第十七話 珍しい色のルビーと最大級の赤いルビー
空気が硬さと重さを手に入れたかのようだった。
周りの人間の緊張感がそうさせているのだろう。サラの発言を聞いた人間のうち、半数ぐらいは「特別」の意味をこう受け取ったに違いない。
メルトバレー子爵は、息子よりも歳が下のサラ・デッドリィ男爵令嬢にこの石を贈ったのだ。自分の瞳と同じ色のルビーを「特別」なものとして。
しかし、残りの半数は少し違う。サラが匂わせた意味とは別に、彼女自身が気がついていない意味があるとわかったはずだ。
気づいたのはアーノルドをはじめ、メルトバレー子爵夫人と親しい人間。……そして、サラが「宝石はコランダムだ」と白状するように誘導したエリザベスも、夫人とは親しくなくとも自らの知識と記憶からそれを割り出している。
「ええ、確かに普段は出回りませんよね。私、今までメルトバレー家のコランダムを手に入れた沢山の方々とお会いしてきましたけれど……」
エリザベスは笑顔を崩さず続ける。
「貴族階級の方は皆、赤か青の宝石しか持っていらっしゃいませんもの」
サラの後ろにいた子爵が目をカッと見開いた。だが、それが見えていない男爵令嬢には、エリザベスの真意がわからなかったようだ。ただの追従だと受け止め、ニッコリと笑顔になる。
「そうよ。貴女もまあまあ宝石についてわかってるみたいね……」
その時、待機室の両扉が使用人の手によって開けられた。
「お待たせいたしました。準備が整いましたわ。どうぞこちらへ」
メルトバレー子爵夫人が息子夫婦を伴い出口に立っている。灰褐色のベルベットで仕立てたイブニングドレスに身を包み、耳にはイヤリングが、きっちりと纏めた髪には髪飾りが、そして胸元にはネックレスが輝いていた。
いずれの宝飾品も赤い……サラの唇よりも鮮烈な赤を閉じ込めた、見事なルビーが嵌め込まれている。特にネックレスの中央に鎮座する宝石は本当にルビーかと疑うほどの大きさだった。王家に献上してもおかしくない品だ。
おそらくこのネックレスは子爵家の家宝であろう。あまりにも存在感があり、夫人の顔立ちとドレスの色がやや地味だから、かえって下品にならずに済んでいるほどだった。
しかし、いくら主催者側とはいえ、知人ばかりを集めた小規模のパーティにこの装いは、いささか気合が入りすぎていると言っても良いのではないだろうか。
エリザベスの知るメルトバレー子爵夫人は、かなりクレバーな女性である。
宝石の売買は子爵家に富だけではなく社交界への影響力をも齎していたはずだ。「質のよいルビーやサファイアが産出した暁には自分のところに回してほしい」と数々の貴族から夫人へ内密に依頼が来ている。その中には格上の伯爵家や侯爵家の女性もいるらしい、とエリザベスは噂で聞いていた。
にもかかわらず、夫人は社交の場ではいつも慎ましい態度とほどほどの大きさの宝石を纏い、富や人脈をひけらかす様な真似は決してしなかったのだ。
ところが今の彼女は絢爛豪華な宝石を胸に下げ、にこやかな表情では隠しきれない緊張感を滲ませている。顔色は先ほど二階で見た時ほど悪くはないが、やはり血色が薄い。それがピリッとした刺々しさを匂わせた。
(まるで女王の登場だわ)
そう思ったのはきっとエリザベスだけではないだろう。夫人は、今この場を、メルトバレー子爵家のパーティを、統べているのは自分である……とアピールしている様に見えた。
エリザベスは横目でそっとサラの方を覗う。男爵令嬢は僅かに眉根を寄せ、唇を噛んでいる。が、すぐに気を取り直したらしく再び無邪気そうな態度に戻り、斜め後ろの男に向かって鼻にかかる甘い声で言った。
「行きましょう、子爵様!」
「あ、ああ」
彼女はメルトバレー子爵の左腕に自らの手を添えようとしたが、その手が空を掻く。子爵は一足早く出口に向かうと、夫人の隣に立ったのだ。
「!!」
エリザベスは、数歩前の位置まで歩いていたサラの耳が怒りと羞恥で赤く染まるのを確かに見た。
「ぁ……」
そして、今、思わず出かかった声を慌てて飲み込んだのだった。
「エリザ、どうかした?」
「……いいえ、なんでもありません」
アーノルドに訊かれ、彼女はしれっと答える。本当に何も無かったように微笑んでみせながら。しかし実は危ないところだった。子爵の態度に呆れ返り、もう少しで「あぁ、最低な男だね」とエディットの低い声で言いそうになっていたのだから。
しかしどうやらアーノルドには気づかれなかったようだ。二人は腕を組み、待機室から大広間へと繋がる出口に向かう。
メルトバレー夫人は、アーノルドたちが前を通る際にはニッコリと笑みを浮かべて軽く会釈をした。彼らの前にいたサラには目もくれなかったのに、である。




