28 ブノワ・マイヨ子爵令息
俺はきょとんとした顔で首を傾げてみせた。
知らない人に突然「おいお前」などという言葉を投げかけられる場面になんて、貴族の子息は滅多に直面しない。だから俺もそのように振舞う。
「え、……私ですか?」
「とぼけるな!」
ブノワは目を三角にしているけど、正真正銘、マジの初対面だ。何で自分の顔が初見の相手に割れてると思うんだろう。俺がこいつの素性を知っているのは、あくまで原作の知識を持っているからに他ならないのに。
「どちらさま?」
困惑を滲ませ、戸惑っている振りで周囲の令息の様子を伺う。誰が味方で誰が敵なのか。同じ派閥の子供だからといって仲間とは限らない。このブノワだって寄子で公爵家の遠縁なんだし。
「挨拶もなしに失礼だな、君は。ブノワ・マイヨ子爵令息」
「子爵?」
苛立った様子のナタンが代表して声を上げたのは、俺たちのグループで最も地位が高いからだろう。それに俺は内心で感謝しながら、当然の疑問を口にするだけに留めた。
そしてブノワ本人は極力無視する。怒らせるだけ怒らせて、ボロを出させる方が都合がいいからだ。ヴェルニエ公爵家における養子の選定基準を、人口に膾炙するように広く知らしめてやろうじゃないか。
「……子爵家は、今回招かれていないのでは?」
「そのはずなんだがな」
「伯爵家までだよ」
「だよね」
出来たばかりの友人たちに問うと肯定が返ってくる。やっぱり場違いなんだな。知ってた。
そして今のところ、俺と和やかに話してた面々は全員味方っぽい。
「うるさいぞ! 殿下の乳兄弟のオレに対して無礼な口をきくな! 『怒涛の剣聖』の兄弟のくせに!」
おや、挨拶もないまま本格的に踏み込んできたな。この場での対決がお望みか?
「確かに私はラウルの兄だ。だから愚弟が君に何か失礼をしたなら代わって謝罪しよう。だが」
ブノワに穏やかな笑みを向けると、想定外だったのか奴はちょっと怯む。
子供の安い挑発に誰が乗るかよ。
双子だからって、ラウルは他人だぞ。ましてや俺はデュマ家の一員というグループから弾き出されてたんだから完全に無関係だし、そこを突かれても痛くも痒くもない。
「君が第一王子殿下の乳兄弟でも、君自身は子爵家の令息でしかない。子爵家と伯爵家、どちらが上かは分かるかな?」
「なっ、ば、バカにするな!」
「ああごめんね、質問が難しかった?」
あくまで「配慮が足りなかったな」という顔でお手本を見せてあげると、ブノワは顔を真っ赤にする。そのまま右手で拳を作って振りかぶった。
煽り耐性ゼロかー。なんで突っ掛かって来ちゃったかな。
間に割って入ろうとしてくれるナタンに小さく首を左右に振って止め、俺は真正面から迎え撃つ。
「えっ? ……あれ、おい、オレの手を放せ!」
「お断りだ」
拳を手の平で受け止めたついでに握りこんで、抜け出せなくする。いい音が鳴ったから皆が俺たちの方を見ているし、第二騎士団の制服と色違いの装束を纏った人々ががこちらに来ているのが見えた。第一騎士団かな、王城の警護も務めるそうだから。
そんなことを呑気に考えている俺の正面で、ブノワは焦って右拳を引き抜こうと頑張っている。
「なんで、双子の弟にやられっぱなしの弱虫だったって、お前」
「そのラウルは腐っても『剣聖』スキル持ちだ。私は彼にずっと手加減なしでやられていたんだよ。本当にただの弱虫だったら、打ち所が悪くて死んでいると思わないかな?」
下手にやり返したら事態は悪化する一方だったからな。防御する術は身に付けてある。木剣が当たる箇所をずらしたり、威力を相殺したり、それこそ命懸けで。
だからおぼっちゃんの、蠅が止まるようなへなちょこパンチを受け止めるなんて余裕なのだ。弱虫という悪意のある流言飛語を真に受けて侮ったな。
「くそ!」
左拳も飛んできたので、こちらも余裕しゃくしゃくで受ける。
さっきは俺たちの周囲にしか見られてなかったのに、今のは皆にばっちり目撃された。俺は徹頭徹尾防御しただけだし、申し開きもできないぞ。今、脛を蹴ろうとしたのも。
「いい加減にしろ、ブノワ・マイヨ子爵令息! 初対面の相手に突然言い掛かりを付けたばかりか、暴力を振るうとは! 紳士の風上にも置けないぞ!」
そこに重なるナタンの怒声。状況説明ありがとう、第三者の証言はとても助かる。
「違う、オレが悪いんじゃない、こいつが!」
「では、私は抵抗せず、素直に君に殴られていればよかったと? 寄親の後見養子に寄子の子息が殴り掛かって怪我をさせたとなれば、君の家族もただでは済まないのに?」
俺の口調はあくまでも穏やかなままだ。大人が子供を窘めるような態度を意識して保つ。
こちらまで怒声を上げてしまうと「子供の喧嘩だからどっちもどっち」という風潮になるからな。被害者の立場はキープさせてもらおう。
「何事か」
保護者席から俺たちのところへやって来る閣下の傍に、一足先に到着していた騎士団の服装をした人がすっと寄って行って耳打ちした。状況説明かな? 話が早くて助かる。
「閣下」
「義父上!」
養子でもないのにヴェルニエ公爵を勝手に義父上呼ばわりするブノワに、俺を含む周囲の子供たちはぎょっとした。一体どんな神経をしているんだ。
「マイヨ子爵令息。私が君を養子にした事実はないし、今後の可能性も一切ない。何度言えば解るのかね」
「どうして、そのような酷いことを言うのですか! こんな奴より、オレの方が!」
「己に都合の悪いことはなかったことにし、礼儀も立場も弁えず、このような公の場で人に暴言を吐き暴力を振るう。わが公爵家には、そのような非常識な無礼者が相応しいと?」
実は、お茶会の場に子爵令息が紛れていた場合についても事前に打ち合わせが済んでいる。琴音は巻き込まないことも。……とは言っても、奴がこんな失言をすることまでは想定してなかったんだけど。
さーて、事態はどう転がることやら。
お読みいただき、ありがとうございました。




