礼します!」
トントンっと扉をノックし部屋に入る
ルクトは上司である『ゼウス部長』の前に呼び出されていたのだ。
「ルクト君。君の今月の『送り実績』、どうなっているのかね?」
ゼウス部長は、高級そうなアロハシャツを着て、ゴルフのパター練習をしながら言った。
全知全能の神のオーラ?
そんな物は趣味のゴルフの前では要らないのだ!
早くゴルフの練習をしたいのが本音のゼウスなのである。
だがしかし!
しっかりと『送ってやらないと』別の世界の神が怒るのだ!
全く!困った物である。
「……申し訳ありません、部長。最近の現世は、歩行者の安全意識が高まっておりまして。
自動ブレーキやスマホの衝突警告アプリのせいで、なかなか綺麗な事故が演出できず……」
「言い訳はいいんだよ!言い訳はね!」
ゼウス部長はパターを止め、冷酷な目でルクトを睨みつけた。
「今、向こうの異世界(ソルステラ王国)は魔王軍に攻め込まれて大赤字なんだ。
現場からは『即戦力になるSSS級の勇者を早く送れ』と毎日クレームの神託が届いている。……そこでだ」
部長は、一枚の薄汚れた履歴書(現世のデータ)をルクトに投げつけた!
「この男、佐藤 シュン。二十六歳。現世のブラック企業で毎日鍛え上げられている、まさに『鉄の社畜』だ。
ストレス耐性、理不尽への耐久力、徹夜への適性、すべてがSSSランク。こいつを今月中にトラックで跳ねて、向こうの戦場に送り込みなさい」
ルクトは履歴書を見て、思わず顔を引きつらせた。
「あの、部長。この佐藤という男、直近の残業時間が百六十時間ってなってますけど……これ、私が跳ねる前に過労死でポックリ逝っちゃうんじゃ……」
「あ〜、過労死でもいいんだが体力お化けすぎて死なないんだよねこの人……。ほら」
っとゼウス部長が資料を渡してくる。
どれどれ?
え〜っと…………
「この資料見ると75歳までブラック企業で平社員として働き95歳で老衰と書いてありますが…………本当に?」
「凄いでしょ?この人……だから、な?分かるよね?」
(ブラック企業でここまでやれる人を殺すことなんか不可能なんじゃ??)
と心の中でツッコミを入れてみたが社畜である以上、上司の命令は絶対……。
「……もし、今月中に送れなかったら?」
「ん? ああ、君の来月の給料(神力)は現物支給。
あと、ボーナスはすべて異世界の発展途上国へのボランティア出張に振り替えるから、そのつもりで」
「――ッ!!」
ルクト脳裏に、終わらない労働の絶望がよぎる。
給料カット、ボーナス消滅。
神の使いにとって、それは現世のブラック企業となんら変わらない地獄の宣告なのだ!
「やるね? ルクト君」
「……はい。喜んで。今夜、必ずや佐藤シュンを異世界へ送り出してご覧に入れます」
ルクトは営業スマイルを張り付かせ、深く一礼して部長室を出た。
そして、神界特注の4トントラックの運転席に乗り込み、ギチギチとハンドルを握りしめる。
「ふざけるなよゼウス……! 俺の給料とボーナスは、絶対に死守してやる……! 待ってろよ佐藤、お前を絶対に跳ねて、俺は来月家に帰るんだ!!」
神の使いルクト——30歳(人間換算)。
己の尊厳とプライドを懸けた、最悪の戦いが今始まろうとしていた、
「いくぜ!佐藤シュンがいる世界にテレポーッ!!」
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月の明かりもない曇った空の深夜二時のオフィス街。
街灯の頼りない光に照らされたアスファルトの上を、一台の白い4トントラックが、獲物を狙う肉食獣のように静かに這っていた。
一見すれば、どこにでもある運送会社のトラックだ。
しかし、運転席でハンドルを握る男ルクトの瞳は、完全に血走っていた!
回復薬(エナジードリンク漬けによる副作用である!)
