25 ヒロインの現況
俺たちが住む、このメシャン王国には居住していない。
それが、原作ヒロインであるソフィ・ペイネについて現在分かっている事柄だった。
「お父様に前世の話をした時に、所在だけでも知っておいた方がいいだろうということで、公爵家の伝手で調べたのですわ。ほら、わたくしたちがこの世界に転生したように、彼女も……という可能性もあるでしょう?」
「なるほど」
ヒロインと悪役令嬢がどちらも転生者で争いが発生、なんて話もよくあるパターンだしな。普通なら「そんな馬鹿なハハハ」で笑い飛ばす話だけど、実際に俺も琴音も転生している以上は、可能性がないとは言い切れない。
人の所在を調べること自体は、特に難しくもないし怪しまれもしない。
戸籍替わりのスキル所持者一覧は教会に置いてあって、許可を取れば誰でも閲覧が可能である。そして貴族が見どころのある能力持ちの平民の後援になって、訓練や学習のための費用を援助するのも奨励されている。巡り巡って、国力の底上げになるからだ。
ソフィは治癒のスキル持ちである。それもかなり強力な。ヒロインあるある、というやつだ。
原作ではスキル顕現の儀式で見いだされ、教会預かりになって能力を伸ばす訓練を行い、更なる研鑽と人脈造りのために貴族の通う学園に入学してくる──という設定だった。
だから、治癒スキル持ちのページを開けば見つかるはずなのだ。国内に住んでいれば。
「と言うことは、他国にいるということですか?」
「恐らくは、な。現在は周辺国から順に当たらせておるが……やはり異国の者に有能な人材を引き抜かれるのは困るのか、手続きが遅々として進まぬ有様だ」
公爵家の威光も、国境を隔てたら本国ほどには届かない。相手が教会ともなれば猶更だ。
「このまま、互いに一生遭わずに生きていければいいのですが」
そもそも片や貴族、片や平民である。本来なら道が交わることなどないのだ。
何より、俺はあの無神経お花畑とは関わりたくない。
「そうだな」
にっこり笑う閣下はちょっと怖い。
多分、同意の言葉に聞こえても含まれた意味は違うやつだ。
俺や琴音は平和で人権のある世界で生きた記憶があるから、流血沙汰はどうしても忌避してしまう。例え公爵家に対する王妃の所業に確かな裏付けが取れたとしても、いざ手を下す段になったら躊躇するかもしれない。
死刑になるなら、処刑などには立ち会わせずに俺たちの与り知らぬところで執行してほしい、というのが正直なところだ。
でも義父上は違う。生粋の貴族として生まれ育ち、家門や派閥を守るためなら敵の血を流させることに躊躇はしない。相手が平民なら、冷めてしまった紅茶を下げさせるのと同じような気軽さで手を下すだろう。
不遜ながら閣下の内心を想像するなら、「平民の小娘ごときが可愛い娘に仇なすなら即座に処断するが、それは(他ならぬ娘本人が気に病むから)出来ればやりたくない」といったところか。
そして俺も、今後は義父上の考え方で動くことを求められるだろうな。琴音のために。スキルで社会的に殺す方向じゃダメかなぁ。
「それより、レオネル君は二週間後の事を案ずるべきだな」
「……そうでした……」
「二週間後? 何かあるのですか?」
「高位貴族の子女を呼んで、気軽なお茶会をするそうだ。王妃の発案で」
「急なお話ですわね……」
心底呆れた、と言わんばかりの顔をした琴音が言うには、お茶会の規模にもよるが、王家が主催のものなら開催日の一か月以上前に招待状を送るのが常識なのだそうだ。
それを踏まえて考えると今回、招かれる側の時間の猶予は半分……いや、招待状を書いて送る手間を考えたら、半分もないじゃないか。招待状や当日の準備をする使用人が対応に大わらわになるし、突然呼ばれた側も大変だ。非常識だなぁ。
十歳の子供を一人で登城なんてさせられないし、王妃に呼ばれたんじゃ断れない。親か成人した兄弟が同伴しなければいけないとなれば、スケジュールの調整を強いられる人もいるだろうな。二週間先なら予定が決まっていたりもするだろうし、本当にいい迷惑だ。
「レオくんのお茶会用の服は既に仕立てに入っていますし、わたくしのドレスも下ろしていないものがありますし……。でしたら後はレオくんの礼儀作法かしら。頑張りましょうね?」
「……はい……」
謁見の作法を頑張って憶えたばかりなんだけどなぁ。もともとお披露目のガーデンパーティーか何かを公爵家で開く予定ではあったけれど、主催側が学習速度を見ながら日取りを決めるのと、部外者に突然期限を切られるのとでは負担もプレッシャーも変わってくる。
「とはいえ、作法自体は一から叩き直す必要まではなさそうだ。ならば、席順や茶葉の種類、呼ばれる予定の家を調べて参加各家の特産品の学習を優先すべきか」
「最近の流行りも多少は把握しておくべきでしょうね。もっとも、こちらはいざとなれば『学び直しに忙しくて遊興に時間を割けなかった』と言って躱せますけれど」
「わ、わぁー……」
なぜに特産品? と思ったら、お茶会などで出されるお菓子や参加者の衣服などから会話が広がることもあるそうな。
貿易が盛んな領の子なら目新しい生地やデザインの服を着ていることもあるし、ケーキに使われた果物がどこかの領から献上されたものだったりもするらしい。子供なのに、会話のレベルが高すぎる。
でも、やるしかない。
だってこれ、どう考えてもヴェルニエ家に自分の子飼いを捩じ込めなかった王妃の嫌がらせだろ。実家でまともに教育されていない俺が、同年代の子供たちの前で恥をかくように、って。あからさますぎるし陰湿すぎる。
「……国王、女性の趣味が悪すぎるのでは?」
「違いない」
俺のぼやきは、親子の耳にきっちり届いていたようだ。一頻り三人で笑って、気持ちを切り替える。
「でも、受けて立つでしょう? レオくんは負けず嫌いだから」
「当然です」
敵前逃亡なんてお断りだからな。
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