11 公爵閣下の提案
※ご飲食中の方は、食後の閲覧を推奨いたします。
公爵家に到着した僕が通されたのは応接室の中でも小さい部屋だった。だからといって、軽んじられているわけではなさそうだ。むしろ、特に親しい人を迎えるための場所に見える。
「お初にお目にかかります、公爵閣下、公女さま。レオネル・デュマと申します。この度はお招きくださり、ありがとう存じます」
内心で疑問に思いながら、僕は礼儀正しく挨拶をする。
件の公爵令嬢が同席しているのも、正直言って予想外だった。銀髪に水色の瞳はヴェルニエ家の色だ。よく似た顔をした親子は仲良く並んで二人掛けの椅子に座っている。
やや釣り目の令嬢とは対照的に、公爵の目尻は下がり気味。一見すると優しそうな雰囲気を纏ってはいるけど……なんだろう、油断できないというか、見た目通りではなさそう。ちなみに親子共に、超がつく美形だ。
そんな彼らの向かいの席を勧められ、着席するとすぐにお茶が運ばれてくる。
良い香りだ。それに美味しい。
スキル顕現の儀式を受けた後に実家で飲んだ紅茶は、先日の第二騎士団長の来訪時くらいしか記憶にない。しかも、お客様に出した後の茶葉を使ってたから薄かった。見ていた団長が眉間に皺を寄せていたので、あの件も調査書に載ってるんじゃないかな。
「教会での暮らしはどうかね?」
「おかげさまで、とても良くしていただいております」
当たり障りのない会話から始まり、「思い出したくないかもしれぬが」という前置きのあと、再確認として第二騎士団から受けた聴取と似たことを聞かれる。王家に提出された調査報告書の写しを閣下はお持ちで、それを見ながらだった。
ちなみに、王城での事件当時、この親子は近くにいて一部始終を見ていたそうだ。そういや式次第だと、ラウルのスキル披露の前がコルネリア嬢だったっけ。うわぁ、順番終わったら離れるんだとばかり思ってた。
「お見苦しいものをお見せしてしまい、申し訳ございません。家族に代わりましてお詫び申し上げます」
僕が原因なんだけどね。そこはお口チャックである。
「君が謝る必要はない。そもそも、あの場にはいなかったのだからね」
「恐れ入ります」
「むしろ、我が家としては、わたくしの能力を今一度知らしめる機会が与えられたようなものでしたし」
「そうであったな」
隣に座った父に向ってにっこりと微笑む公女は、生地や仕立てこそ上質ではあるものの、飾り気の少ないドレスを着ている。小説のカバーや挿絵だとリボンだのフリルだのがゴテゴテしたデザインばかりだったから、てっきりそういうのが好きなんだとばかり思っていたが。
ちなみに、そんなコルネリア嬢のスキルは「水操作」だ。事件の際は汚れた床を水で洗い、汚水を一滴残らず綺麗に桶に収めてみせたそうである。勿論、彼女は徹頭徹尾、水に指一本触れてはいない。
僕の「油操作」とはある意味対照的だな。もっとも原作のレオネルは最期まで自分のスキルを知らないままだったけれど。
「ありがとう存じます、公女さま」
「あら、それは何に対するお礼かしら?」
僕が真犯人だからです。とは言えないので、当たり障りのない理由を述べておく。
「家族と、それから祝祭に居合わせた皆様の苦痛を濯いでくださったことに対して、です。……その、視覚的にも嗅覚的にもかなり酷い有様だったと、オベール団長から伺いましたので……」
「そうね……あの後、ラウル令息が巷で何と呼ばれているか、ご存じ?」
「いいえ、公女さま」
「『怒涛の剣聖』ですって。お可哀想にね」
「……さ、左様、ですか……」
頬を多少引き攣らせた程度でその場を耐えた。笑わなかったのを誰か褒めてほしい。
怒涛とは、激しい大波や荒れ狂う波のことだ。つまり、激しく押し寄せたのだ。下した腹がシモに向かって。波が。具体的に何がとは言わないけど。
そんな渾名が付けられたってことは、かなり景気よく噴射したようだ。うわぁ想像しただけで無様すぎる。
子供が大きな力や刃物を振り回す場だから披露の舞台は危険が無いよう広めに作られていると、式次第を確認する伯爵が言っていた。だから無関係の第三者が直接被害を被ることはないだろうと思って決行したわけだけど、貴族の言葉選びって優雅で容赦なくて怖いな! 僕的には大爆笑だけど!
「それにしても、君は実に礼儀正しい。あの両親や弟と血が繋がっているとは到底思えぬ」
いつも座学や礼儀作法から逃げ回ってたせいで、祝祭前日に慌てて式次第と一緒に最低限の作法を叩き込まれてたラウルや、そもそも教育が最低限に絞られていた僕はともかく、伯爵夫妻はダメだろ。寄親の公爵閣下に対して、一体何やらかしたんだ。
「恐れ入ります」
気にはなるけど、基本的に身分が下の者は上の者に許可なく話しかけてはいけない。そして、わざわざ許可を取ってまで知りたいことでもない。今はただ、不安を表情に滲ませるだけに留めておく。
「今までちやほやされていた次男が公の場で大失態を犯し、名誉を失って笑い者になった。しかも折角の希少スキルを活かす場も失われた。子供とはいえ、貴族としてはかなり良くない状況だ。そこまでは解るね?」
「はい」
お、説明してくださるようだ。よしよし。
そうだよな、騎士団に入れなくなったら「剣聖」スキルを活かす場なんて、それこそ兵士になるくらいだ。
でも兵士は平民で構成されていて、仮にそっちを目指すなら貴族籍を抜かれることになるだろう。だからラウルは選ばないだろうな。
ちなみに教会の聖騎士を目指すのは、騎士団入団を断られてる時点で無理。王家に忠誠誓ってる騎士団より、規律も求められる入団条件も厳しいらしいので。
じゃあ腕を磨いて教える側に回る?
いや、引退した元騎士がたくさんいるのに、なれなかった奴から教わろうなんて貴族はいないか。だとしたら、どちらにせよ平民相手の仕事になる。貴族と同等の生活水準を維持できるほど稼げはしないだろう。
「だから今更、瑕疵のない君を連れ戻したがっている。しかし我々は、君を伯爵家に返しても意味がない……寧ろ君を取り巻く状況は悪化するだろうと確信すらしておるのだ」
「……はい」
大人しくなるかと思ったら、逆だったか。
そっかー。ラウル、どうしてくれようかな。
「そこで、だ。……まず本題に入る前に、コルネリアよ。彼をどう見る?」
「問題ないと存じますわ」
「ふむ」
一つ頷いた公爵は人払いをする。僕たち三人以外が全員ぞろぞろと退出していくのを内心ちょっと警戒しながら見送った。スキルがばれてたりなんて……しないよな?
「では、レオネル君。君をここに呼んだ理由を話そう。我がヴェルニエ家の養子に入ってほしいのだ」
「……は?」
いやいやいやいや。なぜに?
お読みいただき、ありがとうございました。
祝祭の日に何があったのかが判明しました。種明かしは15で語られます。お楽しみに。