ルクトは運転席のモニターに映る、本日のターゲットの資料を睨みつけた。
「ターゲット捕捉。……佐藤シュン、二十六歳。
IT系の超ブラック企業勤務。
直近三ヶ月の平均残業時間は百六十時間。睡眠不足、栄養失調、精神的限界。異世界適性ランクは最高値の『SSS』……よし、条件は完璧だ」
ルクトはバキバキと首の骨を鳴らし、不敵に笑った。
「現世のクソみたいな仕事で限界を迎えた男に、最高のタイミングで『トラック転生』という名の退職届を届けてやる。」
クックックとハイになったテンションでトラックを運転し続ける
「佐藤よ、安心しろ。お前の社畜人生は今夜で終わりだ。現世のしがらみを忘れ、剣と魔法の世界で美少女に囲まれるがいい……!ハーハッハッハ!!」
前方の歩道。
今日も今日とて終電を逃し、虚ろな目でトボトボと歩く佐藤の背中が見えた!
完全に魂が抜けている。今なら軽く小突くだけで、綺麗に魂が異世界へ飛ぶはずだ。
ルクトの足が、アクセルペダルを深く踏み込む。
【いくぜ!送り人スキル:必殺アクセルターーン!!】
ゴオォォォ、と神界特注のエンジンが唸りを上げ、トラックが急加速した。
距離、百。
五十。
三十。
「もらったぁぁぁ!! 異世界転生特攻!!」
ルクトが勝利を確信し、トラックが佐藤の背後に肉薄した、その瞬間。
ピクッ!!と佐藤の耳が動いた。
(……ッ!? このロードノイズ、後方から車重4トン以上の車両が時速六十キロ以上で接近中……!)
佐藤の脳内に、ブラック企業で叩き込まれた
【社畜高等スキル:トラブル瞬時察知能力】
が発動、その効果が発動される!
ブラック企業勤務歴8年
この程度の危険なら目を瞑っていても察知できるのだ!
深夜の無理難題なデスマーチを生き抜いてきた男の生存本能が、ルクトの奇襲を上回った瞬間であった!
「ふんっ!!」
佐藤は振り返りもせず、背負っていたビジネスリュックをクッションにするように完璧な角度で前方へダイブした。
さらに、アスファルトの上を滑らかな受身【社畜高等スキル:ビジネス・ローリング】で転がり、トラックの直撃を紙一重で回避したのだった!
「なっ!なんだとぉぉぉー!!???」
キキキキキキキィィィィィッッッッ!!!!
ルクトは慌てて急ブレーキを踏み込むが
ガツンッ!!! と激しい反動が運転席を襲い顔面がハンドルに強打される。
「グッハァァァ!? ……いったああああい!? なんだ今の身のこなしは!?」
フロントガラス越しに見ると、佐藤はボロボロのスーツ姿のままサッと立ち上がり、衣服の埃を払っていた。
その目は相変わらず死んでいる。
「……危ないですね。徹夜明けの幻覚かと思いました。まあ、明日も朝七時から会議ですし、死んでる暇はないので失礼します」
佐藤は小さく一礼すると、何事もなかったかのように、またゾンビのような足取りで歩き出してしまった。
「……嘘だろ?」
ルクトは呆然とハンドルを握りしめた。
「背後に目がついてんのかあいつ!? 完全に限界を迎えてる歩行者の動きじゃねえぞ……!」
直後、トラックの車内システムが『ピロリ〜ン』と非情な通知音を鳴らした。
画面に、神界のゼウス部長からのメッセージが表示される。
『失敗は許されないからね?成功するまで帰ってこないように——以上』
ルクトの顔が恐怖で引きつる。
「……ふざけるな。あいつを跳ねないと、俺の生活が破綻する……!」
佐藤はブラック企業の社畜。
ルクトもまた神界の社畜。
2人の社畜同士のバトルの幕が切って落とされるのであった!
「待ってろよ佐藤ォォ!! お前を会社から解放してやる! だから頼むから大人しく轢かれてくれぇぇぇ!!」
深夜のオフィス街。
生きるために死に物狂いで避ける男と、生きるために死に物狂いで跳ねようとする男の、果てしなき社畜の戦いが幕を開けるのであった!
お読みいただきありがとうございます。
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