第十三話 メルトバレー子爵邸にて
すみません。今回の話に合わせて前話のアーノルドのセリフを少し修整しています。
これだから書き溜めなしで書いていると……!
東南にあった太陽が頭の真上を通り過ぎ、南西へ傾いてからしばらく後。馬車はとある大きな屋敷の前で一旦止まる。
門番は馬車の家紋を確認するとすぐに中へ通してくれた。エリザベスはもちろんこの屋敷が誰の持ち物かは知らないが、おそらく予想した通りメルトバレー子爵邸であろう。
「さ、エリザ、降りるよ」
「はい、アーノルド様」
アーノルドの手を借りて馬車を降りると、彼は流れるような手つきでエリザベスの右手を己の左腕に絡ませた。非常にスマートではあるが、彼女からすると鼻につき過ぎて顔を顰めたくなる態度でもある。
エリザベスは思った。とにかくこの男は胡散臭い。少しでも油断すれば、狼が頸に噛みつくように彼が自分の弱点に喰い付いてくる気がするのだ。それは自分にやましいことがあるからなのか、それともこの男が笑顔の下に恐ろしい本性を隠しているからなのか――――
「まあ、いらっしゃい。待っていたわ!」
入口を入ってすぐの玄関ホールで明るい声に出迎えられ、エリザベスはハッと現実に戻る。二階に繋がる階段を降りてきたのは紛れもなくメルトバレー子爵夫人だった。
紛れもなく、というのは。実はエリザベスは彼女の顔を一方的に知っているのである。
三年前、商会の補佐を夢見ていた頃はメルトバレー家と懇意になれたら宝石を扱えるようになるかもしれないと考え、近づくチャンスを何度か伺っていたからだ。
だが、正式な商会の補佐でもない一介の男爵令嬢が簡単に近づけるほど甘くはなかった。夫人は非常に堅実で品行方正。取引を長年の相手から鞍替えをすることなどないし、宝石目当てで寄ってくる令嬢がいれば、それこそ宝石のような硬度と冷たさで壁を作っていたのである。
そのおかたい夫人が、今アーノルド相手には随分と柔らかい人当たりをする。やはりコゼット伯爵家はメルトバレー子爵家にとって信頼の置ける長年の取引相手のひとつなのであろう。
「夫人、お招きありがとうございます」
「そちらが例の婚約者ね?」
「は、はい。はじめまして。エリザベス・シェーンバーグと申します」
緊張しながらも挨拶をすると、子爵夫人は微笑んで名乗った後、上を仰ぎ見る。
「息子たちも楽しみにしていましたのよ」
ちょうど階段の上からアーノルドと同じくらいの年齢の男女、そして四十代らしき男性が降りてきた。
「アーノルド!」
「やあ、ジャック! 久しぶり」
年若い二人はジャック・メルトバレー子爵令息とその妻、そしてもう一人はメルトバレー子爵その人だった。
「やあ、これは美しい。アーノルドは幸運だな」
子爵は老いてはいたが、渋みのある顔立ちから若い時代は美男だったと想像できる男性だった。しかし、グレーがかった茶色の目を細め、エリザベスを上から下まで舐めるように見る様子はあまり品があるとは言えない。彼女はゾワリと鳥肌が立った。
「フフフ、今まで縁談をすべて蹴り、浮いた話も無かったのは、単に女性を見る目が厳しかったというところかな?」
「そうね。男色家だなんて噂まで出ていたものね」
「その噂は勘弁してくださいよ」
子爵夫妻にからかわれ、アーノルドは苦笑した。そして子爵令息と楽しげに会話をする。どうやら年が近いこともあり、二人は少年時代から交流のある親しい友人のようだ。
ジャックは、見た目も中身も母親似のようだった。一見して神経質そうな細面の顔立ちに固い雰囲気を持っているが、気心の知れた相手にはその雰囲気を消して和やかになる。エリザベスにも妙な目を向けてきたりはしなかった。
ホールで少し談笑を交わした後、二人は二階にある横並びの客室にそれぞれ案内された。部屋に差し込む陽が傾いてきたのがわかる。外からは馬の嘶きが聴こえた。新たな賓客の訪れだろう。エリザベスは急いでイブニングドレスに着替えた。
用意されていたのは彼女の深い青色の目と同じ、ブルーのドレスだった。上品な差し色程度に黄土色の刺繍が施されていて、それが金色にも榛色にも見える。どちらにしてもアーノルドの色、というわけだ。
どう見ても彼が婚約者のために誂えた立派な品である。これを身に着けていれば、まさか婚約者が真っ赤な嘘とは誰も思うまい。
そしてまたしても。ドレスのサイズはぴったりなのである。
何とも言いようのない、メルトバレー子爵とはまた違う気持ち悪さをアーノルドに感じて、エリザベスは小さくため息を吐いた。
ただひとつだけ。ここに来て安心できることがあった。自分が知っているメルトバレー子爵夫人本人やその家族全員があれだけ親しげに接しているところを見ると、どうやらアーノルド・コゼット伯爵令息は本物であるらしい。
なのに何故、あんな言い回しをしたのだろうか。
『うん? そうだねぇ。僕は確かに伯爵家の人間だが……それが何か?』
単に彼が他人を煙に巻くのを好きなだけかもしれないが。




