22 王城へ
登城の日がやって来た。
公爵閣下が謁見に相応しい服を準備するという名目で数日の猶予をもぎ取り、その間に王家への対策や想定問答、作法のおさらいなどを詰め込んだ。
貴族の子なら十歳になれば必ず祝祭に行くから、それ用の服を持っていない、用意されていないのは伯爵家の落ち度だ。義父上は無関係である。
あ、誰もいないところでなら義父上と呼んでいいってお許しをもらったよ! えへへ、嬉しいなぁ。
なのに突然押しかけて来た前伯爵。
こっちは忙しいってのに、何なんだあいつ。先触れはあったそうだけど旅装も解かずに来てたよ。失礼だね。
閣下は「以前はあのような人物ではなかったのだが……見誤ったか」と苦い顔をしていたけど、多分、最初からおばあさまに丸投げしてただけだと思う。
家族や周囲との付き合いも、服装や体裁を整えるのも、ついでにキツイ言動の緩衝役も全部妻にお任せで、それに感謝どころか何とも思ってなかったんだろうね。だから亡くなった後、ボロが出るというか鍍金が剥がれてる。
「そもそも、レオくんに謝罪もないというのはどうなのかしら? お手紙、送っていたのでしょう?」
とは、実はこっそり応接室のドア付近まで付いてきていた琴音のコメント。おさらいの席に、相手役として立ち会ってくれていた。
立場上、公の場では互いを「公女さま」「レオネル令息」と呼ばなければならないし、王子との婚約を解消するまでは使用人に対してであっても俺たちの仲の良さを気取られるわけにはいかない。けれど秘密を共有する者しかいない場では、今世での名前から取った愛称で呼ぶことになった。
コルネリア、だからネリーである。これはこれで可愛い響きで俺は好き。レオくんと呼ばれるのも悪くない。もちろん、義父上の公認済である。
「謝罪する隙を与えなかったのですよ。話を続ける切っ掛けになるだけですので」
あと、呼び名はともかく言葉遣いは無意識でボロが出やすいから、どんな時でも崩さないよう決めた。今は少し違和感があるけど、しばらくすれば慣れると思う。
「……そうですわね、下心のある人間の謝罪に誠意があるかは疑問ですものね」
「はい」
ともあれ、今は謁見をクリアするのが最優先だ。
◇◇◇
王城は王都の最北、小高い山の頂上にある。背後には切り立った崖のような険しい山が聳え、天然の要害になっていた。攻め込むなら正面の大門を突破するしかなさそうだ。しかも大門に到達するには、途中で別の二つの門を通過しなければならない。
「三重チェックかー……」
馬車でぽつりと呟いた俺に、向かいに座った義父上は楽しそうに笑っている。
「そなたなら、どう攻める?」
「お父様ったら……駄目ですわ、今は敵地ですのよ」
「そなたも敵地と言っておるではないか」
「もう!」
琴音が隣に座った父の膝を軽く叩き、閣下は大袈裟に痛がる。思わず吹き出した俺に、親子が優しい視線をよこした。
「少しは緊張が解れたかしら?」
「……ええ。ありがとう存じます、公女さま」
今日の馬車は、公爵閣下本人が公式で乗る六頭立てのものだ。
艶々に磨かれた紫檀のボディに金箔を貼った飾り金具を合わせ、青い房飾りのついた馬具で白馬を繋いである。座面と窓の緞帳は房飾りと同じ青色のベルベット。決して派手ではなく、寧ろシックで格好いいと思う。ただ、明らかに金がかかっていると一目で分かる豪華さだ。
以前、教会に俺を迎えに来た馬車について、どうしてこんな立派なものをと不思議に思ったけれど、逆だ。公爵家の基準では、あれは充分地味なやつだったのだ。最上位貴族の財力凄い。そりゃあ王妃やマイヨ子爵家が養子を捩じ込みたがるわけだ。
その王妃は謁見の間で、国王の隣でふんぞり返っていた。
いやまあ、元は一国の姫で現王妃なのだから、美人っちゃ美人なんだろうけど……なんだろうな、性格と意地の悪さが顔に滲み出てて色々台無しになってる。嫁イビリとか嬉々としてやりそう。
というか、琴音曰く、既にその片鱗が出ているそうだ。まだ結婚もしてない、十歳の子供に対して、である。大人げないにも程がある。
公爵夫人の美貌を妬んでいたという話だったし、母親に似ている琴音は王妃から嫉妬の目を向けられる対象になりうる。これから成長してますます美しくなる一方の相手に対して、自分の美は老いて衰えていくとなると猶更だろう。要注意だな。
挨拶をした後は、主に公爵が国王夫妻と会話をしていたので黙って聞いていたら、その王妃に水を向けられた。
「──それほど優秀というなら、是非わたくしの息子の側近になってほしいわ。どうかしら?」
第一王子のお守りしろってか? 冗談だろ。
心でそう思っても、態度に出したりはしない。にっこり笑って、俺は答える。
「身に余る光栄でございます、王妃殿下。しかしながら」
満足そうに頷いていた王妃が、続けた言葉に動きを止めた。
「私は公爵家の中継ぎとして求められた身でございます。あいにく伯爵家では最低限の教育しか受けておりませんでしたので、一刻も早く遅れを取り戻さねばなりません。どうかご容赦ください」
そう。本人の働きで返さなければならない後見養子は、こういう囲い込みにも無理なくお断りを入れられるのだ。
「まあ。まだ幼いというのに、可哀想だわ。息子の元でも色々と学べるし、お友達と楽しく遊べるし、お菓子だってたくさん出るのよ?」
俺は綺麗に作った笑顔に困惑を滲ませるのみに留める。
よく言うよ。その幼い子供を引き込んで、公爵家に仇なす使い捨ての奸臣にする気満々で手ぐすね引いてるくせに。
で、用済みになったら尻尾切りで始末して「やっぱり血の繋がりのない養子は駄目よねぇ」とか何とか言うつもりなんだろう。その手には乗らない。
「妃殿下、レオネル令息が困っております。どうかご容赦を」
「そう? 残念だわ。……そう言えば公爵は、どうしてその子を優秀だと? 最低限の教育だったのでしょう?」
ほら、思い通りにならないと分かった途端に攻撃を始めた。閣下に聞いた通りだ。
「屋敷の中にある書庫や教会から借りた書物を使い、独学で学びを進めていたようでしてな。習熟範囲のテストを行った後で伯爵家が雇った家庭教師に話を聞きましたら、彼の教えた範囲とこの子が理解している範囲に大きな違いがあったのです」
答える義父上は涼しい顔だ。
暫定とはいえ妻子の仇を前にして、にこやかな微笑すら湛えている。疑いを持っていることを、僅かも悟らせはしない。
凄いな。俺も見習わなくちゃ。
お読みいただき、ありがとうございました。




