13 養子の裏事情
でもなあ。ここまでの事情と、僕を養子にするという話は全く結びついていないというか、解決策には全然なってない気がするんだけど。
「敢えて血の繋がりのない私を養子に希望なさるのは、なぜでしょうか?」
「まずは、『養子を取れ』というしつこい要求に応えるためだな。臣下とはいえ他家の継承問題に首を突っ込まれるのは極めて遺憾だが、王家との婚姻が関わるなら致し方ない。養子の血筋について指定はなかったのだから構わんだろう」
うわ、全然「致し方ない」って顔じゃないよ閣下。どっちかというと「度し難い」って顔だ。
「あら、指定はありませんでしたの? うちの子を是非にと推薦する方もいらしたから、てっきり条件の提示があったものかと」
コルネリア嬢はカップを手に微笑んではいるが、目は笑っていない。これまた怖い。
「大抵は、前例や万が一の事態を考えて養子を選ぶからな。耳が早ければ、あわよくば我が子を公爵家にと欲を出す者もおろう。しかし、だからといって、何も定石通りにしてやる必要もあるまい。我が家を食い潰さんとする者共を喜ばせる結果となるなら猶更な」
確かに、この状況なら十中八九、遠縁を含む一族の中から選定すると考えるよな。なら、わざわざ嘴を差し挟んで揉める原因を作らなくても勝手に都合のいい者を選んでくれるだろってことか。立候補する馬鹿もいるし。
でも公爵家にとっては、このタイミングで養子の立候補とか「公爵家を乗っ取りたいでーす」って言われてるようなものじゃん。
こういうの何て言うんだっけ、獅子身中の虫? いや、食い潰した後の皮を被って成り代わろうと目論むなら天邪鬼か? 瓜子姫のやつ。
「そもそも、王家といえど養子選定の領域にまで横槍を入れるようならば、公爵家の内政に対する明らかな干渉となる。私は勿論、他の貴族家も知れば黙ってはおかぬだろう。それこそ『前例』を残してはならぬ」
なるほど。公爵家の後継問題に王家が無理矢理介入して、強引に、かつ王家にだけ都合が良いように捻じ曲げてしまうのは立派な侵略行為だ。一度でも許して成功体験を与えてしまえば、次は別の家が犠牲になる。抗おうものなら「国内の貴族の中で最も身分の高いヴェルニエは従ったのに貴様は逆らうのか」とまるで謀叛人のように扱われるだろう。
「レオネル令息は寄子の家の者で、保護が必要だ。しかも学業は優秀で礼儀正しく、大司教どのが手放しで褒める人格者。だから養子にした。何もおかしくはない。そもそも養子を迎えるのは『我が娘が産んだ後継が成人するまでの中継ぎ役として』なのだから、下手に縁者を迎えて期待させ、将来の火種を作ることもあるまい。誰かに何か聞かれれば、そう答えればよい」
あくまで中継ぎでしかないのに、自分こそが跡継ぎだと勘違いして本来の後継者を排除なんてされても困るしな。閣下の話が全て真実なら、王家あたりが要らん事吹き込みそうだし……あれ?
原作でコルネリア嬢の義弟になった養子は、ヒロインの取り巻き、つまり王子側だ。きな臭く感じるのは気のせいか?
「……私が養子になったとして、公女さまの問題は解決しないのでは?」
「そこは長期戦で追々、といったところですわね。幸い殿下はとっても天真爛漫な方でわたくしを嫌っておいでですから、嫌われるだけ嫌われて、婚約解消の言質を取るつもりですの」
遠回しに「脳みその足りない馬鹿」って言ってるな。まあ、原作の時点で頭の出来はお察しだった。現実でもそうなのか。
「不躾なことをお伺いいたしますが、その……」
「わたくしは殿下をお慕いしてはいないわ。そもそも初対面から最悪でしたし。ね、お父様」
「うむ」
祖父や父と同じように自由にお嫁さんを選びたかった第一王子は、その夢が叶わないと知って癇癪を起こし、初対面のコルネリア嬢を散々に罵ったのだという。王家の皺寄せを喰らっているのは婚約者も同じ、いやむしろ公爵家の方が一方的に貧乏くじを引かされているというのに。というか、四歳児に理想の結婚観があるのはどうなんだ。
あ、でも僕と琴音が四歳だった頃は、既に琴音が「ことね、おとなになったら、れんくんとけっこんする!」って宣言してお父さんを撃沈させてたっけ。だったら不思議でもないのか。惚気ですよ勿論。
それにしても原作の情報との齟齬……あー、あくまであれは王子側の証言でしかなかったな。でも嫉妬深くて婚約者の浮気相手をいびるのは実際に起こった出来事……んんん?
「先王陛下や今上陛下に恨みを持たせないように、王妃殿下が色々と言い含めておるようだ。曰く、我が娘が殿下に一目惚れして結婚したいと私にねだり、私が強引に婚約を迫った。しかし王家の血が薄くなっている今、求婚は断れない、だとな。おかげで我が娘は定期的な面会をすっぽかされ、たまに顔を合わせたと思えば憎々しげに睨みつけられる始末」
「王家より公爵家が偉いだなんて、仰る方も仰る方ですけれど、信じる方も信じる方ですわよね」
凄い面の皮の厚さだな、王妃。広辞苑くらいあるんじゃないか。白粉の厚みかな。漆喰の壁かよ。
建国から長く仕える忠臣の血筋をここまでコケにしておいて被害者ヅラとは、因果が逆になってるじゃねーか。本来は父や祖父の我儘が原因なのに、何の罪もなく逆らえない弱い立場の令嬢にヘイトが向かうよう誘導してる。
「だからわたくし、はっきり申しますと嫌いですの。殿下も、王家も」
「コルネリアの好みは、殿下とは全く違うものな」
「ええ。……わたくしの理想は、降り注ぐ鉄骨から命懸けで守ってくださるような人ですもの」
世界から音が消えた。
喉がひりつくように乾く。冷えてしまったお茶に伸ばそうとした手がみっともないほど震えている。
「……琴、音……?」
「……え?」
コルネリア嬢が、指先で摘まんだ小さな焼き菓子を皿の上に落っことした。大きな瞳まで眼窩から零しそうだ。
「……れん、くん?」
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