休む朝
目が覚めた時、体が鉛のように重かった。
時計を見る。
いつもならとっくに起きて支度している時間だった。
けれど指一本動かす気になれない。
天井を見たまま昨日のことを思い出す。
暗い部屋。
温かいスープ。
情けないほど泣いた自分。
スマホが震えた。
胸がざわつく。
画面を見るだけで息が浅くなる。
出勤しなければ、
迷惑をかける。
急ぎの案件もある。
自分がいないと困る人も、きっといる。
そう思うのに、、体は起き上がらなかった。
ただ重くて、だるくて、何より怖かった。
会社に行くことが。
湊はスマホを握ったまましばらく動けなかった。
休むなんて大げさだ。
みんなこのくらい働いてる。
甘えているだけだ。
そういう声が頭の中で何度も響く。
その時、玄関の外で音がした。
新聞受けに何か入る音。
恐る恐る確認すると、
小さなメモが差し込まれていた。
起きられない日は起きなくていいです。
あの隣人だ。
湊はしばらくそのメモを見つめた。
それから震えた手で会社に電話をかける。
コール音がやけに長く感じた。
上司が出る。
「おはようございます湊です。すみません。本日、体調不良のためお休みさせてください」
沈黙が一秒あった気がした。
「大丈夫?今日はゆっくり休んで。引継ぎだけチャットで入れといて」
それだけだった。
電話はすぐ終わった。
呆気なかった。
世界は何も壊れなかった。
誰も怒鳴らなかった。
天井も落ちてこなかった。
湊は通話終了の画面を見つめたまま、力が抜けるように息を吐いた。
こんな簡単なことが、ずっとできなかった。
ベッドに倒れこむ。
涙はもう出なかった。
その代わり少しだけ笑ってしまった。
休むだけでこんなに怖かったのか。
もう一度目が覚めた時、昼を過ぎていた。
どうやら安心して二度寝をしてしまったようだ。
あれほど重かった身体が少しだけ軽くなっていた。
罪悪感はまだある。
会社のチャットを開けば未読が増えているかもしれない。
迷惑をかけているかもしれない。
それでも今日はもう見ないと決めた。
スマホを裏返し布団の横に置く。
腹が鳴った。そういえば何も食べていない。
昨日隣人にもらったおにぎりを思い出す。
台所で袋を開けると少し潰れていた。
それが妙に人の手らしくて湊は小さく笑った。
冷めたおにぎりは思ったよりおいしかった。
食べ終えてお湯を沸かす。
インスタントの味噌汁を作るだけで生活している気がした。
窓を開ける。
平日の昼間の住宅街は思っていたより静かだった。
洗濯物が揺れている。
遠くで子供の声がした。
世界は、自分が会社を休んでも普通に進んでいた。
その当たり前が、少しだけ救いだった。
テーブルの上には朝のメモが置いてある。
起きられない日は、起きなくていいです。
湊はそれをきれいに折って財布の中へしまった。




