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物語の塔  作者: ck
シナリオ
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10/13

第1話 物語の塔

暗闇の中を、落ちていた。


いや、本当に落ちているのかは分からない。


風はない。身体に重さも感じない。上下も、前後も存在しない闇の中を、ただ意識だけがどこかへ運ばれている。


「ここは……」


声を出しても、暗闇は何も返さなかった。

代わりに、別の声が頭の中へ響いた。




『三度、勝利した者は、塔より解放される』

男とも女ともつかない声だった。


耳で聞いているのではない。言葉だけが意識の中へ流れ込み、拒む間もなく意味となって残る。




『二度続けて敗北した者は、物語にのまれる』

物語にのまれる。


その言葉が何を意味するのか、説明はなかった。




『自ら物語へ入り、その手段を持ち帰れ』

「手段?」




『持ち帰った物語をもって、互いに争え』

「待ってください」


問いかけても返事はない。


「塔とは何ですか。誰と戦うんです。物語にのまれるというのは――」


暗闇の中に、白い亀裂が走った。


光が一気に広がる。


足元が失われた。


今度こそ、リオの身体は落下した。


硬い床へ投げ出される。

リオは片手をつき、どうにか身体を支えた。

衝撃はあったが、痛みはほとんどない。


顔を上げる。


そこは、巨大な書庫だった。


重厚な木製の書架が、果ての見えない高さまで伸びている。革装丁の本が隙間なく並び、真鍮の装飾が琥珀色の照明を反射していた。


床は磨き上げられた大理石。

図書館と呼ぶには広すぎる。


広間の向こうにも無数の書架が続き、その先は淡い光の中へ溶けていた。


しかし、リオの目を引いたのは書庫ではなかった。


メインホールの中央で、二人の男が向かい合っている。


二人の間には、何枚ものカードが浮かんでいた。

床に描かれた光の線が交差し、小さな戦場を作り出している。


一人は、四十代ほどの背の高い男だった。

姿勢を崩すことなく、残された一枚のカードへ手を添えている。彼のそばに浮かぶ黒い本には、白い文字が刻まれていた。




 ――映画監督、カイ。




向かい側の男は、それより若い。スーツの襟は乱れ、額には汗がにじんでいる。




 ――ゲームプロデューサー、サカモト。




リオが到着したときには、すでに戦いは終わりかけていた。

サカモトの前には、兵士を描いたカードが何枚も並んでいる。

対して、カイの手元に残されたカードは一枚だけだった。


「これで終わりです」


サカモトが最後のカードを場へ出す。

兵士たちが一斉にカイへ迫った。


カイは何も答えなかった。


ただ、残された一枚のカードを裏返す。

戦場の中央に、一人の人間が現れた。


兵士でも、英雄でもない。それまで誰にも顧みられなかった、名もない人物だった。


その人物が顔を上げる。


次の瞬間、サカモトの兵士たちが動きを止めた。


整然と並んでいた陣形が崩れ、カードの表面へ次々と亀裂が走る。


「何が――」


サカモトが手を伸ばす。


光が弾けた。


彼の前に浮かんでいたカードが、すべて床へ落ちる。


黒い本が、勢いよく閉じた。




『勝者――カイ』

先ほど暗闇の中で聞いたものと、同じ声だった。


サカモトは、その場に膝をついた。


カイはカードを黒い本へ戻すと、倒れた男へ声をかけることなく戦場を離れた。


リオには、何が起きたのか分からなかった。


分かったのは一つだけだ。

自分がこの場所へ到着したその瞬間、




一人の人間が、敗者になった。





「今、来たところ?」


横から声をかけられ、リオは振り向いた。

三十歳ほどの男が立っていた。


場違いなほど服装が整っている。


突然この場所へ放り込まれたはずなのに、その表情には奇妙な余裕があった。


いや、余裕があるように見せているのかもしれない。


「……そうです」


「やっぱり。俺も同じ」


男は少し離れた場所へ目を向ける。


そこには、若い女性が立っていた。


彼女も黒い本を抱えている。


周囲を見回すというより、この空間に存在する音を探しているように見えた。


「どうやら、追加は三人らしい」


男はリオへ手を差し出した。


「トマリ。漫画家」


リオは一瞬迷ってから、その手を取った。


「リオです。小説を書いています」


「小説家か」


トマリは女性へ視線を向ける。


「そっちは?」


女性は二人を見て、わずかに間を置いた。


「アリアです。曲を作っています」


「作曲家?」


「作詞もします」


「小説家、漫画家、作詞作曲家」


トマリは中央へ目を向けた。


「それで、映画監督とゲームプロデューサー。ずいぶん意図的な人選だな」


