表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
物語の塔  作者: ck
シナリオ
PR
11/13

第2話 灰かぶりのいない街

十二時を告げる鐘が鳴っていた。


 一度。


 二度。


重く、長い音が夜の空気を震わせる。


リオが目を開けると、頭上には巨大な満月が浮かんでいた。


足元には、濡れた石畳。

左右には白い壁の家々が並び、窓辺に飾られた花が夜風に揺れている。

遠くには、いくつもの尖塔を持つ王城が見えた。


塔の大書庫とは、まるで違う。


風がある。匂いがある。

どこかの家から、焼いた小麦と砂糖の甘い香りが漂ってくる。


石畳を走る馬車の音。

衣服の擦れる音。

人々の足音。


あまりにも現実らしかった。


 三度。


 四度。


リオは周囲を見回した。


すぐそばに、アリアが立っていた。

少し離れた場所では、トマリが自分の身体を確かめるように、両手を眺めている。


「本当に入ったんだな」


驚いてはいる。

だが、その声には恐怖よりも好奇心が勝っていた。アリアは何も言わず、耳を澄ませている。


リオは手元を見る。

塔で与えられた黒い本が、そのまま残っていた。


表紙を開く。


最初のページに、見覚えのない文章が浮かび上がっている。


――物語を見つけよ。

――物語に認められた者は、その一部を持ち帰ることができる。


文章の下には、長方形の空白が並んでいた。

カードを収める場所なのだろう。

さらにページの隅には、時計が描かれている。


針は、十一時を指していた。


その間にも、鐘は鳴り続けている。


 五度。


 六度。


 そして、七度。


リオは顔を上げる。


「おかしいですね」


「何が?」


トマリが尋ねる。


「この本の時計は十一時です」


「鐘は十二時を知らせてる?」


「まだ十二回鳴ると決まったわけではありません」


リオが答えた直後、八度目の鐘が響く。


 九度。


 十度。


 十一度。


 そして十二度目。


最後の音がゆっくりと流れ、やがて消えた。

黒い本の時計は、十一時一分を示している。


「やっぱり合ってないな」


トマリが時計台を見上げた。


「時間がずれているのか、それとも鐘の方が別の意味を持っているのか」


「現時点では判断できません」


「そりゃそうか」


トマリは素直にうなずいた。

リオは改めて周囲を見た。

街には、多くの人々がいる。


若い男女。

年老いた夫婦。

華やかなドレスを着た令嬢。

正装した紳士。


皆、同じ方向へ歩いていた。


王城だ。


何十人もの人間が城へ向かっている。

皆、何かに引かれるように、ただ前へ進んでいる


アリアが小さく言った。


「静かすぎます。」


「そうか?」


トマリはそう言ってから、すぐに周囲を見渡した。アリアがすかさず挟む。


「話し声も、笑い声もない。靴音と車輪の音しか聞こえません」


言われてみれば、その通りだった。


人は多い。


だが、街は静かだった。


王城へ向かう人々は、舞踏会の招待客というより、決められた場面へ配置される人形に見える。


トマリが歩道の端に寄り、一人の女性を目で追った。


青いドレス。金色の髪。白い手袋。

女性が視界のの向こうへ消える。


今度は赤いドレスの女性が現れ――


「あの女の人」


トマリが言った。


「同じ顔でしたね」


「服だけ違う」


赤いドレスの女性も、王城へ向かって歩いていく。さらにその後ろから、三人目が現れた。


顔も体格も同じ。今度は、膝丈の現代的なワンピースを着ている。


「背景モブの使い回しみたいだな」


トマリは三人目を見送った。

リオは通りを行く人々の衣装を改めて観察する。


中世風のドレス。

近世ヨーロッパ風の衣装。

装飾を抑えた児童劇のような服。

現代のパーティードレス。


王城へ向かう馬車も統一されていない。


金色の豪華な四輪馬車。

簡素な荷馬車。

巨大なカボチャをくり抜いたような車体。

その間を、黒塗りの自動車が通り過ぎた。


トマリが怪訝な表情を浮かべ、車を指さす。


「シンデレラって、車でも舞踏会に行くんだっけ」


「翻案によっては、舞踏会ですらありません」


リオは答えた。


「学校のパーティーや、芸能界のオーディションに置き換えられることもある。王子も、富豪や社長、俳優などに変えられる」


「なるほど。元の形を保ってるとは限らないわけか」


「そもそも、元の形が一つではありません」


リオは王城へ続く道を見る。


「シンデレラに似た物語は、世界各地にあります。母親の墓に生えた木から衣装を得るもの。鳥に助けられるもの。魔法使いが現れるもの。ガラスではなく、金の靴を使うものもある」


アリアがリオを見る。


「ここには、それが全部ある?」


「可能性はあります。それに、後世の翻案も混ざっている。残酷な部分を削ったもの。恋愛を強調したもの。舞台を現代へ置き換えたもの。この街は、それらを区別せず、一つの物語として重ねているように見えます」


