第十四話 サファイアのネックレス
今回調べていて初めて知ったんですけど、『カフスボタン』って和製英語らしいです。正確には『カフリンクス』って言うんですって。
ドレスに着替えたエリザベスが客室のソファに腰掛け待っていると、アーノルドがやってきた。
こちらも夜用の準礼装に着替えているのだが、それがまた無駄に麗しい。
タキシードの色は夜の闇を溶かしたようなブルーブラックで、絹のツヤが彼の黄金の髪と榛色の瞳を引き立てているのである。
「ちょっといいかな」
「……はい」
一応口では「是」としているが、エリザベスの全身から滲み出る雰囲気では「非」を感じ取ったのかもしれない。アーノルドは苦笑した。
「そんなに緊張しないでくれ。別にとって喰おうって訳じゃないよ」
(どうだか)
彼女は心の中だけで反論する。それは流石に伝わらなかったようだ。彼は連れてきたメイドに視線を送る。メイドは手にしていたベルベットのケースを恭しく開けた。
「今夜はこれを身に着けてくれ」
「……これは」
エリザベスの目の色が変わった。まあ、大抵の女性なら目の色を変える代物だ。中には素晴らしいサファイアのネックレスが収まっていたのだから。
(凄い……この大きさ、透明度、深い青の色味、そしてカッティングの見事なこと! 王都の一流宝飾店だってこのクラスは簡単には手に入らない筈よ。ああ、この原石を見つけ出した時の鉱夫の感激や、少しでも大きく美しく石を削り出そうとした職人の努力が見えるようだわ……!!)
目を丸くしてネックレスを眺めつつ、実は頭の中でその価値を計算し始めたエリザベス。彼女の心を知ってか知らずか、アーノルドは説明する。
「これは僕の父が母の為に用意したものでね。このメルトバレー子爵領で採れた宝石を、うちの領内で一番の細工職人に仕立ててもらったんだ」
「お母様の……」
彼女の頭に以前聞いた噂話が浮かぶ。コゼット伯爵が変わり者だと言われるようになったのは、伯爵夫人が十年以上前に家を出ていってしまってからだそうだ。伯爵はその後、後添えも迎えず、妙な人間を時々屋敷に呼んだりするようになったとか。
離婚のショックでおかしくなるほど妻を愛していたのか、それとも妻がいる時は元々の変人ぶりを隠していたのだろうかと思っていたが、これだけ素晴らしい宝石を妻のために用意したとなれば前者かもしれない……。
「ああ、知っているかな。コランダムの鉱山では様々な色の宝石が採れるんだ。赤ければルビー、青ければサファイアと呼ばれる」
「はぁ」
当然知っていたのだが、エリザベスは適当に相槌を打った。
「父は母の目の色に合わせてこのサファイアを買ったんだが、君の目の色にも、よく似合う」
アーノルドはネックレスを手に取り、彼女の顔の近くに持ってきて見比べた。確かに少しだけサファイアの方が色が濃いが、殆どエリザベスの目の色と同じだ。……そして、今身に付けているドレスの色とも。
エリザベスの緊張と警戒とが、ふっと緩んだ。
「だから青い目の女をご所望に?」
彼の美しい顔がくしゃりと歪むような笑みになる。
「ははは、マザコンだと思っただろう」
もうその後はアーノルドがどんな顔をしているかは見えなかった。彼がエリザベスの後ろに回り、ネックレスを着けたからだ。彼女はおとなしく前を向いて言った。
「男は皆、女性に母親の影を求めると聞いたことが有りますよ」
「そうだな。僕は母のことを素晴らしい女性だと思っているよ。彼女と似たようなひとが見つかれば、もっと早く結婚していただろうね。……さあ出来た」
鏡を見れば、胸元に大粒のサファイアが煌めいていた。ドレスやエリザベスの目とも引き立て合い、ひとつの作品のようにも思える。
「父は揃いでこれも作らせていてね。もちろんメルトバレーで採れた石だよ」
元の笑顔に戻ったアーノルドがタキシードの袖をくい、と引くとカフスが見え、そこに美しいカフリンクスが現れる。
ネックレスの石ほどは大きくはないものの、色味も揃えてあり、透明度などは引けを取らないサファイアがネックレスと同じデザインの白金の台座に嵌め込まれた、これまた見事な品だった。
「凄いですね……」
彼女はそれしか言わなかったが、もちろん頭の中では算用が始まっている。
普段メルトバレー産の宝石をコゼット伯爵家が取り扱っているのだから、これも原価で買い取ったのだろう。だとしてもカフリンクスは左右のセットが必須で、このサファイアを同じレベルで揃えるのは至難の業だ。ネックレスと合わせればどれだけの価値か……などなど。
こういう時のエリザベスの外見は、極めて無口でおとなしい。考えに夢中でアーノルドにエスコートされるがまま、客室の外に連れ出された。