リオも周囲を見渡した。


メインホールには、ほかにも人影があった。


だが、戦いが終わると同時に、一人、また一人と書架の間へ消えていく。


カイの姿も、すでになかった。


誰も新しく現れた三人に興味を示さない。


中央には、敗北したサカモトだけが残されていた。


「さっきの声、二人にも聞こえましたか」


アリアが尋ねた。


「三回勝てば帰れる。二回続けて負けたら、物語にのまれる」


トマリが指を折りながら答える。


「物語に入って、何かを持って帰って、それで戦え。だいたいそんな感じだったな」


「何か、ではなく、手段と言っていました」


アリアが訂正する。


「同じじゃない?」


「分かりません」


言葉として理解できても、リオにはその光景を想像できなかった。



物語へ入る。


物語を持ち帰る。


そして、それを使って戦う。


ただ、先ほど中央で起きていたものが、声の告げた戦いなのだろう。


リオは、床へ座り込んでいるサカモトを見た。


「本人に聞いた方が早そうですね」


「同感」


トマリが先に歩き出す。


アリアとリオも、その後に続いた。


足音に気づき、サカモトが顔を上げる。


疲労と苛立ちを隠す余裕はないらしい。


「……何ですか」


「今の戦いについて聞きたい」


トマリが答えた。


「俺たち、来たばかりなんだ」


サカモトは三人の黒い本を順番に見る。


「新しく来た人たちですか」


「トマリ。漫画家」


「アリアです」


「リオといいます」


「サカモトです。ゲームプロデューサーをしています」


サカモトは床に手をつき、ゆっくりと立ち上がった。


「説明なら聞いたでしょう。頭の中に、直接響く声で」


「大まかすぎて、分からないことの方が多い」


リオが答える。


「物語に入るとは、どういう意味ですか」


「言葉どおりです」


サカモトは自分の黒い本を持ち上げた。


「この塔は、いくつもの物語につながっている。僕たちは、その中へ入る」


「本の中に?」


アリアが尋ねる。


「そこで人物と関わる。物を手に入れる。何かを経験する。条件を満たせば、それらをカードとして持ち帰れる」


サカモトが本を開いた。


ページの上には、先ほど戦場に並んでいた兵士の姿が描かれている。


「持ち帰ったカードでデッキを組み、参加者同士で戦う。あなた方が見たのが、それです」


リオはページを見つめた。


「人物もカードになるんですか」


「なります。人物も、物も、出来事も」


「物語を武器にする」


アリアが小さくつぶやいた。


「武器になるかどうかは、使い方次第でしょう」


サカモトは本を閉じた。


「三勝すれば塔から出られる。二度続けて負ければ、物語にのまれる。今のところ、分かっているのはその程度です」


「物語にのまれたら、どうなる?」


トマリが尋ねる。


サカモトは答えなかった。


知らないのか。

知っていて、口にしたくないのか。

リオには判断できなかった。


「ちなみに、今ので一敗?」


サカモトの表情がわずかに固まる。


「ええ」


「なら、次は負けられないわけだ」


「見れば分かることを、確認しないでください」


会話が途切れた。


リオは、次に何を聞くべきか考える。


なぜ、自分たちは選ばれたのか。

誰がこの塔を作ったのか。

そもそも、塔から脱出した先に何があるのか。

尋ねたいことはいくらでもある。


そのときだった。


メインホールの中央で、何かが軋んだ。


先ほどまで二人が戦っていた床が割れ、円形の台座がゆっくりとせり上がってくる。




その上にあったのは、一冊の本だった。


リオたちが持つものより、はるかに大きい。


古びた革の表紙には、片方のガラスの靴が金色で描かれている。


本が、ひとりでに開いた。


夜の城。

光に満ちた舞踏会。

階段を駆け下りていく、青いドレスの少女。

ページの中央に、金色の文字が浮かび上がる。




 ――シンデレラ。




台座の周囲には、いつの間にか四つの窪みができていた。


どれも、黒い本と同じ大きさをしている。


「……始まった」


サカモトがつぶやいた。


「何が?」


トマリが尋ねる。


サカモトは、台座から目を離さなかった。


「物語です」


自分の黒い本を握る、その指に力が入る。


「そこに本を置いた者が、中へ入る」


誰も動かなかった。


アリアはページの中の少女を見つめている。

トマリは四つの窪みを順番に見比べている。

リオもまた、黒い本を抱えたまま立ち尽くしていた。


やがて、舞踏会の奥にある大時計が動く。


短針と長針が、静かに重なり―――




十二時を告げる鐘が鳴った。



第1話・終

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