第二十二話 エリザの説明
さめざめと泣く夫人を見て痛ましく思っていたエリザベスは、その気持ちを言葉に載せながら言葉そのものには嘘を混ぜた。
「奥様、私、実は偶然聞いていたんです」
「……?」
「先ほど、お化粧を直しに行きましたの。化粧室には換気のための鎧戸がございますでしょう?」
そう。化粧室はその名の通り化粧を直すスペースと、用を足すスペースがある。そこの空気が籠もらないためにと、使用人が掃除をする際に汲み取った屎尿を室外に出すために窓が作られているのだが、いくら換気が必要でも窓を開けっ放しにすれば庭から化粧室の中が丸見えになってしまう。
そこで、窓にはガラスのかわりに開閉可能な鎧戸がつけられている。これは木の板を並べる際に隙間を空けながら斜めに重ねた形で作られており、室内からは斜めの隙間を見下ろせば外は少しだけ見られるが、外からは中が覗けない構造になっているのだ。当然、新鮮な空気や庭の音は隙間を通って化粧室に入るのである。
「それで、庭から二人の人間の話し声が聴こえてきたものですから」
「!」
夫人の顔が強張る。だが彼女が何か言う前にエリザベスは続けた。
「盗み聞きをするなんてはしたない女だとお思いでしょう。けれど、その二人は聞き捨てならない会話をしておりましたので、私は知らんぷりをして立ち去る事はできなかったのです」
「エリザ、聞き捨てならない会話とはなんだ?」
アーノルドが訝しげに訊いてくる。エリザベスはわざと躊躇うような素振りを見せてから言った。
「二人は男女のようでした。女性の方が『ねえ、もっと大きい宝石をくださいな』と、いうような事を」
静まり返っていた大広間が、一気にざわついた。
ちらちらとサラの方を眺める者もいれば、「そういえば子爵は何故ここにいらっしゃらないのかしら」とヒソヒソ声で言う者もいる。
「男性の方は甘い声で宥めようとしましたけれど、女性の方は納得していないようで『伯爵令息の婚約者のほうが私のより大きな宝石よ。私、恥ずかしかったの』と仰ってました」
そう言いながら、エリザベスはわざとゆっくり手と視線を胸元にやり、自らのネックレスを周りに印象づける。
「もしかして、その婚約者の宝石というのは、こちらのことでしょうか……? これはアーノルド様のお父上がメルトバレー子爵家から買い取られたものらしくて、私は今日、お借りしただけなんですけれど」
ちらりとサラのほうに目をやれば、彼女は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。エリザベスはそれに気づかないふりをして話を続ける。今や大広間の皆が彼女の話に夢中だ。続きを、早く、と目で訴えている。
「それで、その女性は『あの一番大きいルビーが欲しいわ』と言い出して」
また大広間に大きなざわめきが生まれる。今度は子爵夫人のネックレスに皆が注目した。その夫人は目を見開き、今にも倒れそうだった……が、続くエリザベスの言葉で状況が一変する。
「男性は困って『それは無理だ。あの宝石は俺には手が出せない。普段は厳重に鍵がかけられて管理されてる。壊しでもしないと開けられない』と、断ったんです」
「……え……?」
夫人から憑き物が落ちる。ぽかんと口を開けた。
「女性の方は『貴方なら出来るでしょう』と畳み掛けたのですが『本当に無理なんだ。俺は触らせても貰えないし、家業のことはてんでわからないから』と仰ってました。それで、何か差し出したのでしょうね。『これで機嫌を直してくれないか、かわいいひと』と」
エリザベスはその場を見てきたかのようにパントマイムをして見せた。男性がポケットから何かを取り出して、差し出す動きである。と、その指先が突然横向きに空を切った。まるで誰かに手を払われたかのように。
「そうしましたら女性が激昂されて『恥をかかせないでよ。私のキスがこんなもので済むほど安いわけないじゃない!』と仰って……」
「嘘よ!! そんなこと言ってない……!!」
たまらずサラが叫んで飛び出した。エリザベスはわざと少し驚き、そして不思議そうに瞬きまでしてみせた。
「あら、デッドリィ男爵令嬢もその会話を耳にしましたの? でもおかしいですね。化粧室には私の他には誰もいませんでしたし、どこでお聞きになったのかしら?」
「!」
サラは顔を真っ赤にして黙ってしまった。現時点でエリザベスは庭の二人が誰であるのかを明示していない。また、庭の情事を目撃した者も、メルトバレー子爵夫人の他には誰がいるのかわからない状況だ。
それなのにここで下手に反論すれば「庭にいた女性は自分である」と白状したも同然。自分で自分の首を絞めかねないのである。
まあ、先ほど叫んだことでもう下手を打ったと言ってもいいのだが。パーティの賓客たちは白い目でサラを見ている。
「嘘だと仰るなら、後で証明できると思いますけれど……とにかく、男性は宝石を盗むことはできないと言い、女性は納得していない様子でした。けれどその後『誰だ!?』と声がして、二人は逃げ出されたのです。私も急いで化粧室から戻りました」
エリザベスは改めてメルトバレー子爵夫人をまっすぐに見つめる。
「夫人、貴女はその男性が大事な宝石を盗んだのだと思って、慌てて追いかけたのではありませんか?」




