16 疑惑
それから、共有すべき基本情報として、互いの近況を報告しあった。
琴音が前世を思い出したのは、意外にも去年なのだという。そしてやはり、今生の記憶も同時に持ち合わせている。だからこそ、公爵も琴音の存在を娘の個性の一つとして受け入れられたのだそうだ。これは閣下ご本人の談なので間違いない。
「では、閣下が養子をお断りになったのも去年ですか?」
「いや、養子の話はもっと前だ。一度は顔合わせまでいったのだが、今日のように同席した娘が『あの子は絶対に嫌だ』と泣いて拒絶したので断ったのだよ」
あー。そういや琴音、昔から相性の悪い人間を見抜く勘が鋭かったよな。俺に養子の話を出す前に、公爵が確認を取る訳だ。
「記憶を取り戻して、原作の筋書きと今の私の状況を擦り合わせて、お父様に全て打ち明ける覚悟を決めたの。……だって『義弟』、怪しすぎない?」
「確かに」
もともと公爵家の跡取りは王子とコルネリアとの間に生まれた二番目の子で、義弟はあくまで新たな継嗣が成人するまでの中継ぎになる予定だったのだ。だから奴がもし次期公爵の地位を狙うなら、義姉には早々に消えてもらったほうが都合が良かったのである。
原作レオネル君や、ひょっとして君、義弟から唆されたりしてないかい? 同じ屋敷に住んでるなら、義姉の予定を横流しするくらい朝飯前だろうしね?
「補足すると、我が子を養子にと推してきたマイヨ子爵家の夫人は、王妃が隣国から連れて来た女だ。今も王妃の侍女を務めておるし、己が産んだ次男を公爵家に捩じ込むことを未だ諦めてはおらぬ」
「もっと言うと、王妃様の母方のご親戚なんですって。……ね、状況だけなら真っ黒でしょ?」
「真っ黒だな」
うちの男爵一家みたい。
違うのは、利害の一致する対象の広さと深刻さか。
王家は濃い血の後継を手に入れられる。そして王妃は親戚の子が、マイヨ子爵家は実子が次期ヴェルニエ公爵になれる。
仮に公爵令嬢が子を産む前に死んだとしても、血縁の養子さえヴェルニエ家に入れてあれば次代は王家より血が薄まる。だから王家も、最善が次善になる程度で大して痛くはない。腹立たしいことに。
「だからひっそり、調査を開始したの。それと並行して廉くんを探し始めて、同い年の子は祝祭で粗方確認できたから、年下や平民に手を広げようかと考えてたところだったのよ」
「そっか……」
「──王妃に関しては、他にも思うところがある」
琴音の説明を聞きながら逡巡する素振りをみせていた閣下が、重々しく口を開いた。
今まででも充分ヘビーな内容の話だったけど、もしかしてこれ以上の激重案件とか来るんだろうか。
ともあれ、俺は改めて背筋を伸ばして傾聴する姿勢になる。琴音を取り巻く状況についての話なら、どんなものでも把握しておかなくては。
「と、仰いますと?」
「もともと、コルネリアには兄が二人おったのだ。どちらも、妻と同時期に病で儚くなってしまったが」
それは俺も気になってた部分だ。デリケートな話題なので一つ頷くだけに留め、続きが語られるのを待つ。
「三人が病に罹ったのは領内でのことであった。最初の予定では我が娘も妻に同行する予定であったが、直前に風邪を引いてしまってな。別件で王都を離れられなかった私と共にこの屋敷に残ることとなったのだ。領内での予定さえなければ、旅そのものを中止するはずであった」
「予定自体には、王妃も子爵家も無関係だったそうなのだけれど」
「領内で気に入りの別荘に到着した妻は、息子たちと共に教会併設の孤児院へ慰問に行った。これも帰領した際は必ず行っていた慈善事業だ。だが、そこで病を貰ったようでな」
ふむ。
そこまでは、事件性という意味では特に何もないように思える。
「我が家の医師も数例しか知らぬという、不審な病であったそうだ。感染力が強く、別荘や孤児院が畑に囲まれた地に建っていなければ、領民にも広く蔓延して手が付けられなくなっていたかもしれぬ、と……孤児院で生活していた者たちも大半が死んだと聞き、私は喪が明ける前に調査に乗り出した。すると、生き残った孤児院の院長から不可解な話を聞いた。妻らが訪ねる前日、隣国の商人から毛布の寄付を受けたのだと」
その隣国が、王妃と子爵婦人の祖国だということかな。
……ん?
「毛布!?」
思いがけず大きな声が出てしまった。慌てて手で口を覆った俺に、閣下と琴音が表情を険しくする。
「廉くん、ひょっとして何か思い当たることがあるの?」
隣の琴音に頷いて見せ、俺は閣下に向き直る。
頼む、思い違いであってくれ。
「閣下、その商人たちは無事でしたか」
「いいや。足取りをつかんだときには、既に全員が死んで火葬にされておったよ」
口を封じるだけなら、燃やす必要はない。なのに燃やした。……燃やさざるをえなかったのだとしたら。
「……その病の症状は……高熱と大きな発疹、呼吸困難ではありませんでしたか? 回復した院長の顔には、痘痕があったのでは」
心臓が痛いほど大きく脈打っている。
パズルのピースが嵌まっていくのに、爽快感どころかどんどん陰鬱な気持ちになっていく。
まさか。──いや、まだそうと決まったわけでは……
「……なぜ、それを君が……」
閣下の声が掠れている。
最悪だ。
予想の通りなら、奥方と子息たちは死亡を確認した後に火葬され、葬儀自体は蓋を固く閉じた空の棺で行っているだろう。でも公爵であり、夫であり父親でもある閣下は、彼らの死に顔を見ているかもしれない。
大きな目立つ発疹が顔中に出来て、在りし日の面影とは大きくかけ離れてしまった痛ましい姿を。
俺はふと、応接室に向かう途中で見た、公爵家の家族を描いた大きな肖像画を思い出した。きっと事件が起こる前に作成したのだろう。夫人と兄二人もいて、幼いコルネリア嬢は母の腕に抱かれていた。
仲睦まじい、幸せそうな雰囲気が滲み出る温かい筆致の絵だったのを憶えている。その幸福が、故意に粉々に打ち砕かれていたのだとしたら。
なんてことを。なんという惨いことを。
怒りと嫌悪で体が震えて止まらない。公爵家が、孤児院の子供たちが一体何をしたというのだ。
「廉くん……?」
「……多分……天然痘だ」
信じたくないけど、と続けた俺の声も、からからに乾いていた。
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