10 ヴェルニエ公爵家
現在、国内に三つある公爵家は全て王家の血を引いていて、王家から降嫁があったり逆に嫁いだりと、尊き血筋のストック役も務めているという。
その中でも、特にヴェルニエは最も古く、最も王家の血の割合が多い家だと習った。始祖は建国当時まで遡るとか。
そんなお家の一人娘が、原作の悪役令嬢コルネリア・ヴェルニエだ。
嫉妬深くて、婚約者の第一王子に近付く女性は、例え使用人であっても目くじらを立てるタイプ。当然ヒロインは目の敵にされていびられる。
虐めは良くないが、そもそもの原因を作ったのは、他人の男に色目使って寝取ろうとしたヒロインと浮気した王子だ。一方的に悪役呼ばわりされる筋合いはない。まして、無関係の第三者に殺されるなんて余りにも救いがないだろう。
しかも、この世界は身分社会である。多少優れたスキルを持っているからといって、平民が王家と公爵家の政略結婚に亀裂を入れようだなんて不遜にも程がある。何なら、百回くらい抹殺されてもおかしくない。実はいびりで済んでいただけ温情なのである。
「……原作の伯爵家、やっぱり一族郎党まとめて消されてるんだろうな……」
建国から続く由緒正しい家の、唯一の後継者を殺してしまったのだ。最悪、他に代えがたい王家の血筋ストックが一つ消える。
養子(ヒロインの取り巻きだよ! お約束だね!)は取っていたけど、彼は分家の中でも遠縁だったはず。デュマ家の族滅は待ったなしだ。
もっとも虐げられていたレオネルからすれば、好きな子の為に死ねた上に、憎い家族に最悪の不名誉を与えて道連れにできたのだから万々歳かもしれない。
言葉通り、死なば諸共。全方向に迷惑。本人は正義を為すような、殉教するような気分だったのかもしれないが、やったことは正にテロ。
しかも報われたとはお世辞にも言い難い。ヒロインは割と早い段階で都合の悪い記憶をぜーんぶ頭からすっ飛ばしたみたいだから、結局のところ記憶にすら残れなかったし。
自分たちの恋のために死んだ人がいると憶えてたら、あんな甘々ハッピーウエディングであたし幸せ~、なんて語尾にハートマーク付きそうなお花畑思考はできないと思うんだよ。
(そういえば公爵家、養子はまだ取ってないみたいなんだよな)
貴族名鑑の公爵家のページに名前がなかったのだ。どこだ? と思って探したら、実家であるマイヨ子爵家にいた。
ちなみに公爵家の唯一の継嗣が第一王子の婚約者になっているのは、原作ではコルネリアが王子に一目惚れして、どうしても殿下じゃなきゃ嫌だと駄々をこねたから、だったっけ。王子がヒロインにそう言ってたような。で、娘に甘い父公爵は養子を取った、と。
でも、なんか腑に落ちないんだよな。
貴族名鑑を見る限り、原作で一人娘と言われていたコルネリアには、どうも兄が二人いたようなのだ。
名前の上の取り消し線と、横に書き足された日付は死亡を意味する。公爵夫人も同じ頃に亡くなっているようだった。
たった一人残った家族であり、家の大切な継嗣である娘を、本人が望むからといってホイホイ嫁に出すか?
それに、遠縁の養子じゃ、王家の血を保存する役目は果たせなくなると思うんだよ。貴族社会の端っこも端っこで息を潜めていた僕でも分かる。
だからいくら可愛い娘のお願いでも公爵は首を縦に振らないと思うんだけど、その辺はどうなってるんだろう。
(いや、今気にするべきは他所様の家の跡継ぎ問題じゃない)
ついつい現実逃避してしまっているのは、極端に緊張しているからだ。
今、僕は一人で馬車の中にいる。ヴェルニエ公爵家から服一式と一緒に「遊びにおいで」とお手紙を貰ったからだ。言うまでもなく、ほぼ強制。服のサイズを知ってるのは……まあ、教会で着てる服から測れば分かるか。
公爵閣下が会いたがっているとオベール団長から聞いた僕は、すぐさま大司教さまに相談した。伯爵は僕を人に会わせるつもりがなく、礼儀に関する教育は最低限。礼儀作法や言葉遣いに不安を覚えたからだ。前世も高校生で、敬語に詳しいとは言えなかったし。
一通り確認した結果、案の定、教育が足りてなくて慌てて学び直しに。相談して良かった。
お迎えの馬車は奥方や子息令嬢が私的に使う大きさのもので、箱の部分は小さめに作られている。それでも公爵家の紋章が付いていて、馬も四頭立ての立派なものだ。座面はベルベットでふかふか、揺れてもお尻に衝撃がこない。
僕は顔を上げて、窓にかかったカーテンの隙間から馬と御者を見る。
立派な青毛のお馬さんたちは黒い毛並みが艶々と陽光に輝き、四頭とも大きさや毛色が同じに見えるよう揃えてあるようだ。馬装にはよく磨かれた金色の金具が付いていて、漆黒によく似合う。後ろ姿しか見えない御者も、背筋をピンと伸ばした堂々たる振る舞いである。
全てにおいて、伯爵家とは格が違いすぎる。前に乗ったのは五年前だから、記憶は多少あやふやになってるけど。
服だってそうだ。一見シンプルに見えても、明らかに手触りが良い。シャツも新品の麻なのにゴワゴワしていない。多分、地味にお金かかってるやつだと思う。
そういえば、王家や総大司教さまに責められた両親が虐げてない証拠として「あの子には新品のシャツを渡しておりました」とかなんとか言い訳してたようだ。
でもそれは単に、ラウルが新品特有の硬い生地を嫌がったからで、僕のためじゃない。
麻は人が触れるたびに少しずつ肌に馴染むように柔らかくなっていく繊維だから、他人に少し着せて柔らかくなったのを回収していたのである。現に、与えられたシャツは常にサイズが合わなくてブッカブカだったし、着やすくなった途端に取り上げられていた。この世界には下着としてのパンツが存在していて、前世の中近世みたいにシャツが下着を兼ねるなんてことがないからこそ出来ることだ。
ちなみに、大司教さまとお会いするとき用のシャツは別に用意されてた。毎回シャツだけ新品なのは明らかに怪しまれるからね。それを考慮する程度の頭はあったらしい。でも結局、第二騎士団が来たときは、痣のある手を隠すのを優先したメイドが着替えさせなかったせいで怪しまれて、有責カウンターが無事に回った。無駄な努力だったってわけだ。
というか、仮にも伯爵家だぞ。親が子にサイズの合った服を新品で与えるのは当たり前なのに、そしてラウルには新品を与えているのに、なんでそこアピールできると思ったんだろう。
まあいいか。あいつらの思考なんて、どうせ僕には分かりっこない。今は別のことを考えよう。
「……それにしても、どうしてこの馬車なんだろうな……」
立派すぎて、ものすごく目立つ。
閉じられたカーテンの隙間から時々外を覗くと、大抵往来の人々は道の端へ避けて頭を下げていた。明らかに伯爵家より良い服を着ている人々もだ。
自分で選んで乗ったわけじゃなくても、何となく騙してるような心地になって落ち着かない。
うーん、公爵家ともなれば、紋章のない簡素なものも持ってそうなものだけど。ほら、お忍び用とか。それとも逆に、公爵家だからこそ質を落とせない、とかなんだろうか。
お読みいただき、ありがとうございました。




