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転生テロ令息は盤面を覆す ~悪役令嬢奪還作戦~  作者: 兎波 走


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3 臥薪嘗胆

 ※2026.9.4 エピソードタイトルを変更しました。


 本日更新分より、一日につき一話ずつの更新となります。

 絶句した大司教に、父が声をかけた。


「大司教殿、どうなされた?」

「……文字は浮かびました。しかし、読めないのです」


 文字が浮かんだ、というのは、実は確認事項として大切なことである。

 稀に、ごくごく稀にだが、全く何の字も浮かばない者もいるからだ。彼らは「スキルなし」と呼ばれ、それこそ人権がなくなる。

 スキルがないとは即ち、女神から何も与えられない者。与える価値もない者だと見做されるからだ。……と、ヒロインが原作で言ってた。


「だからレオネル様は大丈夫。ちゃんと女神様に愛されてる、価値ある人なんだもの!」


 とか何とか、良い話風に纏(まと)めてたけど、その慰め方は人としてどうなんだと思う。


「そんな……」

「わ、私にも見せていただきたい!」


 俺がそんなことを考えているうちに、ショックでふらついた母を手近な椅子に座らせた父が慌てて祭壇へやってきた。大司教との間に俺を挟むようにして聖玉を覗き込み、低い呻き声を上げる。


「……本当に、文字なのか? これが? 模様ではなく?」


 まあ、この世界の文字ってアルファベットみたいな画数の少ないものだからな。漢字の画数の多さを見て動揺するのも分からなくはない。


「大司教さま。どうすれば読めますか?」


 本当は読めてることを明かすかどうかは皆の反応次第にして、今は解らないふりをしておこう。そもそも、ただの五歳児が初見のはずの字をいきなり読めたら逆におかしいし。


「そ、それは……」


 だから、今は味方と猶予を少しでも多く作っておく。


「女神さまからのお言葉、お……僕といっしょに探してくれますか?」


 いつもの癖で俺と言いかけて、慌てて昨日までの一人称に戻す。

 危ない危ない、うっかりが怖いな。今から、名前関連は頭で考える時も言葉を統一するようにしよう。


「ええ、ええ。微力ながらお力になりましょう。きっと見つけられますとも」


 女神さまからのお言葉と強調したおかげか、大司教さまは力強く助力を請け負ってくれた。

 それにしても、「油操作」か。一見地味に見えるかもしれないけど、使い方によっては面白いことになるかもしれない。だって極論、石油も油だし。自前のスキルで石油王やれちゃうぜ。

 僕を見るラウルの嫌なにやけ顔が気になりつつ、その場はお開きとなった。


 ◇◇◇


 結論として、その日から僕を取り巻く環境は少しずつ悪くなっていった。

 発端は言うまでもなく──予想通りとも言う──ラウルだ。

 もともと、双子なのに自分が弟とされるのが気に食わなかったらしい。ここぞとばかりにスキルを持ち出し、継嗣は自分にすべきだとアピールし始めたのである。

 武の家系ならそれでよかったかもしれないが、我が家は代々が文官の家だ。武勇に優れるからと言って当主に相応しいかは別問題──だったのに、分家である男爵家がラウルを推し始めたことで状況が変わってきつつある。


 僕の父であるデュマ伯爵の弟であり、乳母ドロテの夫でもある男爵は、伯爵家の実権を握りたくてうずうずしている。表向きはただの遊び相手として、実際には未来の片腕候補として、僕たち双子の乳兄弟となる息子を前々から伯爵家に送り込んできていた。勿論、ドロテも手先の一人。

 そして乳兄弟にして同い年の従兄ドニは、本格的にラウルに付くと決めたらしい。

 もともと、どちらかというと脳筋で唆しやすいラウルに寄っていたが、本来なら当主に向く素質を持っていた長男の僕がスキルを使えないと知って完全に切り捨てることにしたのだろう。


 なんで知ってるかって? 本人が僕にそう言ったから。アホだろ。

 うちの弟も大概馬鹿だけど、こいつがラウルを傀儡にして伯爵家を裏から操るって無理だよ叔父さん。そんな穴だらけの作戦が上手く行くと思ってる時点で、叔父さんもドロテも暗躍やお家乗っ取りは向いてないよ。


 けれど問題は、そんな弟夫婦の戯言に流されている両親だ。

 僕を侮り切って何でも筒抜けにする従兄曰く「長男だからといって当主に相応しいとは限らん」が叔父さんの持論らしいけど、うん、そこだけは全面的に同意する。腹に一物持ってる弟を信頼しきってるし、伯爵向いてないよ父。


