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ようこそエディット離婚相談所へ  作者: 黒星★チーコ(黑星ちい子)


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第十話

 ◆◇◆◇◆



「……私にもわからないんです。先週、先代がこれを残して突然居なくなって」


 エリザベスはエディットの置き手紙を旅商人の男に見せた。

 ただ『あとは任せた。暫く留守にする』と書かれただけの。


「……確かにこれはあのひと(エディットさん)の筆跡ですね」


 彼は手紙を灯りの下で確認する。その綺麗な横顔も灯りを受けていたが、エリザベスはさして興味も無く、ぼんやりとしていた。


(何故居なくなってしまったの……師匠(せんせい)


 エリザベスはこの二年間近く彼女のもとで修行をしてきた。

 老女は――もしかして年齢すらも変装による偽りだったのかもしれないが――あらゆる面で素晴らしい師匠だったのだ。

 商売の方法、客の見分け方、表情や言葉から相手が何を考えているのか見抜く方法。更には客の情報をファイリングし、そしてその情報を街の誰に売れば良いか……おまけに、変装術に至るまで。多くのことを彼女から教えられた。


 エリザベスはこの店を、小間物屋としても街の女たちの相談所としても、他にない素晴らしい店だと思っていた。

 そしてエディットのことも。皮肉屋で金勘定に厳しいが、女店主は人情に篤かった。弟子になりたいと押しかけたエリザベスを、なんだかんだ言いながらも手元に置いてくれたのだから。

 もっとも、弟子になった後、実は店主が娼館の管理者と裏で通じていると知った時には一瞬肝を冷やしたこともあったが。

 けれどエディットは彼女を娼館に売り飛ばすような真似はしなかったし、それどころか店に相談に来る女達にも基本的にはその話を一切しない。


「華やかに見えるけれど、心と身体をすり減らしながら、そのすり減らしたもので男の心を一時(いっとき)だけ癒す大変な仕事だよ」


 手に職がなくて安易に身体を売ろうとした女に、こう忠告することさえあったのだ。


 メイサの下町にはこの小間物屋があり、そして店主エディットがいるから、相談に来る多くの女たちが救われている。救われた女たちが家庭や街で明るく過ごすから、子供や男たちも明るくなる。

 街が明るくなれば、治安が良くなる。治安が良ければ、そこにかけるコストは減り、経済は回りやすくなる。旅商人も多く立ち寄るようになり、商売もしやすくなる――――。

 エリザベスはエディットを深く尊敬し、メイサの下町には欠かせない人物だと思っていた。

 なのに、欠かせないはずの彼女が突然消えてしまったのだ。


 エリザベスは愕然としながらも店番を務めたが、三日もすると「今日もエディットさんは居ないの?」と街の女たちが何人も不安げに言うようになった。

 このままでは女たちの悩みも解消しない。それに自分がただ店番をしているだけではエディットのように相談料で日銭を稼ぐことも難しく、ハンクとその仲間の孤児たちも腹を空かせることになる。巡り巡って下町の治安も悪くなるかもしれない。


 彼女は自分の両頬をぴしりと叩き、覚悟を決めた。


(きっと師匠はそのうち帰ってくるもの! それまで私がこの小間物屋を守らなくちゃ)


 そうして変装術を何とか駆使し、ハンクの助けを得ながらエディットのフリをしていたのだ……が。若く健康な状態の爪に絵の具で筋を描いていたところを、怪しい旅商人の男に見抜かれてしまったという訳だった。

 その旅商人は置き手紙を押し返すと微笑む。エリザベスが見慣れた、皮肉げな笑みだ。


「しかし困りましたね。今回はエディットさんを頼るつもりでここへ来たんですが。……貴女は彼女のお弟子さんでしょう?」

「ええ」

「では彼女の代わりに貴女に働いてもらいましょうか」

「えっ?」

「嫌とは言わせませんよ。僕は彼女に貸しがあるんです」

「……」


 エリザベスは口を噤み睨んだ。この男はいつも胡散臭いから。


「おっと、エディットさんが居ないのをいい事に、貸しについて僕が嘘をついているとでも?」

「ええ。そうね」


 男は今度はニコリと笑んだ。


「ハッキリ言われるのは気持ちがいいですがね。嘘じゃありませんよ。僕と彼女は貴女よりずっと()()()()()()なんだ。だから貴女の変装も即座に見抜いたでしょう?」

「う……」


 そう言われると弱い。


「実はね。ある男性が非常に困っているんですよ。彼は未婚ですが男色を疑われているそうでして。つい婚約者が居ると嘘をついたそうなんです。相手は栗色の髪に青い目の20代前半の女性だと。そうしたら友人知人から是非婚約者を紹介してくれと言われてしまい、適当な代役が居ないかと方々探しているそうなんです」

「それなら娼館に行けばいいじゃない。栗毛だろうが青い目だろうが選り取り見取りよ」

「それが、その男性は身分のある方でして。相手も貴族ということにしないといけないんですよ」

「まあ呆れた! 贅沢ね。平民から見初めたと言っておけば良いのに」

「顔の広いエディットさんなら、一日だけ上手く貴族令嬢のフリができる人を紹介してくれたと思うんですが……まあ、貴女にはそんなコネはないですかね?」


 男の言葉尻はなんだか挑発的に思えた。気のせいかもしれないが、エリザベスはそう受け止め、そしてムッとしてしまったのだ。


「いいえ、ありますよ」

「やあ! それは良かった。ではその方に次の土曜日、こちらに来て頂きたい」


 男は店の場所をサラサラとメモに書き付け、カウンターに置いていった。


 

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