「だから、あちこちで設定が食い違っている」


トマリが言った。


「ええ」


「面白いな」


その音の違和感に、アリアがわずかに目を細める。


トマリは視線に気づき、言い直した。


「いや。危険なのは分かってる。ただ、どういう仕組みでこうなってるのかは気になる」


「漫画家だからですか」


リオが尋ねる。


「たぶん。話の矛盾を見ると、どうしてそうなったのか考えたくなる」


トマリはリオを見る。


「あんたも似たようなものじゃない?」


「私は、知っていることを当てはめているだけです」


「それができるのも十分すごいと思うけどな」


それ以上、トマリは追及しなかった。


褒め言葉として受け取るべきなのだろう。

だがリオは、その言葉にわずかな居心地の悪さを覚えた。


知っている物語を分解し、構造を見つけ、もっともらしい意味へまとめる。


それは、かつて何度も繰り返してきた行為だった。


リオは黒い本を閉じた。

アリアは、なおも遠くの音へ耳を澄ませている。


「鐘も、その一つかもしれません」


「鐘が?」


トマリが尋ねる。


「さっきの鐘は、あの時計台から鳴っていません」


アリアが街の中央を指さす。

そこには高い時計台が立っていた。


「分かるんですか」


リオが尋ねる。


「響き方が違いました。もっと遠くて、広い場所から鳴った音です」


「城からでは?」


「城とも違います」


「では、どこから」


「分かりません」


アリアはそう答えたが、その声には確信があった。 


リオは二人を見る。


トマリは、世界の食い違いを見つける。

アリアは、目に見えない音の差を聞き分ける。

自分は、そこに存在する物語を読み取る。


偶然なのか。


あるいは塔が、意図的にこの三人を同じ世界へ送り込んだのか。



「ここからどう動く?」


トマリが尋ねた。


「まず、この世界の中心を探すべきでしょう」


リオが答える。


「中心って、王城?」


「そうとは限りません。シンデレラの物語なら、城だけではなく、彼女の家や母親の墓にも意味があります」


「なるほど。目立つところが一番重要とは限らないわけだ」


トマリは納得したようにうなずいた。

その横で、アリアが言う。


「私は鐘の音を探します」


「一人で?」


「はい。三人で同じ場所を調べる必要はありません」


トマリは少し考えた。


「それもそうか。なら、離れる前に一つだけ提案していい?」


アリアは返事をしなかったが、その場に留まった。

リオも続きを待つ。


「塔には七人いる。三勝すれば出られる。同じ相手とは一度しか戦えない」


トマリは指を折りながら、確認するように言った。


「だからって、俺たちが今すぐ敵同士になる必要はないと思う」


「共闘を提案しているんですか」


リオが尋ねる。


「そこまで強いものじゃない。とりあえず、互いに戦うのを後回しにしないかって話」


探索中に得た情報は、可能な範囲で共有する。

危険な状況では助け合う。

ただし、常に一緒に行動する必要はない。

塔へ戻った後も当面は互いを対戦相手に選ばない。


「残りは四人いる。三人とも抜けられる保証はない。でも、今ここで潰し合うよりは、生き残る可能性を残せる」


リオは考える。

理屈としては分かる。

もっとも、三人全員が残り四人から三勝できるわけではない。相手が二連敗して死亡すれば、それ以上は戦えない。


こちらが負ければ、逆に追い詰められる。


他の者同士が先に戦い、対戦可能な相手が減ることもある。


「他の者が二連敗すれば、その時点で対戦相手が減ります」


リオが指摘すると、トマリはためらわずうなずいた。


「そうだね」


「三人全員が生き残れる作戦ではない」


「うん。必勝法ではないし、約束したから全員が助かるわけでもない」


「それでも提案する理由は?」


