第十六話 (お嬢さん、何か勘違いしているねぇ)
彼女はツンと上向きの小ぶりな鼻先を、更にもう少し上に向ける。真っ赤な紅を引いた唇が弧を描いた。
そのまま部屋の中を端から順に眺めて行く。ここの主役は自分だ、とでも言うように。
しかしエリザベスの胸元に目を留めると、赤い口角がすっと下がり不満気な顔つきになった。
そう。この女性が身につけている宝石はなかなか大きく、男性の中指の爪ほどもある。王侯貴族が集う夜会ならともかく、いち地方貴族の個人的なパーティの参加者ならば自分の宝石が一番目立つという自負があったのだろう。
だが、アーノルドが(偽物の)婚約者のために用意したネックレスの宝石は、軽く見積もってもそれよりふた周りは大きい。
それにタキシードの袖に隠れて見えないものの、彼自身のカフリンクスも女性の宝石と同じくらいの大きさのサファイアをペアで揃えてあるのだが……まあこれは蛇足である。
「子爵様、この方は?」
女性は隣を見上げた。子爵はにこやかに、そして妙に熟れた仕草で彼女の肩を抱き、アーノルドの方に近寄ってくる。
「ああ、紹介しよう。コゼット伯爵家の嫡男とお隣は婚約者のシェーンバーグ嬢だ。アーノルド、こちらはデッドリィ男爵家のサラ嬢と言う」
「はじめまして」
「はじめまして! コゼット伯爵家のお噂は聞いていますわ」
サラは薄茶色の瞳をキラッと輝かせて挨拶をしたが、その後に無邪気そうに恐ろしい言葉を続けた。
「商会も持っていらっしゃって、とっても儲かっているとか。メルトバレー産の宝石のお陰ですよね?」
その場が凍りついた。
アーノルドだけではなく、近くにいた彼の友人も、遠巻きで様子を窺っていた紳士も驚いたのだろう。口を半開きで呆れる表情を隠さない人もいた。サラの横にいた子爵もぎょっとして彼女を見つめる。
この中で一番最初に空気を立て直したのは、無礼な発言を投げつけられたアーノルド本人だった。
「……はは、これは手厳しい。ですが誤解ですね。うちの商会は実際の取引をするよりも、メイサの街で商いをする商人たちの元締めといった役割が大きいので」
せっかく立て直した空気をサラは読めないようだ。なんと更に食い下がる。
「でも! 宝石を仕入れて商人たちに売っているんでしょう? 何故素直にメルトバレーのお陰だとお認めにならないの?」
これには流石の子爵も真っ青になって慌てふためく。
「ちょっと待って……」
「子爵様は優しすぎるんですよ! いくら向こうが伯爵家だからって、宝石を売ってあげているのはこちらなんですから下手に出なくたって!」
瞬間。エリザベスは閃いた。ただちにサラの言葉を遮る。
「まあ、デッドリィ様は宝石の売買についてお詳しいのですね!」
もしこの時にエディットの変装をしていたなら『はっは〜ん。お嬢さん、何か勘違いしているねぇ』と皮肉めいた低い声で喋っていたろうが、今は素の姿である。したがって、極めて貴族女性らしい上品な声音で間を割ったのだ。
「え?」
「実は私の兄も商会を営んでおりまして。恥ずかしながら少々その辺りは学んだことがございますの。共通のお話ができる女性の方がいて嬉しいですわ」
あくまでもにこやかに。ホッソリとした、たおやかな美しさを損なうことなく。エリザベスは話しかけながらサラに近づいた。
「え、ええ……そうね!」
サラは一瞬怯んだようだったが、すぐにツンと顎を上げる。いかにも得意気に。
「せっかく宝石の話ができる機会ですもの。そのネックレスですけれど、拝見しても?」
「どうぞ。私のものよ!」
「まあなんて羨ましい。私のこちらは借り物ですの」
エリザベスが胸元に手をやり身に着けた宝石について言及すると、サラの唇が再び弧を描き、顎の角度がもう少しだけ上がった。
「へぇ、そうなの。婚約者なのに宝石も贈ってもらえないの?」
「ちょっ、サラ!」
再びの暴言に後ろから子爵の焦った声が飛んだが、エリザベスはさしも気にせず笑顔で返す。
「……まぁ、いろいろ事情がございまして」
まさか今日会ったばかりの相手に宝石を贈って貰える訳がない、とは言えまい。そんなことより目下の興味はグレーの宝石にある。エリザベスはサラに触れそうなほどまで近づき、目を凝らした。
(うう、宝石用のルーペで見てみたい! メルトバレー家ならルーペのひとつやふたつ借りることができそうだけれど……でも流石に他人様の持ち物にそんなことをしたら失礼だものね)
この宝石、一見して透明度はあるが、しかし暗い色なので内包物や内部の傷があってもルーペ無しでは気がつかなそうなのである。
そして仕立てもよろしくない。エリザベスのネックレスはプラチナの台座に収まっているが、このグレーの石は銀製の台座だ。それだけならまだしも台座の爪も均一にかかっているとは言い難く、デザインもあまり石と合っていない。
メルトバレー子爵領にはもちろん宝石細工の職人もいるはずなのだが、その職人がこんないい加減な仕事をするだろうか。
その疑問を綺麗に包み隠し、彼女はサラから離れると、わざとこう言った。
「こちら、スモーキークォーツですの?」
若く小生意気な男爵令嬢の口角が益々あがる。
「あら、わからなかった? メルトバレーでもクォーツは採れるけど、特産品といえばルビーやサファイアでしょう」
「では、これも?」
「ええ、珍しい色のルビーです。普段は出回らない特別なものよ」
彼女は「特別」を殊更強調してみせる。
それを周りの人間が理解することを期待しているのかもしれない。




