31 マイヨ子爵の来訪
マイヨ子爵が謝罪に伺いたいと先触れを送って来たと聞いたのは、お茶会から数日経った頃だった。
なんでも、ブノワは第二騎士団に送られた後も態度が悪いままだったため、三日ほど格子の中でお泊りしたらしい。
一度家に帰され、公爵家に謝罪に行ってから、改めて二週間ほど奉仕活動をさせられるそうな。触るなと撥ね退けた手が、傍にいた従騎士に当たっちゃったんだって。あーあ。
やってきた子爵は、予想に反して矮躯で肥満体だった。もうころっころ。赤い服を着ていたら林檎のイメージキャラクターかと思うくらい。
なーにが「実父と間違った」だよ。すらっとした長身でダンディな義父上と真逆じゃないか。よくそんな出まかせを人前で言えたな。厚かましいにも程がある。そりゃあ、聞かされた閣下の反応も微妙になるわ。
ハンカチで汗を拭き拭き平謝りしている、見るからに気弱そうな子爵の横で、肝心の息子は相変わらず反省の色がない。
これなら帰宅を待ってまで同席させずに、子爵だけで謝罪に来た方が良かったんじゃない?
奥方も登城してるとかで来てなくて、面の皮の厚さにびっくりする。王妃と親戚だから、そこも似てるのかもしれない。
……と思ってたら、閣下も俺と同じ指摘をしていた。
「残念ながら、どうやら令息の方は状況を全く理解できておらぬようだ。そのような有様で謝罪をされても、公爵家としても何とも答えようがない」
「申し訳ございません! 後でよくよく言い聞かせますので……」
「いいや、今ここで言い聞かせるべきだ。ブノワ子爵令息、もしあの時、君の拳なり足なりがレオネル令息に当たっていたら、君は今頃どうなっていたと思う」
閣下、ブノワを呼ぶときに「子爵」を強調してるな。
「まず、子供の喧嘩では済まない。奉仕活動でも済まない。子爵家は閉門を命じられ、君自身は鞭打ちの罰を受けたであろう」
ここで言う「閉門」は、単に門扉を閉じることではない。いわゆる自由刑、罪を犯した人の自由を制限する刑罰の一つだ。
定められた日数……大体は五十日や百日、最大で一年だったかな? の間、屋外に通じる場所を全て外から閉じられる。人の出入りは当然禁じられるし、窓を開くこともできない。使用人も最低限以外は屋敷を出される。
食料を準備する猶予は短いながらも与えられているし、飲料水だけは差し入れてもらえるから、食料が尽きなければ直ちに死にはしない。ただ、冬季に薪の準備が出来なかったら、命に関わるかもしれないな。あ、井戸が使えないなら風呂も洗濯も無理か。だいぶ悲惨だ。
蟄居みたいに一つの部屋に閉じ込められる罰に比べれば多少マシではあるものの、屋敷の周囲は見張りがいるし、例え五十日でも世間と隔絶させられるのは貴族家としてはかなりのダメージである。子爵や夫人も仕事に行けなくなるし、ブノワも王子殿下の遊び相手兼側近候補としての立場を失ってしまう。
「それをレオネル令息は止めてくれたのだ。睨んでいる暇があるなら、彼に感謝するべきだ」
わざと殴られて、子爵家に責を負わせることも考えなくはなかったんだけどね。王妃一味は証拠集めが終わるまで極力泳がせといた方がいいよねという話になったのだ。
琴音が「作戦でもレオくんが怪我するのは嫌」と言ってくれたからでもあるよ。嬉しい。
閉門とだけ言われてもピンと来ていなかったブノワは、父親にどんな刑か事細かに説明されてようやく事態を把握したらしい。屋敷の出入りを禁じられる「人」には、医者も含まれているからね。鞭打ちで傷ついた患部の処置をしてもらえなくなるってことだ。葬式の場合は一時的に刑を中断されるけど、その時は死んでいるのだから手遅れだし。
ちなみに鞭打ちは子供でも免除されない。せいぜい回数を減らされるか、ダメージの少ない鞭が選ばれる程度の手心が加えられるくらいだ。前世の少年法みたいな甘っちょろいものは存在すらしない。改めて怖いな、この世界って。
あ、俺が何で刑罰に詳しいのかというと、実家の連中にやり返す一環で調べたから。報復で罰を受けるなんて馬鹿馬鹿しいし、実行して実家ごと俺までとばっちりを喰らう結果になるのも御免だったからね。
「理解できたかね?」
「……はい……」
真っ青になったブノワが、ようやく謝罪の言葉を口にした。渋々、蚊の鳴くような声で。これ理解は出来てても納得とか反省は出来てない感じだな。多分懲りてない。
「ふむ。レオネル令息、どうする? 許すかどうかは、そなたに委ねよう」
今にも「はぁ!?」と声を荒げそうな息子の頭を鷲掴んで無理に押さえつけ、子爵は深々と子供の俺に頭を下げる。
伯爵令息と子爵家当主なら、当主の方が地位は上だ。格下の子供に許しを乞うのは、貴族なら屈辱を感じてもおかしくない場面である。
「レオネル伯爵令息、この度は本当に申し訳なかった。この通りだ」
子爵本人は、今のところ害はなさそうなんだよな。
毒にも薬にもならない。ただ、どうにも頼りない。子爵だけでは教育のやり直しは難しそう、母親はあんなんだし。
こんなのが大きな顔でのさばってた原作の公爵家が悲惨なことになったのも頷ける。前世の記憶が戻っていない状態でも人柄を見抜いてキッパリ拒否した琴音は本当に慧眼だったよ。養子は一度入れちゃったら、よっぽどでないと解消できないそうだから。
「マイヨ子爵、どうかお顔をお上げください。私はもう気にしておりません。双方、何事もなかった。それで宜しいではありませんか」
閣下は俺に委ねると仰ったけど、手打ちのラインをどこにすべきかは事前に話し合ってある。ブノワは奉仕活動頑張ってね。
お読みいただき、ありがとうございました。