「俺は、今知り合ったばっかの二人を最初から敵だと決めたくないだけ」


トマリは、街を行く人々へ視線を向けた。


「少なくとも、話ができる間は話をしたい。それに今は、三人で争うより、世界のことを調べる方が先だろ」


合理性だけではない。

だが、善人を装っているようにも聞こえなかった。今すぐ争わずに済むなら、その方がいい。


極めて単純な考えなのだろう。


「私は賛成です」


リオは答えた。


トマリが小さく笑う。


「ありがとう」


その言い方に、からかう響きはなかった。

アリアがわずかに眉を動かす。


「即答するんですね」


「少なくとも、この世界を出るまでは、私たちが争う理由はありません」


「この人が約束を守る保証は?」


「ありません」


「それでも?」


「今は、裏切る利点より協力する利点の方が大きい。探索においても、観察できる範囲が増えます」


リオはトマリを見る。


軽い態度ではある。

だが、提案の不確実性を隠してはいない。

都合の悪い部分を伏せ、信用させようとしているわけでもなかった。


「一人で動くこと自体に問題があるとは思いません。ただ、この世界について分からないことが多すぎる。手段を限定する必要もないでしょう」


アリアはリオをしばらく見つめた。


「あなたは、この提案が正しいと思っているんですか」


「正しいとは言っていません」


「では、なぜ受け入れるんですか」


「現時点では、最も損失が少ないからです」


アリアは視線を外した。


「私は参加しません」


「分かった」


トマリはすぐに答えた。


あまりにもあっさりしていたため、今度はアリアがわずかに彼を見る。


「理由を聞かないんですか」


「聞いても、決めたことは変わらなそうだから」


トマリは肩をすくめる。


「無理に組ませても、うまくいかないだろ」


「あなたは、他の四人を先に対戦相手として使おうとしている」


「そう見えるのも分かる」


「私は、その考え方を受け入れられません」


「うん」


トマリは否定しなかった。


「俺は、まず自分が生き残る方法を考える。たぶん、そこは君とは違う」


アリアは少し意外そうに黙る。


「でも、君の考えが間違ってるとは思わないよ」


アリアの拒絶を、彼は説得しようとしなかった。

理解できないものとして切り捨てることもしない。ただ、自分とは違う選択として受け止めている。


「私は鐘の音を探します」


アリアが言った。


「分かった」


アリアは王城とは反対の道へ歩き始める。


リオが呼び止めた。


「一人では、得られる情報が限られます」


アリアは足を止めた。


「あなたたちと一緒にいれば、見えなくなるものもあります」


「それは否定しません」


「なら、私は自分で調べます」


「分かりました」


リオはそれ以上引き止めなかった。

単独行動を選んだのはアリア自身だ。

危険を理由に、その選択を奪う権利はない。


アリアは一度だけ二人を振り返る。


「あなたたちも、気をつけて」


「あなたも」


リオが答えた。


アリアはそのまま、路地の向こうへ消えていった。トマリは、彼女の姿が見えなくなるまで黙って見送った。


「追わなくていい?」


「本人が一人で調べると決めました」


「そうだね」


「私たちは、私たちにできることを進めましょう」


リオは黒い本を開く。

時計は十一時十五分を示していた。


「どこから調べる?」


トマリが尋ねる。


「王城以外です」


リオは即答した。


「全員が向かっている場所より、誰も向かっていない場所を先に確認したい」


「シンデレラの家?」


「おそらく」


「意見一致だ」


二人はアリアとは逆の道を歩き始めた。



王城から離れるにつれ、人の姿は少なくなっていく。華やかな建物も減り、道は細く、暗くなった。


街灯の数も少ない。

やがて石畳は土の道へ変わる。


