21 デュマ伯爵家の斜陽 後
※前回に引き続き、三人称視点です。
久々に会った孫ラウルは、怒られる気配を察したのか、祖父である前伯爵を見てもそっぽを向いてぶすくれていた。
「ラウル、お爺様にご挨拶をしなさい」
と父親に窘められても無視している。
前伯爵は本日何度目かの溜息を吐いた。一体どれだけ甘やかせば、このような猿に育つのか。
しかしまだ十歳、矯正の余地はある。というより、何としてでも再教育で真面にして跡継ぎにしないと伯爵家は終わりだ。
男爵位を与えた息子には先に会ってきたが、あれはあれで話にならない。
「ラウルが無理なら、我が家の息子を後継に」
などと抜かしていたが、調査書の写しを見せてやると顔面蒼白になっていた。
男爵家の野望を知ったレオネルがその内容を詳細に憶えていて、貴族が関係する事件の捜査・解決を担当している第二騎士団の調査に証言をしていたのである。
たまたま子供同士の話題に出ただけで実行された形跡がなかったから不問にされただけで、既に男爵家全員が第二騎士団の監視対象になっていることに今更気が付いたようだった。
「仮想敵と定めた相手を侮って、全て筒抜けにするような愚か者に伯爵など務まるか。何より、どの面を下げて物を言っておるのだ、この痴れ者が」
兄である伯爵家にも野望を知られて、既に距離を取られているというのに。
失われた信頼関係をまだ取り戻せる、なんなら兄の地位を簒奪できるチャンスがまだあると考えていられるとは能天気が過ぎる。
ちなみに、伯爵家の屋敷に来る前にレオネルにも会ってきていた。王都に到着して真っ先に、公爵家を訪問していたのである。
恥を忍んで、前デュマ伯爵として、問題を起こした者の父や祖父として、公爵に正式な謝罪と感謝の意を伝えるために。そしてあわよくば、レオネルを心変わりさせて連れ帰れないかという甘い期待を抱いて。
しかし。
「あの、どちら様でしょう?」
数年ぶりに会った優秀な方の孫は、祖父の顔を見て不思議そうに言ったのだ。
親しみも憎しみも、何の感情も伺えない、完全なる無の顔に貴族的な淡い微笑みを浮かべて。まだ十歳の子供だというのに。
それにずいぶん痩せていた。肥え太っていた家族とは対照的だ。虐待、という調査書の言葉が重く伸し掛かる。
数年ぶり。そうだ。領に帰郷する伯爵一家に、いつも彼は付いてきていなかった。何やかやと不参加の理由を述べる息子たちの言葉を信用しきっていた。
しかしだからといって、顔を合わせずにいたのはたかだか五年くらいだ。まさか実の祖父を忘れるなど……。
「な、何を言う。お前のおじいさまだよ、レオネルや」
「そうなのですか? ずっと会っていなかったので、分かりません」
にこやかに、明らかな拒絶。
呆れた様子でこちらを見る公爵の視線が痛い。
「レオネル令息は、こう申しておるが?」
「いえ、あの、何か行き違いがあるようで」
「……閣下、もう授業に戻っても宜しいでしょうか?」
「ああ、構わぬよ。頑張っておいで」
「はい!」
完璧な愛想笑いで祖父を見ていた孫は、養父には心からの笑顔を見せて立ち去った。
「すまぬな、前伯爵。実は陛下が、祝祭に行けなかった彼を連れて登城するようにと仰せなのだ。その日が近いので、急いで学び直しをしているところなのだよ。大司祭殿に一通り習ったとは聞いたが、やはり王族の方々に失礼があってはならぬからな」
お前の家が碌に教育を受けさせていなかったせいだぞ、という公爵の心の声が聞こえた気がした。
「さ、左様でしたか……」
そんな孫に「帰っておいで」などとは口が裂けても言えず、すごすごと公爵邸を辞してくるしかなかったのである。
こうなっては、前伯爵に取れる手段はもはや一つしか残されていない。
「──ラウル、貴様に選ばせてやる。スキルを封印するか、両手の親指を切り落とすか。どちらがいい」
「は!?」
椅子から転がるようにして立ち上がったラウルを、背後に控えていた従僕たちが取り押さえる。棒状の物さえ手に届く範囲になければ、彼はただの子供でしかない。鎮圧は容易だった。
「ち、父上! 親指を切り落とすだなんて、そんな! まだ子供なのですよ!」
仰天する息子を前伯爵は睨め付ける。この愚か者は、どこまで足を引っ張るつもりなのだ。
「親指が無ければ、棒を振り回して人に怪我を負わせることもあるまい。それが嫌ならスキルを封じればよいだけの話だ」
むしろ、最初からスキルを捨てる道を本人に自ら選ばせるために、敢えて加えた選択肢なのだ。その程度のことも理解できないのか。
「離せ! ちくしょう、離せよ! イヤだ、なんでオレがそんな目に!」
「貴様のスキルは、もはや無用の長物。それどころか、か弱い婦女子にまで暴力を振るうなら害にしかならぬ。何より、こうなったのは全て貴様の行いの結果ではないか! さあ、今すぐ選ぶがいい!」
はっきり言って、デュマ伯爵家の未来は明るくない。今は辛うじて、首の皮一枚で繋がっているだけだ。
だが、やらねばならない。やるしかない。この甘やかされた盆暗どもの捻じ曲がった性根を、何とかして叩き直さねばならないのだ。
前伯爵が安心して家を次代に託せる日は、まだまだ遥か先だった。
お読みいただき、ありがとうございました。
この前伯爵ですが、馬車の旅だったとは言え、旅装のまま公爵家に行っちゃってます。
気が動転していたからではなく、表舞台にいる間は奥方が細かく気を配っていたので見えていなかった粗が表に出てしまった、という感じです。
そして奥方は領地で長く療養しており、亡くなったのは割と最近でした。
レオネルは葬儀に行かせてもらってませんし、祖父である彼も孫の不参加について言及しませんでした。ここで虐待に気が付いて対処できていたら、伯爵家はもっとマシな結末になっていたかもしれません。
ちなみにレオネル君、実は祖父を憶えてます。「今更連れ戻そうとして良い顔するんじゃねぇよ」という意味の、「どちら様でしょう?」でした。孫の助けを求める手紙を妻が病気なのにかまけて無視したので、困っていようが知ったことではないのです。




