23 第一王子
恙なく謁見を終えた俺と義父上は、使用人の先導で庭園へ移動した。
俺たちが国王と王妃に挨拶している間、琴音は婚約者と定例のお茶会をしていたそうで、そろそろ終わる時間だから王子への牽制を兼ねて迎えに行くとのこと。
これは今回に限らず、娘が婚約者と交流の機会を持たされる度に、必ず閣下が自ら足を向けているそうだ。
父親が娘を常に気にかけていて、いつ姿を見せるか判らないというのは抑止力になりうる。暴力暴言だけでなく、ぞんざいな扱いに対しても。
臣下とはいえ建国当時から存在する公爵家の当主に「我が娘が、何か?」と笑顔で圧を掛けられれば第一王子とて黙るしかないし、仮にアホには理解できなくても周囲の大人には十二分に通じる。
「ただ、最近は少々、手段を変えてきているようでね」
「と、申しますと?」
「さすがに、茶会を毎回すっぽかすのはまずいと父親から叱られたらしい。だから──ほら、あそこだ」
蔓薔薇のアーチの向こう、白い四阿にラベンダーのドレスが見えた。琴音だ。
しかし、近付くにつれて、場の異常性がだんだん見えてくる。
今日は、王子もちゃんと参加しているようだ。いやまあ、それが当たり前なんだけど。ただ、人数が多くないか?
「コルネリア。少し早いが、迎えに来たよ」
「お父様」
異様さには一切反応しない公爵は娘に声をかける。
父の顔を見てぱっと表情を明るくする琴音とは対照的に心底嫌そうな顔をした王子は、公爵の後ろに目立たないよう控えていた俺に目ざとく気付いて眉を吊り上げた。
「王国の──」
「公爵! 誰だ、そいつは!」
「……我が養子、レオネル・デュマにございます」
発言を許されていない俺は、とりあえず黙ったまま一礼する。
公爵家当主の挨拶を中断させるとか、王子でも失礼にあたるぞ。教育係らしき人が少し離れたところで青褪めて焦ってるけど、何のためにこの場にいるんだか。ちゃんと仕事はしてもろて。
ちなみに、この国の王族に対する挨拶の口上は、「王国の輝かしき○○、××様にご挨拶申し上げます」だ。××は肩書が入り、○○には国王なら太陽、王妃なら月、それ以外には星の言葉が入る。
「養子!? 養子ならブノワが」
「ブノワとは、ブノワ・マイヨ子爵令息ですかな? 彼の公爵家入りは既に何度も断っておりますが」
閣下は今日も王妃の猛プッシュを拒否しておられたよ。既に俺という養子がいるのに諦めないなんて随分としつこいね。
それでいて、その舌の根も乾かないうちに俺を自陣に引き込もうとするんだから笑えない。
「何を勝手なことを……」
「勝手?」
あ、義父上の纏う空気がピリつき始めてる。これはわざとだな。
「我が公爵家の内政は、当主である私が決めること。そこに王家が嘴を挟むと仰せになられるなら、他の二家と合わせて国王に正式に抗議を入れさせていただくが」
他の二家、というのは同じ公爵の地位を持つ家のことだ。
ヴェルニエ家を含めた三つの公爵家は、それぞれ寄子をたくさん抱えている。つまり「三家が合同で」は実質「国内の貴族が総出で」と大体同じ意味だと解釈しても過言ではない。
勿論、閣下もいきなり娘と同い年の子供に対して強い言葉を使う、などという大人げないことはしない。
王家の、というより王妃と王子のマイヨ子爵家びいきや養子捩じ込みを既に何度も何度も撥ね退け続けているからこその発言である。
そして本人不在のまま槍玉に挙げられているブノワ・マイヨ子爵令息こそ、原作で暗躍していたかもしれないコルネリアの「義弟」だ。王子の乳兄弟的なポジションなのは原作通りだが、この世界では公爵家への養子縁組を断られているのでヴェルニエ姓は名乗れていない。公爵家と子爵家では財力も権力も影響力も段違いだから、今後側近候補になっても原作通りの動きは難しいだろうなぁ。良いことだ。
「だ、だからって、他人を養子にして公爵家に入れるなど! 不貞があったらどうする!」
「ご心配なく。同じ館の中とはいえ、我が娘とこの者の部屋は遠く、ドアの前には見張りがおりますゆえ。だいたい、婚約者との茶会にメイドを侍らせるご趣味がおありの方の仰りようとは思えませんな」
「ぐっ……」
そうなんだよ。このバカ、義父が婚約者を迎えに来ると分かってるのに若いメイドを何人も傍に置いているのだ。
行儀見習いで雇われた低位貴族の娘たちなんだろうけど、何を勘違いしたのか王子に科を作ったり琴音に勝ち誇ったような顔を向けていたりする。
王宮で雇ってるにしては程度が低いなぁ。十歳の少女に張り合おうとするなよ。というか父親である公爵が目の前にいるのに、いい度胸だな。蛮勇の方だけど。
ちなみに給仕をしているのは別の人。王子と公爵令嬢のお茶会だからか、お茶を淹れるのが上手なベテランさんなんだろうね。この人は他のメイドたちより少しお姉さんで、きちんと教育が行き届いていて、王子や若いメイドたちがどれだけ無礼なのかも理解しているのだろう。さっきから顔色が雪のように白い。
「さて、ではそろそろ、我々は御前を下がらせていただきましょう。おいで、コルネリア。帰ろう」
「はい、お父様。……それでは殿下、御前失礼いたします。ごきげんよう」
「あ……」
流れるような動きでカーテシーをした琴音は淡々と踵を返し、軽やかな足取りでお茶会のテーブルから離れていく。
その背中を未練がましい目で追う王子は、ふと俺の方に視線を移し、憎々しげに睨みつけて来た。
あれ? こいつ、もしかして……。
俺は控えめな微笑を浮かべた。初対面の王子殿下に対する反応としては、ごく普通のリアクション。ただし王子にだけは不敵に見えるかもしれない余裕の表情でもって、浴びせられた敵意を受け流す。
閣下を見習え、俺。敵に付け入る隙を与えたりするな。
「ああ、そうそう。本日、私がこの場で見聞きしたものについては、余すことなく陛下にお伝えさせていただくので、そのおつもりで」
俺に対して何か言おうとして口を開いた王子は、直後に義父上が言い放った言葉で発言を遮られた。
良識のある大人たちは震えあがり、ようやく自分たちの立場がかなり悪いことに気付いた若いメイドたちがざわめき、王子は彼女らを押しのけるようにして慌てて椅子から立ち上がる。
報告されて困るなら、最初からやらなきゃいいのに。馬鹿だなぁ。王子とベテランさん以外は全交代かな。
閣下は王妃や王子と違って、他家の差配に口出ししたりはしない。手も下さない。ただ、最高責任者に監督責任を問うだけだ。メイドにしろ教育係にしろ、何でこんな程度の低いの雇ってるんだろうね?
「な、ま、待て公爵!」
「それでは殿下、我々はこれにて。ご機嫌麗しゅう」
すべてを綺麗にスルーして、あくまで優雅な態度を崩さぬまま俺たちは城を辞した。
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