閑話 『災禍』担当官 綾瀬
ある日の検査。
悲鳴を押し殺すあいつをみて、俺は安堵していた。
実験の結果は、ちゃんと出ている。これはちゃんと意味のある行為だ。
綾瀬は検査室の隅、記録や指示に忙しなく動く同僚の後ろで、一人静かに壁に背を預けていた。
視線の先には『災禍』と呼ばれる少女がいる。
俺らはあいつの意味のわからん力を解明することは未だにできていない。
ただ、あいつが力を使う時に、ある素材に触れていると、嫌がることが発見できた。
それも、複数の素材に対して、痛みを感じているような反応をしたのだ。
まあ、その発見も偶然や奇跡に近かったらしいが。
あいつに行う検査、いやあいつを使って行う実験にまったく心を痛めないわけではない。
目の前で小さなガキが、苦痛に身をよじらせるのだ。
普通の子供のように、大声で泣きわめくことすらせず。
俺以外にも、それに罪悪感を覚えている奴らは、それなりにいて。
例え、あいつが『災禍』であっても、恐怖を抱いても。
心の底から、この儀式を喜び楽しんでいるのなんて、そうはいない。
だが、これしかない。
あいつの力を管理するには、こうするしか。
この方法しか、あいつのわけわからん力を止める方法は見つからなかった。
あいつの能力は、実に様々な現象を起こす。
ゆえに、共通点が見つからず、能力を直接操作する方法はわからなかった。
それなら、力を行使する彼女の集中を乱してしまうのはどうだろう?
痛みを与えることによって、力を行使するのを止めればいい。
誰が言い出したのか、あるいは総意か。
いつからか研究の方向性が変わった。詳細をあいつに吐かせるのではなく、今の方法へ。
まあ、以前の方法もくだらないものだったらしいが。
記録を見たが、尋問でも詰問でもなく、拷問のようだった。
今も、そう変わりはしないかもしれないが。
抑制器なんて、名ばかりだ。
あれらは、例の力を使った時、あいつが痛がった素材でしかない。
軽量化だなんだと、あいつを外に出す気もないくせに、細く軽い石のリング状のものまで作って検査しているが、枷や鎖の形だけで十分だろ。
普段牢にいるあいつがしているような。
ごつい鎖をつけるガキを見ないと、そのくらいでないと、俺らは自覚しない。
自分たちが何をやっているのかも、あいつが厄災の象徴であっても小さなガキには変わりないんだということも。
それでも、これには、この研究にも意味はある。
俺は、痛みに苦しむあいつから目を離さず、ただ見ていた。
光景を瞼の裏に焼き付けるように。
検査はまだ終わらない。
組んだ腕は、力を入れすぎて、二の腕の骨が痛みを訴える。
意味がある。
そう思うことで、俺は罪悪感を抑え込んだ。
あいつだって、どうせつけるなら、重い枷より軽いほうがいいだろう。どうせこれからだって、あの特異な力を抑える抑制器はつけなければいけない。
俺は、胃のあたりが、ずしんと重たくなるのを感じ続けていた。
とうとうあいつが意識を失い、反応が鈍くなった。
本日の検査も滞りなく終了した。
周囲の職員が一仕事終えた風体で、散り散りになっていく。
俺の仕事の一つは、あいつの世話役で、逆にこれからが一仕事だった。
意識のないあいつを抱えて地下室に運び込まなければならない。
綾瀬はゆっくりと、少女に歩み寄った。
こうして寝ているところを見ると、あいつの空色の長い髪は、流れる澄んだ川のようで、美しく見えなくもなかった。
閉じている目は、髪と同じ透き通った空色だったはずだ。怖くてしっかりと目を見たことはないが。
一瞬あいつがひどく神聖なもののように感じられて、俺は足踏みをした。
その幻は、瞬きの間に消えてなくなったけれど。
近づいて顔を覗き込む。
ガキらしくなく、眉間に深いしわを寄せて、少し息苦しそうに眠り込んでいる。
寝ている姿はただのガキなのにな。
これが、『災禍』・・・。
俺は何とも言えない思いを頭を振って消し去り、脱力しきって重たい体を何とか抱き上げる。
しばし迷って、結局綾瀬は抱えた少女の背をトントン叩き、撫でさすった。
小さな子供が寝苦しそうにしているのがあまりにも哀れだったので、それは気まぐれにすぎなかったけれど。




