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深津裕翔という僕 前
深津裕翔という人間はいつでもどこでもその場に溶け込もうとしてきた人間であったと、我慢してきた人間だったと自負している。
小中高と公立に通い続け、大学も地元の国立大学の教育学部に進学した。
特技といえるものは、しいて言えば3年間続けてきたソフトテニスだと思う。
他人と比べて特別であると思ったことはない、むしろ自分は他人よりも優れていることが性に合わなかった。
だから、小中高と成績は中の上をとってきたのだ、狙えば上を狙えたはずだ。
なぜ狙わないかって?もし不意に上の中まで成績が上がってしまったら、上位常連の奴にライバル意識を持たれるかもしれないだろ。
彼らはスポーツもでき、目立っていて、そのうえで勉強をしていた。
あいつが上位なのは大して運動もできないんだから当然だと、馬鹿にされたらどうする、その考えは次第に中心から広がる波紋となり、僕だけはその波にさらわれ、集団の外へと運ばれてしまう。
だから決めたんだ、無難に生きることがこの世の生きるすべだと。
今思えば、人を導くことができないのは当然の話だったのかもしれない。




