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ようこそエディット離婚相談所へ  作者: 黒星★チーコ(黑星ちい子)


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第九話

「どんな顔か知らないけどさ。こっちの気持ちにもなっとくれよ。どうせ無駄になるとわかっている商談(・・)に引っ張り出されるなんざごめんだね。何の得にもなりゃしない」


 エディットの姿は鏡からは見えないが、本当に迷惑そうな雰囲気が声から滲んでいる。


「ああ、違うんです。貴女に商談に出ていただくよう説得しに来たんじゃないんですよ。実は、商談そのものがなくなりましてね」


 男はカラッと明るく言った。商談がなくなったのなら損だろうに。鏡に映る顔も楽しそうなぐらいの表情だった。


(商談を断れないようなお得意様に、無理な金額の取引でもふっかけられていたのかしら……?)


 エリザベスはそう考えたが、すぐさまその可能性を消した。彼の姿はどう見ても大規模な商会の主ではなく、個人でやっているしがない旅商人そのものである。無理な取引を強要されたらすぐに商談を打ち切って新しい得意先を見つける旅に出れば良いのだ。


「……ですから、行き違いがあってはいけないと、急いでこちらにお知らせに来たんですよ」

「ああ、もう知っているのかい」


 二人は少しの間口を噤む。鏡越しに見る男の笑顔が少しだけ、深い意味を込めたものに変わった気がした。が、エリザベスにはそれが何なのか読み取れない。

 そうしているとふーっという息遣いとともに煙が広がり、鏡に映る姿も白く霞んだ。エディットが目一杯煙草の煙を吐いたのだろう。そして彼女はこう続ける。


「まあ、どっちにしろ上手くいかないのはわかっていたものね。商品(・・)はこちらで抑えておいたよ」

「……本当ですか!?」


 煙が晴れて、再び男の表情がはっきりと見えるようになると、彼の雰囲気は一変していた。今まで浮かべていた軽薄な笑みはすっかり消え、目はひたと前に座る老女に据えている。その目に込められている感情は……畏怖だろうか?


「ああ、本当さ。早めに返品しておくよ」

「ありがとうございます。エディットさん」

「お礼は口じゃなくお代で頼むよ」

「……フッ」


 彼は吹き出し、そして再び軽薄な笑みを纏わせた。


「流石ですね。まだまだ貴女には勝てそうにない。……しかし今は急いできたので持ち合わせがありません。また次の機会に」

「はいはい。じゃあ次にね」


 男は帰り際、鏡に目を向ける。意外と鋭い視線が鏡を通してエリザベスを貫いた気がして、彼女はびくりとした。先ほどここに連れ込まれた時よりも恐ろしい感じがする。


「……いい鏡ですね」

「気に入ったのかい?」

「ええ、とても」

「だけどコレは売りもんじゃないよ」

「そうですか、殘念です」


 彼は扉から出ていき、バタンと重々しい音が店内に響く。その途端、エリザベスの口から少年の指が離れ、彼女はハァッと息を吐いた。ほぼ同時に少年からも同じような安堵の息が漏れたのを聞き、彼女は少しだけ彼に心を許す気になってしまった。


「すまなかったね。突然で驚いたろう」


 いつの間にかエディットがカウンターの椅子から立ち上がり、エリザベスのすぐそばに立っていた。


「アイツにアンタを会わせるとちょっと面倒くさいことになりそうだったから、アンタの身柄を隠させて貰ったのさ」

「ああ、そうだったんですね」


 エディットの言い訳をエリザベスは素直に受け入れる。素直に納得してしまうくらいに、あの男は「面倒くさいことになりそう」という印象がぴったりきたのだ。

 ……たぶん、彼が愛想のよい仮面を被りながら実際は何を考えているのかが読めなかったからかもしれない。あるいは、エディットの話を横で聞いていた少年が、神妙な面持ちで首を縦に振っていたからかも。


「……ま、悪い奴じゃあ無いんだけどさ」


 何故かエディットは旅商人を少し庇うような言い方をした後、さきほどまでの皮肉めいた喋り方に戻った。


「……で、お嬢さん。サッサとお帰り。そこのハンクはこの街にとても詳しいから、お父様の所まで送り届けてくれるはずさ」


 どうやら店の奥に控えていた孤児らしき少年の名は、ハンクと言うらしい。エリザベスの目がハンクのそれと合うと、彼はまたコクリと首を縦に振った。

 しかしエリザベスの方は、ハイハイと首を縦に振るわけには行かない。


「待ってくださいエディットさん! 試しにニ日間! 二日間だけ弟子にしてくださいませんか!?」

「ハァ?」

「ニ日間、何でもやります! それでエディットさんのお眼鏡に叶わなければ王都に帰りますから……!」


 エリザベスの必死の懇願にエディットは再度口をひん曲げたが、暫く無言になった後、顔をしかめながら問うた。


「二日間の約束だね? それが終わったら帰っとくれよ」

「はい!! ありがとうございます!」


 満面の笑みで返事をする令嬢に、小間物屋の店主は呆れて「やれやれ」と呟いた。この娘はこうでもしないとガンとして帰らないだろうと思ったのだろう。


 エディットの考えはある意味で当たっており、そしてある意味では外れていた。


「エディットさん! 改めて弟子になりに来ました!!」


 二日間の修行を経てから王都に帰ったエリザベスは、父親と膝を突き合わせて何度も話を重ね……そして説得を成功させて、再びメイサの街に戻ってきたのである。

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