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深津裕翔という僕 後

大学で「初等教育における人間関係の形成」という講義を聞いたことがある。


比較的若い准教授が言わんとしたことはつまりこうだ、


「近年‘いじめ‘が問題視されているが、本質的には児童の中にある劣等感などで自分からふさぎ込んでしまうケースが多い」と。


そして彼は続ける、


「必要とされているのはアフターケアよりも事前指導であり、誰もが平等に活躍できる場面を用意してあげることが必要になる」と。


何を言っているのだろうか、と思っていると、一人の学生が質問した、


「自分からふさぎ込んでしまう子供もいじめられていると考えられるのか」


その通りだ、俺はもともといじめは「1:多数」という構図のもとで成り立つと考えられていた。それを彼はまるで、ふさぎ込んでしまった子に非はなくあくまでも犯人を用意しているようにしか思えない。


そんなこと思いつつ俺は無事教員採用試験を通過し、はれて水連小学校の2年3組を持つことになったのである。


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