「ま、僕の家族は前世の皆だけだし。やられたら容赦なくノータイムでやり返す方針で」


 父さんに母さん、それから姉ちゃん。

 今思い出しても、本当にいい家族だった。悪いことをしたら叱られたし、いいことをしたら褒めてくれた。琴音をちゃんと守れてたら、よくやったって褒めてくれたかなぁ。あんなことになって、悲しませちゃっただろうなぁ。


 姉ちゃんも、卵液をかき混ぜながら「プリンは琴音ちゃんが喜ぶから作ってるだけ」なんて言ってたけど、本当は知ってるんだ。琴音の好物だけど、弟の大(・)好物でもあるって。ツンデレなんだよな。

 あとは「琴音ちゃんを私の将来の義妹にするためにも、絶対に捨てられないようにしなさい」と色々なことを教えてくれたな。女の子に嫌われるNG行動とか、気遣いのコツとか。

 それだって、僕が琴音に嫌われて困らないように心配してのこと。実際、事前に教えられてたからこそ回避できてたNG行動もいくつかあった。ちゃんと解ってたのに、気恥ずかしくてお礼なんて言えないまま人生が終わってしまったなんて。一度くらい言っとけばよかったな。


 今の僕の部屋は、元々物置だった屋敷の隅っこだ。狭くて日当たりが悪い。貴族としての教育は最低限続けられているが、両親とは既に会話らしい会話もなかった。ご丁寧に食事も同席できなくなり、乳母のはずのドロテは伯爵家の将来のためにと言い張ってラウルぼっちゃまばかり構っている。使用人たちも主人に従うので目を掛けられる頻度もかなり減っていた。


 ただの五歳児なら絶望して途方に暮れている状況だろうけど、僕は違う。愛情なら琴音や前世の家族がくれたから、這いつくばってまであの連中に愛や庇護を乞おうとは思わない。


(だいたい、原作の僕は、限られた手札とはいえ色々と努力したのに報われてなかったし。やるだけ時間と労力の無駄だよな)


 ちなみに、スキルについて明かすのはやめた。剣聖爆誕フィーバーで浮かれっぱなしの両親に愚直に告げたところで、油なんぞ何の役に立つのかと鼻で嗤われて終わるだろう。そうなれば僕は、ただ大事な手札をドブに捨てただけになってしまう。


(今は雌伏の時だ。虎視眈々と爪(スキル)を研ぎ澄ましながら逆転のチャンスを待とう)


 ラウルが跡取りとして使えなくなれば、僕を立てるしかなくなるのだから。例えスキルが不明の、連中曰く「不出来な方の息子」であっても。

 だからむしろ、今の状況はとっても好都合。一人なら、自分のスキルの可能性を好きなだけ突き詰めることができる。


 ちなみにスキルを使えるようになるには、本人が自分の持つスキル──能力と言い換えてもいい──の内容について理解しないといけないのだそうだ。だからわざわざ教会で儀式という形をとって自覚させるし、「スキル大全」なる本も出回っている。これは大司教さまからの情報。忙しい中、僕のためにちゃんと調べてくれているのだ。

 実際、ラウルは自身のスキルが「剣聖」だと知ってから剣の腕がメキメキと上がっている。逆に、原作のレオネルはスキルを読めなかった……つまり己の力を理解できなかったから使えなかったのだ。


「そりゃ、日本語で書かれてちゃ読めるわけないよな」


 ついでに言えば、油というものについてどの程度の知識と理解を得られるか、化学が発展した前世で生きた僕と貴族のお坊っちゃんだったレオネルでは差も出てくるだろう。

 特に僕は、姉ちゃんからの薫陶による知識が多い。普通の男子高校生なら知らないであろう諸々の情報が、僕の頭の中には色々と入っているのだ。

 ありがとう姉ちゃん、これがメイン武器になる日が来るなんて思わなかったよ。


「カサカサかギトギトなら、ギトギトの方がダメージでかいかなぁ」


 ……なので、こういう報復(わるさ)も可能なのだ。陰険とか言うまいなフフフ。

 ちなみに皮膚の話である。スキルが原因で子供を虐げるなら、スキルでやり返されても文句はあるまい。

 

 お読みいただき、ありがとうございました。

 ちなみに知識は、琴音と姉のスキンケアに関する会話について、「横から聞いてても、何言ってるのかサッパリ分からない」とうっかり零したら「よしきた」と叩き込まれました。


姉「お買い物で琴音ちゃんに頼られたら嬉しくない?」

弟「よろしくお願いします」

 

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