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ようこそエディット離婚相談所へ  作者: 黒星★チーコ(黑星ちい子)


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第八話

「何を……」


 エリザベスは店を見回す。商品棚に戻り、木皿の中でも一番上等そうな皿を指し示した。


「このお皿ですね。使用人が使うものとは差別化できるように、質の良い物を売ります」

「……そうかい。じゃあアンタはやっぱり足りないよ」

「えっ、これよりも良いお皿があるんですか?」


 商品を吟味する目が誤っていたか、と彼女は思ったが、エディットの答えは違っていた。


「別にアンタの見立てが悪いわけじゃないけどね。私はその娘にはこう言ったんだ。『皿よりこっちの方が安いよ。もしもアンタらの旦那様がこれを気に入らなかったなら使用後でも返品していいからね』ってさ」


 エディットが指さしたのは、カウンターの脇にある木の匙が入った籠。


「匙を?」

「そう、私は木でできた匙とフォークを勧めたんだ」

「どうしてですか」

「ご両親は坊っちゃんの悪い癖を()めさせたいから、木の皿を使えと言ったんだろう。でも皿が木製になったからって素直に諦めるような子なら、最初っから親に叱られた時点で止めているさ」


 エディットは左手のシガレットホルダーを一旦カウンターに置き、その手で引き出しの中の銀のフォークを取る。フォークと右手にあった匙とを触れ合わせると、先程グラスに当てた時ほどの余韻は無いが、やはり綺麗なチン、という音がした。


「あ!」


 ようやくエリザベスにも合点がいく。


「匙に傷が」

「そう、さっき私は『匙やフォークも痛む』と言った」


 老女はニマリとした。


「それにねぇ。新品の皿を買おうとしたのは使用人たちが坊ちゃんを思いやってのことであって、主の指示じゃないんだろう。その費用も主人から出してもらえるのか怪しいもんだ。じゃあどうせ買うなら安いほうが良いじゃないか」

「……そうですね」

「ま、でも主人の指示を違えて木の匙を出したら叱られるかもしれないから、一応返品可にはしといたけどね」


 エリザベスはここでふと、エディットの言い方にひっかかった。すぐ質問をする。


「そうはならないという自信がおありに?」

「そりゃぁあるさ。皿を匙で叩くクソガキに辟易した父親が『使用人と同じ皿を使え』と命じた。それを使用人たちはいい気味だと思わず、むしろ気の毒がってるんだろう? じゃあその坊ちゃんは食事の時以外はクソガキではないし、ご主人様だってきっと良い雇い主さね」


 今の老女の目はエリザベスに向いていない。ランプの灯りを鈍く弾く銀のスプーンを見つめている。


「良い雇い主は自分の命令と違ったことを使用人が提案したらどうする? もっと良いアイデアなら怒らない。むしろ喜ぶし使用人を褒めるだろう?」


 エディットの答えに、エリザベスは感嘆のため息をついた。そして改めて息を吸うと両手を胸の前で組み、懇願したのである。


「お願いですエディットさん。私をこの店に置いてくださいませんか!」

「……は? なんだい急に」

「商売人になるうえで私に足りないものがよくわかりました。貴女のもとで修行をすれば、それが手に入るかもしれません!」


 キラキラと目を輝かせるエリザベスと対照的に、エディットは口をひん曲げた。今にもタバコの煙と一緒にその口から「うへぇ、勘弁しとくれよ」という言葉が漏れそうだ。と、その時。


 コココ、コン!

 特徴的なノックの音がした。


「ハンク、この()を奥に!」


 エディットが扉に目を向けたまま素早く言う。エリザベスは何のことかわからず頭の中に「?」を浮かべようとしたが。その間もなく、視界が斜めにブレた。


「むぐっ……!?」


 カウンターの更に奥、おそらくプライベートスペースと思われるところから小さな身体が風のように飛んでくると、片手でエリザベスの口を抑え、反対の手で腰の辺りを抱えて奥のスペースに引きずり込んだのだ。


「んんッ!」

「しっ!」


 謎の人物がガタガタの歯の隙間から息を鋭く吐き出して、エリザベスに黙るように指示するのと、店の重い扉が開くのは同時だった。


「エディットさん、お久しぶりです」


 若く張りのある男の声が聞こえてきたが、今の位置からは見えない。骨ばった手指で口を塞がれているエリザベスは鼻で呼吸をするしかなく、息を吸い込むと僅かだが垢じみた臭いが鼻腔に入って来た。それが混乱と恐怖をじり、と煽る。


(どうして!? いま来たお客様に助けを求めたほうがいい? でも、エディットさんが指示を出したのよね……!?)


 自然と目は自分を拘束している謎の人物に向かう。そこで顔色の悪い少年の姿を認め、エリザベスは少し落ち着いた。


(この子……)


 年は十から十一歳と言うところだろうか。痩せた身体に薄汚れ穴の空いた服を身に着けている。おそらくは極貧家庭の子供か、あるいは……いや、多分孤児(みなしご)だろう。ギョロリと落ち窪んだ目で、店側にかけてある鏡をじっと見つめている。

 彼女も同じ鏡を見てみた。僅かに角度がつけてあり、こちらが店に顔を出さなくても客の姿が見えるようになっているのだ。


「何の用だい?」

「フフフ、そんな顔をしないでくださいよ」


 客は旅商人姿の男だった。苦笑してはいるが、整った顔立ちなので眉尻の下がった笑顔すらも絵になっている。


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