第二十四話 待機室にて
パーティは無事に終わりを迎えた。近隣の客は馬車で帰宅し、やや遠方の客は子爵家に宿泊するため客室に引き上げた後の事。
アーノルドとエリザベスも帰ろうとしたが「今夜はどうぞ我が家にお泊まりください」と引き留められ、最初に着替えのために割り当てられた客室をそのまま使うことになった。
そして寛ぐ間もなく、二人は待機室に呼び出されたのである。
待機室は普段は来客の対応をする談話室として利用しているらしく、既にテーブルやソファの配置が変えられていた。部屋の中ではメルトバレー子爵夫人と、付き添いとして子爵令息の妻が待っていた。もちろん、執事とベテランらしきメイドもそばに控えている。
「これをお返しいたします」
夫人がハンカチに包んだものをテーブルの上に置く。
エリザベスはその中身が何か予想がついていたが、アーノルドも同じだったらしい。ハンカチを解いて出てきたものを見ても全く驚いていなかった。
それは、アーノルドのカフリンクスだったのだ。
エリザベスは彼の袖からカフリンクスを外して借り、庭に落ちていたように見せかけた。これだけ立派な宝石であれば賓客たちは皆、メルトバレー子爵家の持ち物だと思い込むだろう――アーノルドがそれ以前にカフリンクスを周りに見せびらかしたりしていない限りは。
そして彼はそういうアピールをしないタイプだ、と彼女は考えていた。
謎が多く飄々としていて、どこかいけ好かない男ではあったけれど、自分の家の宝石や財力を見せびらかすような男には思えない。
少なくとも、メイサの街の領主と嫡男はそういうことをしない、と街で二年を過ごす間に思うようになっていたからだ。
「驚きましたわ……エリザベス様は凄いんですね。あんなに堂々となさって、有名な舞台女優かと思いましたもの」
夫人に言われてエリザベスは苦笑いをしそうになり、ぐっと抑え込んだ。確かに女優かもしれない。なにせ声色を変える事もできるし、変装のメイク技術まで身につけている。
「……いいえ。まるっきり嘘ばかりをあの場で喋り続けるのは難しいものです。私は真実と嘘を混ぜたのですわ」
「え? それは、どういう意味かしら……?」
夫人が不安げな顔になったので、エリザベスは慌てて否定する。
「ああ、違います。宝石を盗むなんていうのは私の作り話です。実は、私が聞いたのはこういう会話だったのです」
子爵とサラの会話をかいつまんで説明し、サラが「一番大きなルビーが欲しい」と言った時に子爵が渋っていたことを話す。
「最後には押し切られて『ああ、そうだなぁ……』と曖昧な返事をされていましたけれど、本気ではないのが聞いていてわかりました。子爵様は奥様と離婚されるおつもりなど、元々無かったのです」
「……」
エリザベスはできるだけ夫人を元気づけるように言ってみたが、この言葉が夫人に響くことはないかもしれないと思っていた。そしてやはり予想は当たっていたのだ。夫人は困ったように薄く微笑むと小さな声で言う。
「……そうでしょうね。私がこの家に入ったのは、先代の子爵様が私の能力を買ってくださったからですもの。あの人では私の代わりにメルトバレーを仕切ることも、仕切れる人材を見つけることもできません」
彼女は目を落とした。
「先代は、主人にはお金を計算したり人を使う仕事は向いていないから、私が家業の全てにかかわるほうがいいと仰いました。あの人も細かいことは苦手だし、それでいいと納得していたのです……」
話すにつれて夫人は涙声になっていった。横にいたジャックの妻が「お義母様……」と心配そうに背中をさする。夫人は目元を軽くぬぐうと、キリッと顔を上げ微笑みを作り直した。
「……若い頃のあの人は蝶のようでしたわ。派手で、華やかで、花から花へと飛び移っては甘い香りをさせて……でも、私を蔑ろにすることは決してなかったのです。私の仕事を褒めて感謝してくれて、そして『疲れていないか』と優しく労ってくれました。外でフラフラと飛び回っても、この屋敷に必ず帰ってきてくれたし屋敷に遊び相手を連れてくることは一度もありませんでした」
夫人は一気にそこまで言うと口を噤んだ。少しの沈黙が部屋に染み込んだあと、アーノルドが口を開く。
「以前、僕の父も言っていました。『子爵は困ったやつだが、遊び相手を選んではいる。長続きせず、わきまえている相手をね』と。間違っても子爵夫人の座を狙うような馬鹿な女性を選ぶことは今までなかった。……でも」
今回はそうじゃなかった。
アーノルドが言葉にしなくても、その場の全員が理解したはずだ。