「こういう世界って、必要な場所に勝手に着けるのかな」


トマリが言った。


「どういう意味ですか」


「物語なら、主人公は必要な場所にたどり着くだろ」


「私たちが主人公である保証はありません」


「それもそうだな」


トマリは笑った。


「だったら、ちゃんと探すしかない」


現実ではない。

だが、虚構とも言い切れない。

足元の土は柔らかく、夜気は冷たい。

風が吹けば木々が揺れ、生き物の鳴き声もする。


物語の中であることを除けば、現実との違いを見つける方が難しい。


「呼び方、リオでいい?」


しばらく歩いたあと、トマリが尋ねた。


「構いません」


「俺もトマリでいいよ。先生とか、さんとか、面倒だし」


「分かりました」


「ずいぶん簡単に受け入れるんだな」


「拒否する理由がありません」


「そっか」


トマリはそれ以上、余計な意味を探らなかった。


しばらく無言で歩く。


沈黙を苦にしないリオに合わせたのか、トマリも話題を探そうとはしなかった。

その距離感は、リオにとってありがたかった。


やがて、木々の間に灰色の煙が見えた。


二人は同時に足を止める。


道の先に、一軒の屋敷が建っている。


壁は煤け、屋根は古びていた。

煙突から、黒い煙が細く立ち上っている。

庭は荒れ、人が住んでいる気配はない。


「それらしいな」


トマリが言う。


「ええ」


「行ってみようか」


「慎重に」


「もちろん」


トマリは先へ進むが、一人で突出はしない。

自然にリオの歩調へ合わせていた。


玄関の前まで来て、二人は同時に足を止める。


扉の前に、片方だけのガラスの靴が置かれていた。

月明かりを受け、透明な靴が青白く光っている。


トマリがしゃがみ込む。


「これ、触らない方がいい?」


「所有者が分かりません」


「同感」


トマリはすぐに立ち上がった。


「カードになる可能性はありそうだけど――」


「ええ、《シンデレラ》でこれは露骨過ぎます」

「それに、見つけたことと所有する資格があることは別かもしれません」


「もっと他のもので試してみてからか」


二人は靴に触れず、扉へ目を向けた。


古い木製の扉。

鍵穴はあるが、取っ手はない。呼び鈴もない。


そのとき。


屋敷の中から、音がした。


紙をめくる音。


一枚。


また一枚。


ゆっくりと、誰かが本を読んでいる。

トマリの表情が引き締まる。


「誰かいる」


「そのようです」


ページをめくる音は、止まらない。

一定の間隔で、一枚ずつ。

まるで、屋敷そのものが物語を読み進めているようだった。


黒い本が、リオの手の中で脈打つ。


二人が同時に本を開いた。


空白だったページに、新たな文章が浮かび上がる。


――灰かぶりを探せ

その下に、もう一文。



――ただし灰かぶりは存在しない。



トマリは文章を読み、屋敷の扉を見た。


「矛盾してるな」


「ええ」


「中に入れば、理由が分かるかもしれない」


「罠である可能性もあります」


「それもある」


トマリは先に扉へ触れず、リオを見る。


「入る?」


「入りましょう」


二人が並ぶ。

扉の向こうで、鍵の開く音がした。

古い扉が、ゆっくりと内側へ開いていく。

冷たい灰の匂いが、隙間から流れ出した。

暗い屋敷の奥で、ページをめくる音が止まる。


「じゃあ、しばらくよろしく。リオ」


トマリが言った。


そこに含まれていたのは、打算だけではなかった。


リオも答える。


「こちらこそ。トマリ」


二人は並んで、誰もいないはずの屋敷へ足を踏み入れた。


背後で扉が閉じる。


外に残されたガラスの靴だけが、月明かりの中で静かに光っていた。


――第2話・終

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