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転生テロ令息は盤面を覆す ~悪役令嬢奪還作戦~  作者: 兎波 走


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20 デュマ伯爵家の斜陽 前

 ※今回は三人称視点です。

 デュマ前伯爵は、王都の屋敷に一歩足を踏み入れた途端に顔を顰めた。

 臭い。古い脂と汗が混じり合った悪臭がそこかしこから漂ってくる。


「父上、なぜ突然お越しに……」


 慌てた様子で出てきた現伯爵(ちょうなん)を、前伯爵は怒鳴りつけた。


「なぜ!? 突然だと!? 貴様こそ、我が家門の危機をなぜ儂に知らせなかったのだ! 公爵閣下から知らせを受けた儂が、どれだけ恥をかいたと思っておる! それに何だ、その見苦しい有様は!」


 大声で遠慮なくがなり立てる父親が、息子はあまり好きではなかった。

 母が生きていた頃は「まあまあ、あなた」と宥めてくれていたが、今その役目をしてくれる者はいない。


「あまり大声を出さんでください。それに公爵閣下ですって?」

「そうだ、寄親のヴェルニエ公爵が教えてくださったのだ。貴様らの失態をな! 全く、顔から火が出るところだったわ!」


 領地の片隅で楽隠居をしていた前伯爵にとっては、青天の霹靂だったのだ。

 双子をスキルの優劣で選別し、片割れのラウルは優遇して碌に教育も躾もせず甘やかし、もう片方のレオネルを劣悪な環境で放置する。

 それだけでも問題だというのに、よりにもよって王城での祝祭の場で大失態を演じ、挙句に恥の上塗りをして寄親にまで迷惑をかけたというのだ。


「手紙とはいえ、『貴公はもう少し、ご家族に目を配ったほうが宜しかろう』などと! 何たる屈辱か! しかも次期当主として有能なレオネルを後見養子という名目で公爵家に取られるとは! 全く嘆かわしい!」


 遠回しに、躾が出来ていないので親のお前がどうにかしろと言われたも同然である。名指しされた息子が幼児ならともかく、とうに結婚して爵位を継ぎ、いい歳をしているというのに。


「と、取られる!? 確かに、成人後は中継ぎとして働くと聞きましたが、お役目を終えた後は……」

「我が家に戻ってくると? 公爵家を切り盛りできるほどの実力を身に着けた有能な男が、自らを長年虐げた家に? 正気で言っておるのか?」


 ヴェルニエ公爵家は建国当時から存在する名家中の名家だ。規模も財力もデュマ伯爵家とは一線を画す。

 そのような家を長年任せられるような男を、公爵家が放っておくと思うのか。領地の代官にも新当主の補佐役にも打って付けの、他に代え難い人材を。

 だいたい、家を任せるということは、その家の機密を知られるということだ。手放すわけがないではないか。


「しかし、公爵閣下は、そのようには」

「では何と仰っていたのだ」

「レオネルの意思に任せると」

「通常の後見養子なら、領間の税や取引の条件緩和などで手を打つものだ。それらの打診は?」

「いいえ。……ですが、あの子が帰ってくるからこそ、我が家は伯爵のままでいられるのでは?」

「馬鹿者が!」


 前伯爵は怒りのまま声を張り上げる。

 公爵からの手紙には調査結果を纏めた書類の写しが同封されていたが、王都の屋敷に到着するまでは頭の片隅で「まさか」と思っていた。ここまで愚かだとは思わなかったのだ。


「なぜ降爵を免れたのかすら、貴様は理解できておらんのか!」


 何もかもが気に食わない。前当主が来ているのに一向に出てこない夫人や孫も、だらしのない格好でやって来た上に応接室へ案内しようとしない息子も。


「そうは言いましても……。ラウルはもう、我が家の継嗣としては、とても……」

「そのラウルはどうした。貴様の妻は! 儂がここで貴様と話し始めてどれだけ経ったと思っておる! 出迎えにも来んのか!」

「そ、それが……」


 そこで前伯爵が息子から聞いたのは、調査書類の内容より悪い話だった。

 大勢の人の前で大恥をかき、『怒涛の剣聖』などと嗤われる羽目になったラウルは部屋に引き籠り、ますます怠惰をむさぼるようになった。

 最初、母である伯爵夫人はそんな次男を可哀想にと慰め、甘やかし、欲しがるものを欲しがるだけ与えていたという。


 しかし調査結果によってスキル差別による実子・実兄への虐待の事実が明かされ、伯爵家の面々は後ろ指を指されるようになった。茶会などに招かれることもなくなり、ラウルの騎士団入りも流れ、世間体が気になり始めた夫人はラウルを外に誘うようになったそうだ。


「……妻は、せめてラウルに立ち直って欲しい、当主としてなら立つ瀬もある、と励ますつもりだったそうのですが……その……」

「勿体ぶるな。早く言え」

「『以前はよく剣の鍛錬をしていたじゃない? もう一度母様に見せて?』などと、傷口に塩を塗り込むような手段を悪気なく取ってしまったせいで、癇癪を起こしたラウルに突き飛ばされ、妻自身が部屋に持ち込んだ木剣で……。今はショックで寝込んでおります」

「何だと!?」


 か弱い女性を、己の母を、木剣で痛めつけたというのか。

 双子の兄にもやっていたのが第二騎士団長に露見して、平民で構成される最下の第四騎士団にまで入団を断られる羽目になったというのに?


「今すぐラウルを呼べ。応接室だ」

「は、はあ」

「そもそも、いつまで前伯爵の儂を玄関に立たせておくつもりだ! 最低限の礼儀すら忘れたか! この愚か者が!」


 お読みいただき、ありがとうございました。

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