第五話 視察の日
また朝が来た。
またいつの間にか、牢に戻されている。
ベッドに寝たまま、まだぼーっとする頭で、天井を見上げる。
何か夢を見ていたような気がした。
けど、どんな内容だっけ?
誰かと話していたような。
どこかを力の限り駆けていたような。
遠い夢のかけらを掴もうと、ずいぶん長い間、ぼーっとしていたようだ。
「おい、サイカ」
呼ばれて、私は驚いて、扉を見た。
いつの間にかアヤセが格子窓から、顔を覗かせている。
「起きろ、湯浴みの時間だ」
私がこの牢から出れるのは、毎日のケンサと、時々の入浴の時間くらいだ。
今日は入浴が先らしい。
いつもとは逆だ。
いつもはケンサの後、気を失っている私を、たまにアヤセが叩き起こして、そのまま湯浴みに連れ出されるのに。
そんなでも、私はお風呂は好きだ。
体を綺麗にするだけなら、魔術でもできる。
でも。
湯船に浸かって、ほっと息をつく。
あの感覚に勝るものではない。
私はさっと起き上がって、扉に近づいた。
鼻歌を歌いたいほど気分がいい。
私は歌なんて知らないけど、嬉しい時はこう表現するのだと、どこかで読んだ。
ん?
今日のアヤセは、妙にキレイ。
いつもはヨレヨレの白衣に、顔に濃いクマを作って、死にかけみたいな格好なのに。
私の方が、健康的な顔色をしているくらい。
今日のアヤセは、いつもよりキレイな服を着て、顔にも髭がなく、髪も後ろに流して整えられていた。もちろん白衣もシワひとつない。
いつもとは大違い。
私はパチパチと二度瞬きをする。
今日は何かあるのかな?
わからない。
ガチャガチャ。
アヤセが扉の錠を外していく。
いくつもあるそれらは、こちら側からは開けることができないし、外側から鍵で開けるのにも、ちょっと時間がかかる。
アヤセはだいぶ速くなった。
一際大きな音がして、鍵の開いた扉を、アヤセが開けてくれる。
ついでに中に入って、足の鎖の固定も外してくれた。
私が牢の外に出ると、アヤセはすぐに牢の扉だけを閉めて、私を追い越し、さっさと階段を登り出した。
鍵は、私を牢の外に出さないためのものだから、私が外にいる時は、基本的に放置だ。
そもそも、この牢には、私とアヤセ以外来ないけど。
それにしても、今日は妙に騒がしい。
本当に今日は何があるんだろう? 私は首を傾げた。
何やら準備しているケンサ室を抜けて、程なくすると、浴場の前についた。
男女に分かれた印がある。
女湯の前で、ようやくアヤセは足を止めて振り向いた。
アヤセが送ってくれるのは、ここまでだ。
アヤセは男だからなんだって。変なの。
「いいか。今日は『お披露目』の日だからな。念入りに洗ってこい。特に今回は妃殿下がいらっしゃる。汚い姿を見せるなよ」
脅しつけるように、アヤセは言った。
『お披露目』?
そうか、だからなんだ。
施設には、たまに王宮からお使いがくるらしい。シサツなんだって。
来るのは、毎回偉い人みたい。
この日ばかりは、みんな身なりに気を遣う。
偉い人相手だと、必要なんだって。
まあ、普段のケンサとやることは変わらない。
アヤセが手足の鎖を外してくれる。
代わりに、最近ケンサでつける輪っかを付けられた。
まだ何か言おうとしているアヤセを待ってみたけど、結局、女湯の入り口を指しただけだった。
脱衣所はもちろん誰もいなかった。
ケンサの時以外、皆私のそばには来ない。
私は浴場の扉の近く、隅の棚の2段目を使うことにした。
さっさと一枚だけの自分の服を脱いでしまって、いそいそと浴場に向かう。
扉を横に滑らせると、むわっと熱気が顔を打つ。
私は数度瞬きする。
視界が晴れた先には、広い湯船が見えた。
湯船にはたっぷりのお湯が張られ、床のタイルは濡れていた。
どうやら大人たちが先に入ったようだった。
私はいつも通り、お気に入りの場所で、湯を被る。
丁寧に汚れを落とし、頭に布を巻いて、長い髪を収めると、念願の湯船だ。
湯船の淵に座って、そろそろと足先から湯につける。
熱い。
今日は運がいい。大人たちが入ってから、それほど経っていないらしい。
湯が冷めていなかった。
足を完全に底につけたところで、淵から少し離れる。
そして、覚悟を決めて、一息に肩まで湯に浸かった。
「ふあ・・・」
熱いのをしばらく我慢していると、体の内側がポカポカしてくる。
私は身震いした。
手足がじんわり温もる感覚に、ほうっと息が溢れる。
体が温まったら、今度は湯船の淵に寄っていって、そこに両腕を組んでおく。
頭をのせて、足を伸ばせば、私の軽い体はお湯の中を泳ぐ。
この奇妙な浮遊感がとても気持ちいい。
あんまり長くいると怒られるけど、ちょっとなら。
私は、ちょっとだけ遊ぶことにした。
内緒だから、静かに。




