閑話 『災禍』担当官 綾瀬
廊下に出た綾瀬の足取りは、重かった。
この間余計なことを口にしたせいで、まさか災禍が食事すら拒否するなんて。
前だって、あいつの態度は諦観交じりではあったが、今は生きることすら諦めている。
あんなの、消極的な自殺としか思えない。
俺のせいだ……。
綾瀬は、自責の念に、深くこぶしを握り締める。
思わず舌打ちをして、我に返る。
これも、あいつが怖がっているのはわかっているのに、中々やめられない。
最低だな。
顔を上げて、気づく。
いつの間にか、足を止めていた。
上司の部屋のすぐそばまで来ていたらしい。
上司の執務室の扉をノックし、入室の許可をもらう。
研究主任は、書類から顔を上げた。
「どうした? 随分顔色が悪いが」
綾瀬は一拍迷い、言った。
「……災禍が、食事を拒否しています」
主任の目が細められる。
言っちまった。
あのまま死なせてやった方が、あいつにはよかったかもしれないのに。
「いつからだ?」
「三日ほど前から」
「ああ。あの騒ぎの日か。なぜ報告が遅れた?」
その問いに、綾瀬は言葉を飲み込んだ。
「……自分の判断ミスです」
主任は、冷淡に頷く。
「わかった。もういい。
君は処分が下るまで、引き続き自室にいるように。
すぐに、癒局と神祇局に、報告を回す。
災禍は死なせるわけにはいかん。預言のときまでは」
その言葉に、綾瀬は肩を揺らした。
先ほど、あいつに自分も言った台詞が、妙に気に障った。
綾瀬は、上司に退出の許可をもらい、寮の自室に向かう。
もう夜だ。
本日の業務はとっくに終わりだった。
あの子は、……死ぬために生まれてきたわけじゃねえよ。
心の中でそうぼやきながら。
けれど、それを大声で言う勇気は、まだなかった。




