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ようこそエディット離婚相談所へ  作者: 黒星★チーコ(黑星ちい子)


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第七話

 

「今ならまだお父様もこの辺りにいるでしょうから、うちの使いの者が目抜き通りまで送りましょう」


 店主が眼鏡越しに令嬢を見ると、青褪めた頬が細かく震えていた。大きく見開いた青い目は潤み、今にも涙が零れ落ちそうだ。


「私に望まぬ結婚を……貴族女性らしい窮屈な生活を、一生しろと?」

「まだわかりませんよ。今回の事でお父様も、お嬢様が本気だとわかって考え直してくれるかもしれないでしょう? それに縁談の相手だって、今回は理解のある男かもしれない」

「そんなの……っ」


 エリザベスの両の手が拳の形を作り、くっと握りしめられて手袋にひどいシワが寄る。


「そんなの期待できないわ! だってお父様だって、前の夫だって、私の話を最後まで聞いてくれなかったんだもの……!!」

「……」


 エディットの眉根が寄せられ、口元は煙草をまたひと吸いした。ランプの鈍い灯りの中で煙がゆらゆらと踊っている。と、急激にその煙がぐにゃりと揺らいだ。老女はその見た目に似合わぬほどの声量でハッキリとものを言ったのだ。


「本当に? お嬢様、アンタは本当に最後まで話をするよう努力したのかい?」

「えっ」

「アンタ、うちの店に入ってきた途端、鍋を見て『なんて立派』と言うなり黙り込んじまったじゃないか。でも口元は、まるで呟くように動いていたよ。あまり喋らずに頭の中で考えるのがクセになってるみたいにね」

「え、えっ」


 思わず両手の指先で口を覆うエリザベス。今まで自覚がなかったが、言われてみればそうかも知れないと気づかされた。


「今まで子爵様やお父様相手に、最後まできちんと膝を突き合わせて話をしようと努力して、それでも頭ごなしに怒鳴られたり暴力を奮われたりしたのかい?」

「それは……」


 彼女は軽く俯き、目を左右にうろつかせる。

 確かに結婚当初、前の夫を説得しようとはした。けれど夫は全く聞く耳を持ってくれなかった。だから彼女はすぐに諦めて貝のようにおしだまり、自分も夫の話を一切聞こうとはしなくなったのだ。それが早々に別居する決め手となったのだろう。

 ――――もし、諦めずに徹底的に話をしていたら?


 いや、それ以前の問題かもしれない。

 エリザベスは父に誤解されていた。商売よりも、ドレスの布や宝石などの女らしいものが好きなのだと。

 けれど、薄々その事に気がついていながら、わざとその誤解を解こうとはしなかった。商売が好きだと言えば「それは貴族女性らしくない」と全否定されたり、商会を継ぐ予定の兄と対立する可能性があったからだ。

 ――――もし、最初の縁談が来るよりもっと前の時点で父に「将来は商会の補佐になりたい」と言っていたら?


 今までの彼女は、確かに国語の勉強には熱心だった。おかげで契約書を読むことも、その中に怪しい記載があれば見つけることだってできる。けれども他人と文字ではなく言葉を交わすことにはどれだけ時間を割いてきただろうか。

 その方面の学びが足りなかった為に、自分の考えや気持ちを相手にきちんと伝えていなかったかもしれないし、ましてや相手の気持ちなど正しく理解できていなかったのではないか……。


「……」


 黙り込んだエリザベスをエディットは眼鏡の奥から見つめる。そして再び口を開いた。


「アンタ、確かにご令嬢にしちゃ商売には少々詳しいんだろうけどね。これで身を立てようと思うんなら、決定的に足りないものがあるよ」

「それは何でしょうか?」

「相手の顔色を(うかが)うことさ」

「……顔色?」


 怪訝そうな顔をしたエリザベスと対照的に、老女は口の端をニヤリと吊り上げてみせる。


「ああ、相手に媚を売るって意味じゃぁないよ。相手の話や表情、時には声色の違いまで細かく観察して、相手に今、本当に必要なものは何かを推し測るのさ」

「どういうことですか」

「例えば……そうさね」


 エディットは別の引き出しを開けてみせた。中には庶民相手の下町の小間物屋には少々不釣り合いな代物が並んでいた。

 ランプの灯りを受けて輝くのは、持ち手に繊細な細工が彫られたひと揃いの銀製のカトラリー。間違いなくこの店では一番高価な……いや、この店の宝だろう。店主はその中のひとつ、小さな匙をつまみあげると傍らのグラスに軽く当てた。

 煙で霞んだ空気に、チン……と小さな澄んだ音が余韻を持って響く。


「以前ね、裕福な家で働いている女の子がやって来て新品の木の腕と木の皿を買いたいと言ったんだよ。勤め先のまだ小さな坊っちゃんが、銀の匙やフォークで皿を叩いて音を鳴らす遊びに夢中になったとかでね」

「はあ」

「両親が注意してもやめないし、使用人の言う事などなおさら聞かない。あんまり何度も叩くから、陶器の高い皿が欠けたりヒビが入ったりするし、匙やフォークも傷むってんで、遂に主人である坊っちゃんの父親が怒ってね。坊っちゃんには使用人と同じ木の皿を使わせろと言い出したのさ」

「ありそうな話ですね」

「でも本当に自分たちと同じものを使わせるのはしのびないと使用人たちは考えた。で、新品を買いに来たってわけさ。さあ、アンタならこの女の子に何を売る?」


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